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第十五話「ランダル河殲滅戦:その七」

 統一暦一二一五年五月一日。

 レヒト法国東方教会領東部、ランダル河西岸。ハルトムート・イスターツ将軍


 突撃兵旅団(シュトースブリガーデ)と共に敵陣に突入した。

 マティアスが考えた策は六万五千の法国軍に僅か二千の突撃兵旅団が突っ込むという無謀なものだが、敵は思った以上に混乱している。


 俺自身も剣を振るって戦っているため、どの程度効果があったのかは分からないが、少なくとも西方教会領軍の総司令官、オトマール・カルツ黒鷲騎士団長はまともに指揮ができていないことは分かっていた。


 その証拠に俺たちの倍以上の戦力を持つ黒鷲騎士団は、こちらの陣形を崩すことができず、逆に隊長クラスの多くが討ち取られている。


 また、全体の指揮を執るデュオニュース・フルスト白竜騎士団長も手を拱いていた。

 一応白竜騎士団の騎兵部隊五百騎がこちらに向かってきたが、僅か二百の虎人族部隊に蹴散らされ、そのほとんどを討ち取っている。


(そろそろ頃合いだな……)


 そう考えた俺は新たな命令を出した。


「そろそろ前進するぞ! 突撃兵旅団(シュトースブリガーデ)! 前進せよ(フォルヴァルツ)! 目標は白竜騎士団の本陣だ! 前進せよ(フォルヴァルツ)!」


 俺の言葉に周囲の兵が“前進せよ(フォルヴァルツ)”と叫びながら敵を切り刻んでいる。


(生き残った敵兵は血塗れの獣人族の姿と“前進せよ(フォルヴァルツ)”という叫び声が夢に出てくるんだろうな。まあ、生き残れたらだが、マティはそこまで甘くない……)


 俺が南に動き始めると、突撃兵旅団も同じように進み始めた。

 東側から敵の攻撃が来るが、こちらの勢いに圧倒されているのか、それともラザファムたちの攻撃に対応しているのか、散発的な攻撃でしかない。


「マティから連絡よ。フルストは世俗騎士軍の予備部隊三千をこちらに回したそうよ。ケンプフェルト閣下が前進を開始されたから、これ以上の混乱はまずいと思ったみたいね」


 参謀のイリスがマティからの情報を告げる。


「了解だ」


「白竜騎士団と両方を相手にするのは危険よ。私たちは世俗騎士軍に集中しましょう」


 イリスの助言を聞き、周囲を見ると、多くの兵が傷ついているのが分かった。


「そうだな。敵に混乱を与えるという役目は充分に果たした。南の世俗騎士軍の予備部隊がこちらに来たなら、そろそろ共和国軍の第二師団も動くだろう。頃合いだな」


 第二師団にはフランク・ホーネッカー将軍が率いる精鋭の騎兵部隊がいる。防衛戦では後方に待機しており、混乱が生じた後に南側に迂回して敵の後方を脅かすことになっていた。


「そうね。それに兄様も渡河している頃だし、無理をする必要はないわ」


 イリスの言葉に頷いた後、右手の剣を振り上げて叫ぶ。


「雑魚が邪魔に入ろうとしている! 全軍で蹴散らすぞ! ホルガー! ロゲール! 南に向かえ!」


 俺の命令で前衛の熊人(ベーア)族と猛牛(シュティーア)族が盾を掲げて走り出す。


前進せよ(フォルヴァルツ)!」


前進せよ(フォルヴァルツ)!」


前進せよ(フォルヴァルツ)!」


 再び、獣人たちの声が高くなり、俺を追い抜いて前進していく。


「しかし凄いものだな」


 黒い鎧を返り血で真っ赤に染めたアレクサンダー・ハルフォーフが獰猛な笑みを浮かべてそう言ってきた。激しい戦いで高揚しているためか、ジークフリート殿下を護衛している時のような落ち着いた雰囲気はない。


「俺もそう思うよ。突撃兵旅団(シュトースブリガーデ)が三つほどあれば、どんな敵でも倒せそうな気がする」


「それもあるが、凄いと思ったのはハルト殿とイリス殿だ」


「俺たち?」


 その言葉に首を傾げる。


「ああ。ハルト殿は戦いながらも的確に命令を出していた。イリス殿は激戦の中、自ら剣を取りながらもマティアス卿と連絡を取り、冷静に助言している。俺には到底マネできん」


「まあ、マティが考えた策だからな。無茶をしているように見えても余裕はある」


「余裕がある? そうは見えんが」


 アレクが驚いている。

 実際、激戦の連続で余裕があるようには見えないだろう。


「負傷者は多いが、戦死者は驚くほど少ないはずだ。恐らくだが、マティはこっちに敵の主力が向かわないよう、前線に指示を出している。だから、致命的な状況になっていないんだ」


「そう言えば、敵の真後ろにいるにしては思ったより攻撃してくる敵の数が少なかったな。いくら突撃兵旅団(シュトースブリガーデ)でも包囲されると思っていたのだが……なるほど、マティアス卿がそうなるように敵を動かしていたのか」


