第六十話「軍師、総督を操り亀裂を作る」
統一暦一二一七年六月十七日。
ゾルダート帝国南部エーデルシュタイン、総督府。国王ジークフリート
マティアス卿らとゾルダート帝国に対する方針を協議していた。
大まかな方針が決まった後、総督府の建物に向かう。
その途中、マティアス卿の護衛兼秘書である影のユーダが現れた。
「偵察大隊より報告がございました。皇帝マクシミリアンの生存が確認できたとのことです」
詳しく聞くと、皇帝は夜明けと共に軍団に合流し、エーデルシュタインに向けて伝令を走らせた。その伝令から未だに待機している偵察大隊の一班が情報を得て、通信の魔導具で報告してきたらしい。
「ありがとうございます、ユーダさん」
マティアス卿はユーダに礼を言うと、私に視線を向ける。
「偵察大隊の士官を使者として送り込みましょう。伝える内容はエーデルシュタインが守られたことと今後の協議を行いたいこと。そのついでに帝国軍の様子も探らせます。いかがでしょうか」
「私は構わない。ラザファム卿もそれでよいか?」
「問題ございません」
ラザファム卿が頷くと、マティアス卿はユーダに指示を出す。
「偵察大隊に第一連隊のドーラ・ヴァイスヴォルフ中尉が同行していたはずです。彼女に私からの命令を伝えてください。具体的にはこちらの状況を伝えることと、今後についての協議の用意があることです。また、帝国軍の状況もよく見ておいてほしいこと、可能であるなら皇帝に直接会って話をしてほしいことも伝えてください。彼女の観察眼ならいろいろと探ってくれるでしょうから」
そこでラザファム卿に視線を向けた。
「総司令官、偵察大隊も引き上げさせてもよいと思いますが、いかがでしょうか」
「そうだな。皇帝の生存が確認できたし、街道に配置しておく必要はない。ヴァイスヴォルフ中尉からの情報を確認次第、引き上げさせよう」
「では、ユーダさん。その旨も通知してください」
「承知いたしました」
ユーダは一礼すると、その場を足早に立ち去った。
彼を見送ると、マティアス卿が再び話し掛けてきた。
「皇帝がここに到着するのは最短でも三日ほど後になると思います。総督には我が軍への協力のみを要請し、その他のことは皇帝と直接交渉すると伝えましょう。そうすれば、総督は焦るでしょうから、我々にとって都合がよく動いてくれるでしょう」
総督であるアンドレ・サイツを利用するつもりのようだ。
「それがいいわ。私たちに対して負い目があるでしょうし、こちらの機嫌を損ねて自分が不利になることを皇帝に吹き込まれたくないと思っているでしょうから」
そう言ってイリス卿が笑う。
二人とも精神的に回復しつつあるようだ。
総督府の建物に入ると、すぐに応接室に通される。
こちらのメンバーは私、マティアス卿、ラザファム卿、イリス卿、アレクの五人だ。ハルトムート卿はこういった交渉は面倒だと言って兵たちのところに行っている。
相手はサイツと護民官のエリク・プレヴィンの他に三人の文官がいた。
「南部総督を任じられておりますアンドレ・サイツと申します。この度は我らをお守りいただき、誠にありがとうございました。若き名君ジークフリート陛下のご尊顔を拝し、これ以上の喜びはございません」
揉み手をせんばかりに愛想笑いを浮かべて頭を下げる。
事前に上に阿るタイプの小役人と聞いていたので違和感はないが、このような者を守るために我が軍の兵士が命を落としたと思うと口の中が苦くなるのを感じた。
「グライフトゥルム王国国王ジークフリートだ。総督にはようやく会えたな」
私がこの町に到着したのは一昨日だが、サイツは頑なに会おうとしなかった。そのことを揶揄する。
「申し訳ございませんでした。このタイミングで体調を崩しており、ご挨拶が遅れました」
私を侮っているのか、笑みを崩すことなく言い訳をする。
「それは大変でしたね。申し遅れましたが、マティアス・フォン・ラウシェンバッハと申します」
本来なら上席であるラザファム卿が先に名乗るべきだが、私が不愉快そうにしたため、口を挟んだのだろう。
サイツはマティアス卿の名を聞き、僅かにたじろぐ。
「皇帝陛下も高く評価する高名なラウシェンバッハ伯爵でございましたか! よろしくお願いいたします」
「総督閣下は体調が優れぬとのこと。我が国からの要請をお伝えし、細かな話はプレヴィン護民官と詰めてはいかがでしょうか?」
そう言って私を見る。サイツを揺さぶれという合図のようだ。
「そうだな。マクシミリアン殿も無事だった。彼と話をすればよいだろう」
私がマティアス卿の言葉に乗ると、サイツは慌てる。
「お、お待ちください! 陛下がご無事だったと……それは真なのでしょうか! 我々にはまだ連絡が入っていないのですが!」
これほど重要な情報を我が国が先に得ていたことに驚いているようだ。
