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第十四話「ランダル河殲滅戦:その六」

 統一暦一二一五年五月一日。

 レヒト法国東方教会領東部、ランダル河西岸。デュオニュース・フルスト白竜騎士団長


 六万五千の精鋭が混乱に陥っている。

 突如現れたグライフトゥルム王国軍の獣人族部隊のせいだ。


 戦いが始まった当初は水中に張られたロープに足を取られるなどの軽微な混乱はあったが、正面の共和国軍を数で圧倒し、橋頭堡が確保できる寸前までいっていた。


 西方教会領軍が渡河を終え、共和国軍の右翼に襲い掛かろうとした。これで勝利はこちらのものだと思った時、敵の城ズィークホーフ城の城壁に突如、旗が上げられた。


「あれはグライフトゥルム王国の軍旗なのか?」


 私の後ろにいる護衛騎士が驚きの声を上げる。


「王国軍がいるだと……」


 私も同じように驚いていると、副官が声を上げた。


「左翼側に王国軍です! あの旗は……ラウシェンバッハ子爵家のもの……ラウシェンバッハ騎士団のようです!」


 視線を向けると、ユリの花のような紋章が描かれた軍旗が見えた。


「ラウシェンバッハ騎士団だと……あの精鋭がここに来ているのか?」


 ラウシェンバッハ騎士団の情報は白狼騎士団長であるニコラウス・マルシャルク殿から聞いている。


 正確な情報は彼にも入っていないようだが、帝国の正規軍団に対し、僅か千名ほどで奇襲を繰り返し、大きな損害を与えた精鋭だと教えてもらっている。


「カルツ殿に伝令! 敵は精鋭だ。守りを固めて混乱を抑えてほしいと伝えてくれ!」


 西方教会領軍を指揮するオトマール・カルツ黒鷲騎士団長に伝令を送るが、既に敵の先陣が渡河を終えた騎兵に襲い掛かっており、こちらの対応は完全に後手に回っている。


「ラウシェンバッハ騎士団は僅か五千! まだ我が軍の方が圧倒的に勝っているのだ! 前方の共和国軍に集中せよ!」


 動揺する部下たちを叱咤する。

 私の言葉で司令部は落ち着きを取り戻すが、前線の混乱は大きくなりつつあった。


「共和国軍が攻勢を強めてきました! 指示をお願いします!」


 副官の叫ぶような声で前線を見直すと、ケンプフェルトの部隊が前進し始めていた。


「敵の数は少ない! 一旦防御を固め、敵の攻勢を凌げと各部隊に伝えよ!」


 その指示を出した直後、再び部下の一人が叫ぶ。


「西方教会領軍が押されています! 王国軍の増援が到着したようです!」


 視線を向けると、ラウシェンバッハ騎士団の後方から無数の矢が西方教会領軍に降り注いでいた。


「盾に二本の矢……エッフェンベルク伯爵家の軍旗です!」


 ラウシェンバッハ騎士団に続き、エッフェンベルク騎士団まで現れた。

 エッフェンベルク騎士団もヴェストエッケでの神狼騎士団との戦いで活躍した精鋭と聞いている。


(これを隠すために監視部隊を消したのか……後手に回ったが、まだこちらの方が有利だ……)


 後手に回り続けていることに忸怩たる思いがあるが、それを隠して兵たちを鼓舞する。


「王国軍は多くても一万だ! 数で押し切れば勝てる!」


 王国騎士団と呼ばれる精鋭がいるようだが、短い準備期間で一万以上の兵を千数百キロメートル先まで送り込む能力が王国軍にあるとは思えない。


 もっとも王国軍が来るのは当分先だと思っていたので、この考えは希望的観測に過ぎない。しかし、部下を鼓舞するためにあえて口にした。


 私の言葉が伝令によって前線に伝わっていく。

 動揺していた味方も少しずつ落ち着きを取り戻し始めた。

 しかし、我が東方教会領軍は持ち直しつつあるが、西方教会領軍はまだ混乱したままだ。


(これ以上王国軍が現れれば、西方教会領軍が潰走するかもしれん。タイミングを見て、予備兵力を回すしかないな……)


 幸い予備兵力は潤沢にある。

 右翼にいる世俗騎士軍に伝令を送り、左翼に移動する準備を命じた。


 しかし、敵は更なる手を打ってきた。まるでこちらの動きが分かるかのように、先手を打ち続けている。


「北西より敵接近! 獣人族部隊の模様! 数は分かりません!」


 慌てて北西に視線を向ける。

 そこには武器を振り上げ、何かを叫びながら走る大柄な獣人らしき兵士の姿があった。


(あの速度では世俗騎士軍では間に合わん。ここは我が騎士団の予備兵力を回すしかないな……)


 すぐに副官に向かって叫んだ。


「我が騎士団の予備の騎兵を回せ! このままでは西方教会領軍の戦線が崩壊するぞ!」


 私の命令を受けた騎兵五百が北に向かう。


(ケンプフェルトがこのような小細工をしてくるはずがない……ラウシェンバッハ騎士団がいるということは、帝国を翻弄した“千里眼(アルヴィスンハイト)”がここに来ている……)


 王国の天才軍師、マティアス・フォン・ラウシェンバッハ子爵がいると直感する。マルシャルク殿から療養中と聞いていたが、私は確信していた。


(これまでのことはすべて奴の策。だとすれば、まだ何かあるはずだ。どう対応すればいいのだ……)


