第三十八話「軍師、迎撃準備を整える」
統一暦一二一七年六月十七日。
ゾルダート帝国南部エーデルシュタイン、総督府軍本部。マティアス・フォン・ラウシェンバッハ伯爵
日付が変わった頃、ゾルダート帝国軍を監視させていた偵察隊から緊急の報告が入った。
「お休み中のところ申し訳ございません。偵察大隊第三小隊より報告がありました。現在、帝国軍が攻撃を受けている模様。断続的な爆発音が確認できたとのことです」
偵察大隊はエーデルシュタインが襲撃された際、魔導が使える影が火球の魔導を上空に放って大賢者に合図するために、街道沿いに五キロメートル間隔で配置されている。
そのうち、帝国軍に最も近い小隊が魔神の攻撃を察知し、連絡してきたのだ。
ちなみに帝国軍の先頭までは六十キロメートルほど離れている。一台の通信の魔導具では届かないため、リレー方式で情報が送られてきた。
「了解。偵察大隊には所定の位置で待機するように伝えてくれ。ラザファムたちにも今の情報を伝え、全軍に戦闘準備と住民に退避を命じるように」
「はっ!」
偵察大隊は参謀本部の指揮下にあるため、参謀長である私に情報が入ってきた。
本来なら総司令官であるラザファムが戦闘準備を命じるべきだが、時間が惜しい。そのため、私が出すことは事前に了解を得ている。
住民の退避だが、町の外に逃げるのではなく、頑丈な地下室か下水道に隠れることにしてある。これは建物では強力な魔導で破壊されるためで、地下なら上空から攻撃されても人的被害は出にくい。
また、住民を殺せていないと敵が気づいた場合、地上に降りてくるから我が軍の兵士が攻撃しやすくなることも狙っていた。
予め軍服のまま寝ていたので、準備はすぐに終わった。そのまま、司令部にしている総督府軍本部の会議室に入る。
すでに主だった者たちが集まっていた。
「ついに始まったということか」
ラザファムが冷静に聞いてきた。
「そのようだね。みんな準備はいいかな」
私の言葉にハルトムートが気合を入れるように頷く。
「問題ない。兵たちもすぐに戦闘準備を終えるはずだ」
普段陽気な彼だが、死ぬ可能性が高い危険な任務ということで、いつもより硬い感じだ。
妻のイリスと弟のヘルマン、ヴェヒターミュンデ伯爵の嫡男のグスタフも緊張した面持ちでいる。
ジークフリート王も影供のヒルデガルトを引き連れて入ってきた。既に鎧に身を固めており、やる気が漲っている。
そんな中、大賢者マグダが叡智の守護者の大導師シドニウス・フェルケを伴って、悠然と会議室に入ってきた。
「始まったようじゃの。まだ強い力は感じぬが、どのタイミングで出たらよいかの?」
大賢者には第六階位、すなわち戦術級の魔導が使われれば、その力を感じることができる。
「帝国軍には悪いですが、もう少し様子を見ましょう。あまりに早いタイミングで大賢者様が動かれれば、魔神たちが警戒します」
「そうじゃな。じゃが、あまり時間を掛けるわけにもいかぬぞ」
大賢者の言葉に頷く。
「帝国軍が我々の勧告通りに動くなら、すぐに破壊力の強い魔導を使わざるを得ませんので、それほど待つことはないでしょう」
帝国軍にはできるだけ長い隊列を作り、攻撃が始まったら即座に森の中に逃げ込むように伝えてある。もっともこの方針については、皇帝マクシミリアンは了承したものの、末端まで浸透しているのか自信はない。
大賢者がピクリと動いた。
「マティアスの言った通りじゃ。強い力を感じたぞ」
その言葉にシドニウスが頷く。
「あれは第六階位以上ですね。ですが、魔導ではないようですが」
「ブレスか何のようじゃの。恐らく魔竜でもおるのじゃろう。マティアスよ、儂は向かうがよいの」
「はい。既に偵察隊は所定の位置についております。こちらが攻撃を受けた場合、火球の魔導でお知らせいたしますので、街道沿いを飛んでいただきますようお願いします」
「分かった。では、皆の者、あとを頼むぞ」
大賢者はそれだけ言うと、会議室を出ていった。
一礼して見送ると、ラザファムが命令を発した。
「では、防衛計画通りに配置に着け。武運を祈る!」
「「「はっ!」」」
その命令に全員が答える。
「マティ、各所の通信班の準備は?」
「問題ないよ。参謀たちの準備も終わっている」
通信兵の班は町の中の所定の位置に着き、そこで休息を摂っている。敵の襲撃が突然であった場合、移動する時間がないためだ。
