第六十一話「大賢者、四聖獣を諭す」
統一暦一二一七年六月十七日。
ゾルダート帝国南東部、ツィーゲホルン山脈北側、森林地帯。大賢者マグダ
儂はエーデルシュタインからツィーゲホルン山脈にやってきた。神霊の末裔の塔があった場所では代行者たちが魔素溜まりの沈静化作業を黙々と行っている。
儂の姿を認めると、聖竜が念話を送ってきた。
『管理者が復活したようだな』
ジークフリートが力を使ったことで、四百キロメートルほど離れたこの場所でも気づいたようじゃ。
「ジークフリートが覚醒したことは事実じゃ。じゃが、問題がある」
『助言者よ、問題とは何だ?』
神狼が訝しげに聞いてきた。
「ジークフリートはそなたの行いに酷く腹を立てておる。管理者としての力には目覚めたものの、その力を封印すると言ってきたのじゃ」
『我の行為に立腹しているだと……それに力を封印とはどういう意味だ? 管理者として覚醒したのであろう』
神狼は困惑している。
「そなたがあの者の覚醒を促すために魔神を逃がしたことを問題視しておる。王国兵が三千ほど命を落としたのじゃ。そのことに激怒しておったの。それに、最悪の場合、世界を危機に陥れることになったのじゃ。世界を守るべき代行者がそのような行いをしたことに大いに失望しておったぞ」
儂の言葉に神狼は愕然とし、尾が力なく垂れている。
『どうして気づいたのかな? 君が言うとは思えないけど?』
鳳凰が首を傾げている。
「ジークフリートの前で、マティアスが儂に確認してきたのじゃ」
儂がそう言うと、鷲獅子が納得したような表情で頷いている。
『なるほど。神狼のやったことは認められぬと、あの者が言ったか』
「そうじゃ。儂らの目的は世界を守ることじゃ。それを蔑ろにするなど本末転倒。あの冷静なマティアスが憤っておった。無論、儂も同感じゃ」
『我も助言者と同じ考えだ。神狼のやったことは許されることではない』
鷲獅子の言葉に神狼が吼える。
『そんなことを言っていてはいつまで経っても管理者は復活せぬ!』
『だが、そなたの無謀な行いで有力な管理者候補を諦めねばならなくなった。この事実は重い』
鷲獅子は怒りを抑えながら反論した。
『マティアスが余計なことを言わねば、管理者が降臨したのだ! 許されることではない!』
『我も神狼の意見に与する。人族が管理者の復活に干渉するなど不遜だ』
聖竜もマティアスを非難する。
神狼と聖竜の身勝手な言葉に、儂は怒りを抑えられなかった。
「愚か者! マティアスは管理者の復活そのものを嫌ったのではない! その行いが世界を守るという目的に反しておると糾弾したのじゃ!」
儂の剣幕に聖竜たちが黙り込む。
「未熟な状態で力だけ与えても、重責に耐えかねて命を絶つと思わぬのか! それにこの事実を隠したままジークフリートが管理者になったとして、永遠に隠し続けられるものでもあるまい! 第一、マティアスがおらねば、ジークフリートはこの世界に戻ることすら叶わなんだのじゃぞ!」
儂が怒りをぶつけると、神狼も聖竜も反論することなく黙っている。彼らも自分たちが間違っていると気づいておるようじゃ。
「それにマティアスは神狼の暴走を止められなかったことを悔やんでおった」
『予想していたというのか!』
聖竜が驚きの声を上げる。
「自分に対する不信感が暴走の一因じゃと考えておった。そのことに気づいていながら手を打たなかったことを心の底より悔やんでおったの」
儂の言葉に驚き、誰も口を開かない。
彼らが誤りであったと理解しているなら、これ以上の議論は不要じゃと話題を変える。
「そのことはまあよい。ジークフリートより此度のことで王国軍が世界を守ったことに対し、代行者から言葉がほしいと言ってきた。あの者の覚醒で解決したが、兵たちの世界を守ろうという覚悟は儂も賞賛に値すると思うておる。鷲獅子よ、儂と一緒に来てくれぬか」
最も冷静で、王国にも馴染みがある鷲獅子を指名した。
『よいだろう。我も命懸けで世界を守ろうとした者を称賛することは、正しきことだと思っているからな』
他からも反対の意見はなく、あっさりと決まった。
その後、ジークフリートが行った奇跡について報告していく。
「ジークフリートは管理者の力を得た後、マティアスの魂を召喚した。そして、あの者の助言を受けて、大規模な治癒魔導を発動すると、音の速度を超えてもう一体の魔神のところに向かったのじゃ……」
儂の説明を四体の代行者は黙って聞いている。
「驚いたのは魔素溜まりを封じたことじゃ。まだ詳しくは聞いておらぬが、マティアスの助言に従って実行したら封じられたと言っておった」
『マティアスの助言で魔素溜まりを封じただと……それは真か?』
神狼が目を見開いて聞いてきた。
「本当じゃ。封じたところはこの目でしっかりと見ておる。もっとも自らの目で確認し、本人から直接聞いても未だに信じられぬがの」
