第五十六話「軍師、今後のことについて話し合う」
統一暦一二一七年六月十七日。
ゾルダート帝国南部エーデルシュタイン、総督府軍兵舎内。マティアス・フォン・ラウシェンバッハ伯爵
兵舎にある高級士官用の部屋で仮眠を摂り、目覚めたところだ。
窓の外は既に明るくなっている。
「まだ六時くらいよ。もう少し寝ていても大丈夫だと思うわ」
妻のイリスが時間を教えてくれた。
彼女は仮眠を摂ることなく、私を見ていたらしく、装備も外していない。
「君こそ大丈夫なのか?」
妻は疲れた表情を見せることなく笑う。
「あなたとは鍛え方が違うわ。それに戦いの前に仮眠を摂っているから、完全な徹夜というわけでもないし」
日付が変わった頃、帝国軍が襲撃を受けているという報告で起きている。もっともぐっすりと眠れたと言えるほどの時間ではなく、私は仮眠を摂ってもまだ眠い。
鍛え方の問題と言われれば納得するしかない。
「今日も忙しいだろうから、そろそろ起きるよ。君も聞きたいことがあるだろうからね」
「ええ。いろいろと聞きたいわ。でも、その前に朝食にしましょう。カルラ、食事の用意をお願い」
部屋の外にいた影のカルラに食事を頼む。
食事はすぐに運ばれてきた。徹夜で働いている兵士たちがいるため、いつでも食べられるようにしているためだ。
食事を待つ間、私は着替えなどの準備をしていたが、未だに心の整理ができず、会話が途切れている。
もちろん、少し寝たくらいですべてを忘れられるとは思っていないが、多くの仲間を失った事実が私の心の中に大きな重しとなっているのを強く感じていた。
食事中も会話はほとんどなかった。彼女も私と同じく思うところがあるのだろう。
食事を終えた後、イリスが話し掛けてきた。
「陛下が管理者になられるかもしれないというのは、いつから知っていたの?」
今話をしなければならない話題でもないが、兵たちのことを聞くよりいいと気を遣ってくれたのだろう。
私も彼女の心遣いに乗り、いつもの調子で話すように努力する。
「学院の高等部を卒業した後、陛下の母マルグリット殿下が暗殺された後だから、十四年ほど前になるね。まあ、その前から叡智の守護者が管理者の復活のために作られた組織だと知っていたし、グライフトゥルム王家の血筋から管理者が現れるという話も聞いていた。それに候補者が現れたら私に指導してほしいと大賢者様や大導師様がお考えだったことも知っていたけどね」
「そんな昔から……」
妻は十五年近く関わっていると聞き、驚いている。
「さっきも言ったけど、私に神の心構えなんて分からないから無理ですと伝えているよ。それにまさか陛下が本当に力を入れるとは思っていなかったからね」
「そうなの? その割には陛下が奇跡を起こせたのはあなたのお陰とおっしゃっていたけど」
「あれは結構適当にイメージを伝えただけだ。陛下は素直な方だから、私の言葉を信じて奇跡を起こされたのだけど、助言した私の方が驚いているほどだよ」
そう言って苦笑する。
「だいたい分かったわ。あなたが叡智の守護者という組織を使えることが不思議だったけど、彼らの目的に従っていたからなら納得ね」
通常、魔導師の塔に協力を仰ぐためには多額の資金が必要だ。しかし、私は個人的に叡智の守護者の情報分析室や下部組織の闇の監視者を使えた。そのことを疑問に思っていたようだ。
「それでこれからどうするの? 陛下のことはともかく、神狼様のことを放置する気はないんでしょ」
本題に斬り込んできた。
このことはどうしても聞いておかないといけないと思ったのだろう。
「そうだね。四聖獣様が世界のリスクになったんだ。このことはきっちりと話をしておかないと示しが付かない」
「必要なのだろうし、気持ちも分かるのだけど、四聖獣様に喧嘩を売るようなことはやめてほしいわ。大賢者様から釘を刺していただくだけではダメなのかしら」
「これは私の役目だからね。それに今回に限って言えば、鷲獅子様は確実に味方になってくれるし、聖竜様も神狼様に同調はしないだろうから危険は少ないと思っているよ」
「そうだけど……あなたはあの力を受けても耐えられるからいいのかもしれないけど、普通の人には心臓が止まるほど恐ろしいことなのよ。それを考えると素直に頷けないわ」