「事実だ。何と言っても我が国には“千里眼”がいるからな。それにそろそろ第三軍団が派遣した早馬もここに到着するはずだ」
そう言ってはぐらかすと、サイツは慌てた様子で協議を申し出た。
「既に体調は回復しております! 皇帝陛下と協議される前に総督である小職と協議していただきたい!」
完全に浮足立っている。
(相変わらず人の心を操るが上手いな、マティアス卿は。これで交渉のペースはこちらが完全に掴んだな……)
その後は私の予想通り、マティアス卿の独壇場だった。
我が軍に対する物資の提供に始まり、戦死者の埋葬などの手配を行ったが、こちらの要求を完全に飲んでいる。
「総督閣下にお願いがあるのですが、市民の皆さんが不安に思っていると思います。市民の方々を集めていただき、我が軍と大賢者様が魔神を撃退したとジークフリート陛下より伝えたいと思いますが、いかがでしょうか」
「その件につきましては、陛下のお手を煩わせるまでもなく、小職が説明しておきましょう」
我が軍が活躍したことを極力隠したいらしい。
「陛下が説明することに不都合がございますか?」
「い、いや、そのようなことは……ジークフリート陛下のお手を煩わせることが畏れ多いと申しますか……」
しどろもどろになっている。
「分かりました。ここは帝国領ですから、我々が出しゃばらないほうがよいでしょう。ですが、我が軍はこの町を守るため、帝国を守るために奮戦し、多くの戦死者を出しております。少なくとも兵たちには何らかの形で感謝の気持ちを示していただきたい」
「そ、それはもちろん……」
あいまいな答えしかしない。恐らく我が軍の奮闘についてはほとんど語らないつもりなのだろう。
それでもマティアス卿はいつもの笑みを浮かべて頷いた。
「では、お任せしましょう」
「あ、ありがとうございます!」
サイツはマティアス卿を説得できたと思い、満面の笑みを浮かべている。
「陛下、総督閣下にお任せし、我々は兵舎に戻りましょう。護民官殿、後ほど兵舎に来ていただけますか? 物資のことでお話がありますので」
プレヴィンはサイツの態度に辟易しているためか、終始憮然とした表情だったが、すぐに笑みを浮かべて頷いた。
「承りました。すぐに伺います」
その後、サイツが市民に演説を行ったという報告を受けた。
「我が軍の話はほとんどせず、自分が先頭に立って町を守ったかのように話しておりました。ただ、市民のほとんどは我が軍が町を守ったと知っており、冷めた目で見ております。それに総督府軍の兵士たちは何もしなかった癖に手柄だけを持っていくと、不満げな表情で聞いておりました」
報告を聞いた後、マティアス卿は満足げに頷いた。
「上手くいきましたね。総督府軍の兵士たちは、サイツ総督は怯えていただけで何もしなかったといろいろなところで話すでしょう。総督府の文官と軍の亀裂がこれで大きくなりました。それにこの後、大賢者様が四聖獣様のどなたかとここに来られるのですから、そこで真実が明らかになります。それによってエーデルシュタインの市民は帝国を完全に見限ることになるでしょう」
マティアス卿はサイツの性格を利用し、元々低かったエーデルシュタイン市民の忠誠度を更に下げたのだ。
「これで皇帝がここに来ても誰も歓迎しないわ。彼を総督に任命したのは皇帝なのだし、皇帝自身も今回のことでは何もしていないようにしか見えないのだから」
イリス卿の言葉に私たちは頷いた。
「ドーラの報告では、皇帝は気落ちしていたらしいね。それに私のことを酷く気にしていたようだ。そんな状態でエーデルシュタインの市民が皇帝を歓迎せず、我が軍を称えれば、私の策に踊らされたと思うはずだ。マウラー元帥が死ぬ間際に発した警告と合わせて考えると、皇帝が疑心暗鬼に陥る可能性があるね」
帝国の名将ローデリヒ・マウラー元帥は今年の初めに死去したが、死の直前にマティアス卿が帝国政府を掻き回すために三人の若手文官を登用させたのではないかと疑念を伝えたらしい。
「でも、今回はそこまで追い詰める必要はないのではないかしら。マウラーの遺言で経済攻撃に警戒し始めているわ。今回我々は世界の存続のために命懸けで戦った。そのことを堂々と主張して、帝国を含む多くの民衆の支持を得るべきよ」
イリス卿の主張に私も同調する。
「私もイリス卿の考えに賛成だ。謀略のための下準備を行うこと自体は否定しないが、必要以上に皇帝を追い詰めず、我が国が正義を行ったと主張しよう」
私の意見に全員が頷いた。
下に前作のリンクがあります。こちらもご興味があれば、よろしくお願いします。
また、地図や世界設定などを集めた設定集もありますので、興味のある方はご確認ください。
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