歴代の管理者ですらできなかったことを、覚醒したばかりのジークフリートが行ったことに、陽気な鳳凰でさえ、驚きのあまり目を見開いて固まっている。
『その奇跡を行った管理者が力を封印するというのか……』
聖竜が悔しげな念話を送ってきた。
「そうじゃ。マティアスに任せておけば、このような事態にはならなんだはずじゃがの。じゃが、ジークフリートの怒りと悲しみは強い。それだけではないの。そなたら代行者に対する不信感は想像以上じゃ」
『それは僕も含めて?』
鳳凰の問いに小さく頷く。
「大陸会議のマティアスの言葉を思い出してみよ。代行者が世界を守るという大義を忘れ、自らの考えに固執しておると言われたであろう。ジークフリートはマティアスの弟子じゃ。世界を守るという大義を疎かにする代行者が実際におったのじゃ。儂を含め、ここにおる者すべてに不信感を抱いてもおかしくはなかろう」
『確かにそうかも……それで助言者は、いいや、マティアスはどうすべきだと思っているのかな?』
「何が言いたい?」
『あのマティアスが何も考えていないはずがないじゃない。それに君がそれを聞かないなんてこともないでしょ』
一番抜けておりそうな鳳凰に指摘され、一瞬言葉に詰まる。
「うむ……マティアスは神狼だけでなく、すべての代行者に今一度よく考えてほしいと言っておった。管理者の理念を実現するため、世界を守るために何が最善なのかを。そうしなければ、ジークフリートの後の世代でも管理者が生まれることはないだろうとも言っておった。もっともなことじゃな」
『反省しなければ、今回のことを代々伝え、ジークフリートの子孫が管理者として覚醒しないようにするということ?』
鳳凰の言葉に聖竜と神狼が怒りの感情を見せる。
儂はそれを無視して答えていく。
「そうではない。候補者を導くべき代行者が目的を忘れて管理者の復活に拘泥するなら、これから先、候補者が覚醒することはないし、もし覚醒したとしてもすぐに命を絶つだろうと考えておる。もっともなことじゃな」
鷲獅子が頷く。
『言わんとすることは理解する。管理者に生み出された我らが範を示さねば、新たな管理者は不完全なものにならざるを得ぬ』
『それで僕たちが反省すればいいということ? 反省して本来の目的である世界を守るということを一番に考えれば、管理者が現れると彼は言っているのかな? それならジークフリートにも可能性があるということかな?』
鳳凰が鋭いところを突いてきた。
その言葉に神狼が目を輝かせる。
「無理であろうの。ジークフリートは自らの力を封印する際、マティアスの力を借りると言っておった。あの者が中途半端なことはせぬじゃろう。二度と解けぬ封印を施すはずじゃ」
『それを止めることはできぬのか?』
神狼が焦ったように言ってくるが、儂は首を横に振る。
「止めればジークフリートの心がもたぬ。三千の兵が意味もなく死んだと思っておるのじゃ。その中には共に戦った戦友も多かったと聞く。それに師であるマティアスも一歩間違えば命を落としておった。今後も同じようなことが起きるかもしれぬと考えれば、心が病みかねぬ。そのようなことを、あのマティアスが許すはずがないからの」
『だとすると、ジークフリートの子供たちに期待するしかないということだね。人族ならあっという間に子供ができて大きくなるから、二十年くらい待てばいいってことだね』
「子が大きくなるのはそのくらいじゃが、前提は儂らが変わらねば意味がないということじゃ。大陸会議では五年に一度、人族と話をすることになっておる。マティアスとジークフリートは代行者の意識がどう変わったか確認してくるはずじゃ。そこで変わったとみなされなければ、ジークフリートは自らの子を守るために候補者にもならぬように儂に接触させぬじゃろうの」
『以前よりも更に状況が悪くなったということか……』
神狼は大きく落ち込んでいる。
「そうではないと儂は思うておる」
『どういうこと?』
鳳凰が聞いてきた。
「マティアスはまだ三十代半ばじゃ。儂らの意識が変わったと思えば、世界を守るために何が必要かを考えてくれるはずじゃ。あの者は目的を違えることはせぬ。ジークフリートの子たちを適切に指導してくれるじゃろう」
これは本心じゃ。
『ならば僕たちが意識を変えないといけないということだね』
鳳凰の言葉に儂を含め、全員が頷く。
その後、今後のことについて話し合った。そして、あることが提案された。
翌日、儂は鷲獅子と共にエーデルシュタインに向かった。
下に前作のリンクがあります。こちらもご興味があれば、よろしくお願いします。
また、地図や世界設定などを集めた設定集もありますので、興味のある方はご確認ください。
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