私は魔導器という器官がないためか、聖獣たちの威圧を受けても他の人ほど衝撃は受けない。もちろん、あの巨体から怒りを発せられると恐怖は感じている。
「いずれにしてもまだ先の話だ。まずは帝国との関係を考えないといけない」
あまり納得していないので強引に話題を変えた。
「でも情報収集が先よ。皇帝の生死すら分かっていないのだから」
私がジークフリート王と一緒に上空から見た感じでは、帝国軍の第三軍団は壊滅に近い状況だった。全軍の半数を超える戦死者が出ているはずで、比較的安全な後方にいたとしても皇帝が生き残っているか微妙なところだろう。
「皇帝が生きていればすぐに分かるし、その方が私たちにとっても助かる。死んでいたら交渉が長引くからね」
「そうかしら? 皇帝が死んでくれた方が我が国にとってはいいはずよ。皇帝の嫡男のディートヘルム皇子はまだ十四歳。それにマクシミリアン帝の兄であるゴットフリート皇子が草原を離れる可能性は低いわ。その他の候補だと弟のパトリック大公がいるけど、帝国に混乱が起きることは間違いないもの」
妻は私の意見に否定的だ。
「長期的に見ればそうかもしれないけど、今回に限っては皇帝がここに来て交渉してくれた方がいい」
「何か考えているようね」
「大したことじゃないよ。ざっと見た感じだけど、帝国軍が受けた攻撃は我々より酷かった。皇帝が生きていれば、精神的にかなり参っているはずだ。そんな状況で交渉を行えば、こちらに有利な条件を認めさせることができるからね」
「具体的には何を狙っているの?」
「それは……」
腹案を簡単に説明する。
「それはいいわね。だけど、ここで調印までは無理でしょ。精神状態が戻ったら反故にされるのではないかしら」
「それも考えている。問題は皇帝が死んでいた場合だね。帝国を徹底的に潰しに掛かるか、後継者と和平の道を探るか、グランツフート共和国やシュッツェハーゲン王国とも話し合う必要があるからね」
「でも、腹案はあるのでしょ?」
「あの状況を見ているから、一応考えてある。ただ、後継者が誰になるのか、帝国の舵取りを誰がするのか、ペテルセン元帥なのか、それとも集団指導体制になるのか、その辺りがはっきりしないと対応が難しいね」
そんな話をしていた後、イリスが突然不安そうな表情になる。
「話は変わるけど、もし陛下が神になるなら、あなたはどうなるの? 神の師ということは、大賢者様や四聖獣様と同じように側近ということよね。あの方たちのように遠い存在になるの?」
聞きたかったが聞く勇気がなかったのだろう。ようやく勇気を振り絞って聞いた感じだ。
「私は人だからね。大賢者様たちのように特別な存在じゃないよ」
「でも、陛下が、神が望めば同じような存在になるのではなくて? 助言者も代行者も管理者が生み出したと神話にあるのだから。それにあなたには別の世界の記憶がある。これは予め管理者と関わるように運命づけられていたのではないかと考えているの」
「もしそうであっても、私は辞退するよ。私に神の側近は務まらない。それに君や子供たちと一緒に生きて、そして死んでいきたい。君たちがいない世界を何百年も生きていくなんて拷問もいいところだからね」
「そう……私としては嬉しいのだけど複雑な気持ちよ」
「複雑な気持ち?」
「そうよ。あなたの能力は私が一番理解しているの。あなたなら神に適切な助言をして、世界を取り戻してくれるし、平和をもたらしてくれるはず。世界にとってはそれが一番望ましいのだけど、私としては一緒に生きてくれると言ってくれたことがすごく嬉しいの。だから自分がすごく我儘な人になった気がして複雑なのよ」
「私にそこまでの力があるとは思えないね。それに私は絶対に望まないよ。君がいない世界なんて考えたくもないんだから」
そう言って彼女を抱き締める。
「私もよ……」
しばらく抱き合い、気持ちが落ち着いたところで彼女が話を始めた。
「ところで陛下と一緒に奇跡を起こした時のことを話してよ。物凄く気になっているんだから」
「面白い話でもないけど、ラズから呼び出しがあるまで話をしようか。最初は光の中にいて、死んだと思ったんだ……」
妻の肩を抱きながら話を始めた。
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