 敵の指揮の拙さもあるが、共和国軍の攻勢のタイミングが絶妙で、フルストも多くの兵を一度に割けなかったのだと考えている。


「そういうことだ。もっともこの後も俺たちには仕事があるから、ここで潰れられたら困ると思って配慮しているんだろうがな」


 俺がそういうと、アレクは苦笑いしていた。


■■■


 統一暦一二一五年五月一日。

 グランツフート共和国西部ズィークホーフ城、城壁上。第三王子ジークフリート


 戦いは終盤に入りつつあった。


「イスターツ将軍より連絡。東方教会領世俗騎士軍を突破。予定通り、一旦退避するとのことです」


「了解。ハルトに怪我人の応急手当を行い、現状の戦力について直接報告するように伝えてくれ」


 マティアス卿が新たな指示を出すと、すぐに別の通信兵が報告する。


「エッフェンベルク伯爵より連絡。別動隊はE地点より渡河に成功。これより西方教会領軍に攻撃を開始するとのことです」


 マティアス卿が了解を言うより早く別の通信兵が報告を上げてくる。


「ホーネッカー将軍より連絡。中央機動軍第二師団騎兵連隊はA地点より渡河に成功。これより世俗騎士軍を攻撃するとのことです」


「了解。エッフェンベルク伯爵とホーネッカー将軍に無理な攻撃は控えるよう、伝えてほしい」


 マティアス卿はそう言うと、総司令官代行のダリウス・ヒルデブラント将軍に声を掛けた。


「両翼からの半包囲が完成しました。全軍に反攻を命じましょう」


 ヒルデブラント将軍は珍しく獰猛な笑みを浮かべると、大きく頷く。


「承知。元帥閣下に本格的な出番が来たと伝えます。閣下もうずうずしているでしょうからな」


 ずいぶん長い時間戦っているように感じたが、太陽はまだ真上にあり、開戦から二時間ほどしか経っていないと気づく。


(これが本当の戦争なのだな。物語とは大違いだ。前線に立っていたらもっと違ったのだろうが……)


 そんなことを考えていると、前線で動きがあった。


「ケンプフェルト閣下が早速動かれたようですね。将軍のおっしゃる通り、焦れていらっしゃったようです」


 マティアス卿が笑いを堪えながら話している。


「そのようですな……ですが、多少混乱しているとはいえ、聖竜騎士団は秩序を取り戻しつつあります。こちらは数で劣りますから、冷静さを取り戻されると厄介ですな」


 ヒルデブラント将軍がそう指摘する。


「西方教会領軍は限界のようです。側面からもエッフェンベルク伯爵率いる別動隊に攻撃を受けていますから、潰走は時間の問題でしょう。そうなれば戦線は崩壊しますから、ケンプフェルト閣下が止めを刺してくださるでしょう」


 右手の方を見ると、西方教会領軍がラウシェンバッハ騎士団とエッフェンベルク騎士団に押され、陣形が完全に崩れている。

 既に半数程度に減っており、数的にも互角になっていた。


「しかし、フルストは簡単に諦めるような男ではありませんぞ。六万五千という途方もない戦力で攻め込み、むざむざ敗北して帰るわけにはいきませんからな」


「同感です。ですので、西方教会領軍が撤退を開始したら、大声でそのことを叫んでもらうつもりです。フルスト団長はともかく、法国軍の兵たちの士気は大きく下がるでしょうから」


 ヒルデブラント将軍はその説明に頷いたが、私には納得できないところがあった。


「西方教会領軍が撤退したとしても数的には互角になるだけだ。多少気落ちするだろうが、士気が大きく下がるとは思えないのだが」


 聖竜騎士団は実戦経験が豊富だ。ケンプフェルト元帥と戦って何度も負けているが、最後まで粘り強く戦ったと聞いていたためだ。


「聖竜騎士団の兵はともかく、世俗騎士軍の兵の多くは職業軍人ではありませんから、西方教会領軍が撤退すれば大きく動揺します。特にホーネッカー将軍が側面から攻撃し、更に突撃兵旅団(シュトースブリガーデ)がいつ襲い掛かってくるか分からない状況では耐えきれないでしょう」


「だから突撃兵旅団(シュトースブリガーデ)を見えない場所に下げたのか……心を攻めるとはこのことだったのだな」


 以前彼から人は精神状態で能力が大きく変わると聞いていた。特に集団の場合、状況によっては、臆病者が勇猛果敢な闘士になることもあれば、歴戦の勇者が迷子の幼子のように不安になることもあるらしい。


「心を攻めるというほどのことではありませんよ。ただ追い詰めすぎずに心を折る。敵の士気が下がれば、味方の損失は大きく減りますので」


 マティアス卿はそう言って微笑んでいた。


下に前作のリンクがあります。こちらもご興味があれば、よろしくお願いします。

また、地図や世界設定などを集めた設定集もありますので、興味のある方はご確認ください。


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