表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
40/301

第十六話「ランダル河殲滅戦:その八」

 統一暦一二一五年五月一日。

 レヒト法国東方教会領東部、ランダル河西岸。デュオニュース・フルスト白竜騎士団長


 突如現れたグライフトゥルム王国軍によって、我が軍は劣勢に追い込まれた。


「まだ数では我らが有利だ! 神に愛された我らが汚らわしい獣人などに負けるなどあってはならんのだ! これは聖戦である! 聖なる戦士たちよ! 敵を滅ぼせ!」


 聖戦はトゥテラリィ教の存続が危ぶまれるような重大な危機に発動されるものだが、信徒にとっても非常に重要なものだ。


 教義には、聖戦に参加すれば死後に(ヘルシャー)(しもべ)として永遠の幸福が約束されると書かれているためだ。


 純朴な信徒である兵士たちはその聖戦への参加と聞き、やる気に満ちた声を張り上げている。


 聖堂騎士団の団長は大主教と同格の聖職者だが、聖戦の発動の権限は法王聖下しか持っていない。そのため、勝手に聖戦を宣言した今回の行為は重大な教義違反だ。しかし、今はそのようなことは言っていられない。


 私は剣を引き抜き、馬を前に進める。


「閣下、お待ちください!」


 副官が私を止めるが、その言葉を無視して前線に向かう。

 黒竜騎士団の間を抜け、最前線に立った。


「これは聖戦である! 神敵ケンプフェルトを討ち取るのだ! 聖竜騎士団の猛者たちよ! 我に続け!」


 本来なら黒竜騎士団長ヘンリク・ブフナーを介して命ずるべきで、軍律の観点で言えば褒められた行為ではない。しかし、今は勝利のためにそのような些細なことを気にしていられないと、緊急避難的にやった。


 黒竜騎士団の兵たちは総司令官である私が前に出たことに驚きながらも、ここが正念場と理解したのか、雄叫びを上げて前進を始めた。


 それまでケンプフェルト指揮する共和国軍に押されていたことが嘘のように、我が軍は敵を押し込んでいく。


「兵たちよ! 共和国の弱兵など力でねじ伏せるのだ! 進め!」


 私の叫びに兵たちは応え、更に前進する。そして、その流れは左右の青竜騎士団と赤竜騎士団にも伝搬し、戦線を押し上げていく。

 川の中では兵士たちが死闘を繰り広げ、ランダル河の川面は赤く血に染まっていた。


「弓兵隊! 敵に矢の雨を降らせよ!」


 それだけ命じると、後方に戻っていく。


「白竜騎士団は西方教会領軍の救援に向かう! 穢れた獣人どもを駆逐せよ!」


 騎士団の先頭に立ち、馬を駆る。

 副官たちが慌てて追いかけてくるが、それによって騎兵部隊が動きだし、歩兵たちも走り出した。


(士気は上がった! 数では勝っているのだ。この勢いで敵を蹴散らせばよい!)


 私は上機嫌で馬を駆けさせた。


 先頭に立って走ると、敵の動きが見えてきた。


(もうこちらに向っているのか……魔導具を使っているようだな。我が軍でも導入せねばならんのだが……)


 王国軍の素早い対応を見て、彼らが通信の魔導具というものを使っている可能性があることを思い出したのだ。

 情報源は白狼騎士団長のマルシャルク殿だ。


『王国軍が通信の魔導具なる物を戦場で使っているという噂がある。どの程度の性能なのかは分からないが、帝国の軍団が“千里眼(アルヴィスンハイト)”に翻弄されたのはその魔導具があってのことらしい』


 我が国にも導入したいが、通信の魔導具は叡智の守護者(ヴァイスヴァッヘ)か、真理の探究者(ヴァールズーハー)しか作っておらず、魔導師の塔と敵対しているトゥテラリィ教を国教とする我が国に導入することは不可能だ。


(まあいい。“千里眼(アルヴィスンハイト)のマティアス”もこれ以上の手は打てまい。それに混戦になれば、悠長に話をしている暇などないのだ……)


 敵がこちらに向ってきたが、その先頭にはエッフェンベルク伯爵家の紋章を付け、剣を振り上げマントを翻しながら馬を全力疾走させる騎士がいた。


(あれはエッフェンベルク伯爵ではないのか? 私を見て直接剣を交えようとでも考えたのかもしれんな。多少はやると聞いているが、身の程を教えてやる)


 私は愛用のポールアックスを握り直す。


「全力でぶつかれ! 敵の指揮官を討ち取るのだ!」


 騎兵の数は圧倒的に我が方が多く、私は勝利を確信していた。


■■■


 統一暦一二一五年五月一日。

 レヒト法国東方教会領東部、ランダル河西岸。ラザファム・フォン・エッフェンベルク伯爵


 私が指揮するエッフェンベルク騎士団の騎兵と獣人族部隊、そしてラウシェンバッハ騎士団の第一連隊の計二千八百は、ランダル河を渡り、レヒト法国西方教会領軍の側面から激しい攻撃を加えていた。