 私は迷い始めていた。


■■■


 統一暦一二一五年五月一日。

 レヒト法国東方教会領東部、ランダル河西岸。エリク・ブロイッヒ十竜長


 我が軍はグランツフート共和国とグライフトゥルム王国の連合軍に翻弄されていた。

 しかし、俺は前線に出られると喜んだ。


(偵察では評価してもらえなかったのだから、戦果を上げるためには前線に出なければ話にならん。王国軍が来なかったら、出番がないところだったな……)


 出陣直後はそんなことを考えていたが、すぐに後悔した。


「「「前進せよ(フォルヴァルツ)!」」」


 でかい獣人族戦士が叫びながら、俺たち法国軍に殴り込みを掛けてきたのだ。

 先頭を行く奴らは、長さ一・五メートル、幅一メートル近い巨大な盾ごとぶつかってくる。


 その勢いに防御陣を作っていた西方教会領軍の歩兵は、成すすべもなく吹き飛ばされ、陣形を崩壊させていた。


「正面からぶつかるな! 左に回れ!」


 百竜長の命令で俺たちは西側に針路を変えた。敵は隊列も何もなく、側面が無防備に見えたためだ。

 側面に回り込んだところで、百竜長が命令を出す。


「突撃!」


 俺は自らを鼓舞するため、同じように“突撃!”と叫びながら、目の前の敵に槍を突きだした。

 敵は虎の獣人で燃えるような目で俺を睨み、巨大な両手剣で突き出した槍を弾く。


 そうなることは想定していたので、すぐに槍を引き戻すが、馬を止めるわけにはいかない。そのまま虎獣人の横を走り抜ける。


「グハッ!」


 断末魔のような声が聞こえたため、一瞬だけ後ろを振り返ると、俺の部下の一人が虎獣人に両断されたところだった。

 周りでは同じように獣人たちの強烈な一撃を受けている者が多い。


「勢いを殺すな! 法国最強の白竜騎士団の意地を見せろ!」


 百竜長が剣を振りながら、俺たちを鼓舞する。

 しかし、次の瞬間、百竜長の首が飛んだ。


「ウォォォ! “羽根つき”を討ち取ったぞ!」


 両刃の斧を持った若い虎獣人が着地しながら叫んでいる。

 彼らはヘルメットに飾り羽根が付いた隊長を積極的に攻撃してくるのだ。


 そして、俺のヘルメットにも十竜長を表す赤い羽根が付けられている。白いヘルメットと相まって非常に目立つ。


(まずいぞ。こんなところにいたら間違いなく殺される。だが、ここまで来たら下がることもできん。突破するしかないのか……)


 俺は手柄がどうとかを考える余裕がなくなっていた。

 生き延びるために暴風のような獣人の群れを突破することだけを考えている。


 虎獣人の戦士の他にも長柄武器を持つ者が多く、その素早い動きと相まって、俺たちは翻弄されていた。


「た、助けてくれ!」


「う、腕が……」


 後ろから悲鳴が聞こえるが、俺はそれを無視する。

 右手に持つ槍を繰り出すことなく、手綱だけに集中し、敵が少ないところを探しながら馬の腹を蹴っていく。


 目の端に黒い装備に身を固めた長身の普人族(メンシュ)戦士の姿が映った。

 巨大な両手剣を振り、馬ごと一刀両断する様子が見えた。


 その横では二本の剣を持つ小柄な戦士が、軽業師のような機敏な動きで騎兵の首を刎ねている。

 そのバカげた強さに悲鳴を堪えることしかできなかった。


(化け物だ……あんな奴らと戦えるはずがない……)


 俺は恥も外聞もなく、逃げることだけを考えた。


 二人の戦士から少し離れた場所に銀色の鎧を纏った女戦士と、それを守るように立つ十人ほどの黒い装備の女戦士の一団を見つけた。

 なぜかその場所だけは激しい戦闘が起きていない。


(あの横ならすり抜けられるかもしれない。あそこを突破すれば西方教会領軍の陣に逃げ込める……)


 振り返るが、部下は一人もいなかった。


「お下がりください、イリス様」


 大柄な虎獣人の女が前に出る。


「大丈夫よ。大した腕ではなさそうだから」


 イリスと呼ばれた銀色の鎧の女の声が聞こえてきた。

 その言葉と歯牙にもかけないという態度にカチンときた。怯えながら逃げようとしている俺を揶揄したと思ったためだ。


 そして、俺は致命的なミスを犯す。

 その女に槍を突き立てるため、手綱を引き、馬の勢いを弱めてしまったのだ。


「でかい口を叩くな! 死ね!」


 そう叫んで槍を繰り出すが、その女は余裕の笑みを消すことなく、剣を構えている。


「法国軍の騎士はみんな口が悪いわね」


 軽口を叩いた後、俺が繰り出した渾身の槍を簡単に弾くと、身体強化を使った跳躍で俺の目の前に飛び込んできた。


「やっぱり大した腕じゃなかったわ」


 そんな声と共に、一瞬だけ剣が煌めく銀色の光が見えた。


(まずい!)


 そう思った瞬間、俺は馬から落ち、空を見上げていた。


(何が起きた? 斬られたのか……)


 首に手をやると鮮血で真っ赤に染まっている。


(さっきの一閃で首を斬られた?……確かに俺は敵じゃなかったな……このまま死ぬのか……)


 俺は自嘲しながら、意識を手放した。


下に前作のリンクがあります。こちらもご興味があれば、よろしくお願いします。

また、地図や世界設定などを集めた設定集もありますので、興味のある方はご確認ください。


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