エーデルシュタインは一キロメートル四方の町で、碁盤の目のようなきれいな区画になっている。だいたい百メートルごとに大通りがあり、二百メートル四方を一つのブロックとして、そこに通信兵を配置しているのだ。
また、その通信兵には拡声の魔導具が配置され、司令部からの命令を音声で部隊に伝える。
こうする理由は敵が飛翔型の魔獣ということで動きが速く、ブロックごとの方が指示を出しやすいためだ。
「イリス、城内の状況は?」
「既に配置は命じてあるわ」
イリスが答えると、グスタフもそれに続く。
「城壁も同じです」
全体の指揮をラザファムが取り、私が全体の状況を見て彼に助言する。イリスは城内の部隊を、グスタフが城壁の部隊を担当し、細かな指示を出すことになっていた。
「では、屋上に向かうぞ」
総督府軍本部は四階建てで城壁より高い。また、屋上には見張り台があり、防衛戦の指揮が執れるようになっていた。
敵に姿を晒す屋上は危険なのだが、短時間での判断が必要になるため、町の中や城壁の状況を直接確認できる方がいい。
最初は私と参謀たちは本部の会議室にいるという案もあったが、時間が勝負になる可能性が高く、情報伝達のタイムラグを極力減らしたいため、私たちも屋上で状況を確認するのだ。
「私も卿らと一緒にいたいのだが」
国王がそう言ってきたが、ラザファムは首を横に振る。
「陛下には護民官公邸に待機していただき、私からの指示があり次第、下水道から脱出していただきます」
護民官は総督府軍の司令官で総督府のナンバーツーだ。
本部は南門に近い場所にあるが、公邸は本部より町の中心側、すなわち北側にあり、激戦が予想されるここより安全だ。
「しかし……」
国王が渋るが、ラザファムは毅然とした態度でそれを遮る。
「陛下には我々が失敗した時に世界を救う行動を起こしていただかなければなりません。そのことをお忘れなく」
防衛計画が失敗に終わった場合、国王は下水道を使って脱出し、大賢者と合流することになっていた。その後、今回のことを四聖獣に報告し、最善の方策を採ってもらう交渉をする。
もっとも私と大賢者は失敗に終わった場合、グレゴリウスが管理者の力を得て、四聖獣と大賢者でも対応できない事態になると考えていた。そのため、最悪のケースではジークフリート王が管理者として覚醒し、グレゴリウスを排除することに期待している。
「了解した」
国王は肩を落としながらもラザファムに反論することなく、素直に従い、会議室を出ていった。
「少しかわいそうな気がするわね」
イリスが同情の目で見ている。
「本部の屋上は危険なんだ。陛下には安全な場所に居ていただいた方がいい」
「そうね」
私たちは国王を見送った後、屋上に向かう。
屋上には近衛連隊の精鋭五十名と魔導師隊二十名が待機していた。
魔導師隊はシドニウスが指揮し、司令部を守るために防御魔導を展開する。
他の魔導師隊は私の護衛であったカルラとユーダがそれぞれ二十名ずつを指揮し、上空の敵を攻撃する。また、火災が発生した場合、水魔導での消火にする手筈になっていた。
カルラとユーダは闇の監視者の組頭だが、闇の監視者は叡智の守護者の下部組織であるため、導師の一部から反発があった。しかし、大賢者が彼らを説得している。
『此度は世界の存亡が懸かっておる。そしてカルラとユーダはマティアスの考えを最も理解しておる者たちじゃ。瞬時の判断が必要な状況で指示を受けずに動ける者をマティアスが指名したのじゃから、儂は全面的にその考えを支持する』
その一言で魔導師隊の指揮官は決まった。
大賢者が出発してから二十分で戦闘準備と住民の退避が完了した。
「何があっても生き延びるわよ」
妻が私を抱き締めながらそう言ってきた。
戦闘が始まれば、言葉を交わす余裕がないからだろう。
「そうだね。全員で生き残る。そして、世界を守る」
私は決意を示すようにそういうと、彼女を抱き締め返した。
下に前作のリンクがあります。こちらもご興味があれば、よろしくお願いします。
また、地図や世界設定などを集めた設定集もありますので、興味のある方はご確認ください。
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