 西方教会領軍はラウシェンバッハ騎士団と突撃兵旅団(シュトースブリガーデ)の奇襲によって、三割ほど戦力を失っているが、まだ一万三千程度は残っており、私が指揮する部隊より多い。


 それでも敵は前線指揮官を多く失ったことで混乱しており、戦いの流れは我々の方に向いていた。


「マティアス様から連絡です。白竜騎士団がこちらに向かったとのことです」


 通信兵である狼人(ヴォルフ)族の若者が報告してきた。


「マティアスに繋がっているか?」


「はい」


 そう言って通信の魔導具の受話器を渡す。


「ラザファムだ。白竜騎士団がこちらに向かっているそうだが、何か指示はあるか。以上」


『先頭にフルスト白竜騎士団長がいるみたいだ。可能なら討ち取ってほしい。それでこの戦いが終わるからね。だけど難しいようなら正面から当たらず、一度いなした方がいい。敵の士気が異常に上がっているから、君の部隊でも大きな損害が出る。その辺りの判断は君に任せるよ。以上』


 マティアスの指示に一瞬だけ考えるが、すぐに敵がやってくるため、結論を出す。


「了解した。いなすことを考慮しつつ、先頭に攻撃を掛ける。以上だ」


 それだけ言うと、マティアスの返事を待たずに受話器を返す。


「敵の総大将、フルストが出てきた! 我らが奴を討ち取る! 通信兵! エレン・ヴォルフ連隊長に連絡! 我が騎士団は直前で敵の針路から外れる。第一連隊は我らの後方からすれ違いざまに敵の先頭にいるフルストを討て! 難しいようなら我らに追従しろと伝えろ! 他の者は私に続け!」


 黒鷲騎士団を攻撃していた者たちも私が馬を駆り始めると、次々に追従してくる。

 後ろを振り返り、騎兵と獣人が入り混じった状態を見て苦笑が漏れそうになった。


(陣形も何もあったものではないな……まあ、敵が連携してくることはないから、追撃されないだけマシだが……)


 こちらが動き始めたが、黒鷲騎士団は追撃してこなかった。ハルトたち突撃兵旅団が指揮官クラスを狙い撃ちしてくれたお陰だ。


 前方に真っ白な鎧を身に纏った騎士たちが見えた。

 先頭には長柄の斧を持ち、ひと際豪華な鎧を着た年嵩の騎士がおり、その後ろには白竜騎士団の軍旗が翻っている。


 私は剣を振り上げ、左を指し示した。

 川に向かうことになり、敵の間に入り込むことになるが、あの勢いの敵に正面からぶつかれば、ラウシェンバッハ騎士団に技量で劣る我が領の兵士ではただでは済まない。


 それに敵の右を通れば、自分の左側に敵がいることになり、すれ違いざまの攻撃ができない。


「敵の左側をすり抜ける! 私に続け!」


 馬を全力疾走させているため、私の声は聞こえないだろうが、剣の動きを見れば、続いてくれると信じていた。


 千騎以上の敵騎兵部隊が迫ってくる。その後ろには三千近い歩兵が必死に追随しようと走っている。しかし、騎兵の速度に付いていけず、二百メートル以上離されていた。


 それに対して、我が方は三百騎の騎兵と二千人の獣人族戦士が一団となったままだ。

 ラウシェンバッハ騎士団の兵士に劣るとはいえ、獣人族の身体能力は高く、戦闘によって疲労した状態でも騎兵に付いていける能力がある。


 敵の先頭部隊とぶつかる直前、「私に続け!」と腹の底から叫ぶ。

 そして、馬を左に向ける。


 すれ違う瞬間、敵の総大将である白竜騎士団のフルスト団長が驚きの表情を浮かべたように見えた。


 大将同士の一騎打ちをやるとでも考えていたのだろう。

 生憎私はそんなロマンチストじゃない。


 すり抜けざまに敵の騎兵に剣を振るう。

 正面からぶつかると覚悟していたのだろう。予想外の動きに武器を合わせることもできず、顔面に剣を受けていた。


 後ろでは騎兵が落馬する音がしたが、それに構うことなく、次の騎兵を斬り付ける。

 敵の混乱を横目に見ながら、前方の歩兵部隊の手前で右に馬を向けた。


「一旦距離を取る! 敵の矢に気を付けろ!」


 敵の歩兵部隊もこの動きに驚いたのか、散発的に矢を放つだけで、歩兵部隊の前を通り過ぎることに成功した。


下に前作のリンクがあります。こちらもご興味があれば、よろしくお願いします。

また、地図や世界設定などを集めた設定集もありますので、興味のある方はご確認ください。


感想、レビュー、ブックマーク及び評価(広告下の【☆☆☆☆☆】)をいただけましたら幸いです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