表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
37/298

第十三話「ランダル河殲滅戦:その五」

 統一暦一二一五年五月一日。

 グランツフート共和国西部ズィークホーフ城、城壁上。第三王子ジークフリート


 ラザファム卿指揮するラウシェンバッハ騎士団とエッフェンベルク騎士団が、レヒト法国西方教会領軍を押し返した。


「ざっと二千ほどは討ち取ったようですね」


 マティアス卿が微笑みながら、総司令官代行のダリウス・ヒルデブラント将軍と話している。


「これで側面からの攻撃はなくなりました。西方教会領軍も指揮命令系統が混乱しているでしょうから、今が好機ですな」


 マティアス卿は「ええ」と答えると、通信兵を呼ぶ。


「通信兵。突撃兵旅団(シュトースブリガーデ)の現在位置を確認してほしい」


 通信兵は即座に対応し、すぐに答えが返ってくる。


「西方教会領軍の北西約一キロメートル、地点7を通過したとのことです」


 ラザファム卿はラウシェンバッハ騎士団を突撃させると、すぐに突撃兵旅団(シュトースブリガーデ)に進軍を命じていたらしい。


 突撃兵旅団だが、昨夜の夜半過ぎに出陣し、北西十キロメートルほどの位置に潜んでいた。これは敵の斥候に発見されないことが一番の目的だが、万が一、昨日のうちに法国軍がこちらの到着に気づき、夜襲を仕掛けてきた場合に背後から奇襲を仕掛けるためでもあった。


「ケンプフェルト閣下に連絡を入れましょう。十分以内に突撃兵旅団が攻撃するので、それに合わせて敵を更に混乱させていただきたいと」


 マティアス卿の言葉にヒルデブラント将軍が頷く。


「そうですな。ですが、閣下もずいぶん鬱憤が溜まっているはずです。焦れて突撃しないように念を押しておきましょう」


 将軍がケンプフェルト元帥に連絡していると、マティアス卿が私に話し掛けてきた。


「アレクサンダー殿のことが心配ですか?」


 図星だったので、僅かに動揺する。

 護衛騎士であるアレクサンダー・ハルフォーフはマティアス卿の提案を受け、突撃兵旅団に同行しているからだ。


「あまり心配していないが、いつもいる者がいないと調子が狂うという感じだろうか」


 アレクが後れを取るとは思わないが、僅か二千の兵で六万を超える大軍に突撃するということで気が気ではなかった。しかし、それを素直に表現することができない。


「そうかもしれませんね」


 マティアス卿は私の気持ちが分かっているのか、そう言って微笑んだ。しかし、すぐに表情を引き締める。


「今回はアレクサンダー殿が討ち取られるような危機に陥ることはないでしょう。ですが、殿下が王国のために先頭に立って戦い続けるのであれば、いずれ親しい部下を死地に送り込む選択を迫られるかもしれません。その覚悟はしておいた方がよいでしょう」


「言わんとすることは分かる。もっともそれを実践できるかは別だが」


 頭では分かっていてもできるかどうかは別問題だ。


「そろそろ突撃兵旅団(シュトースブリガーデ)が到着しそうですね。バテなければいいのですけど……」


 そう言いながら、望遠鏡を北西に向ける。

 私も同じように望遠鏡を覗くと、微かに土煙らしきものが見えた。


「ラズも分かっているようですね。ラウシェンバッハ騎士団の第一連隊と自身の騎兵と獣人族戦士を率いて動きだしました」


 北を見ると、川岸から僅かに離れていた三千人ほどの部隊が北に動き始めていた。


(私はアレクのことが気になって集中できないでいる。しかし、マティアス卿は戦場をよく見ている。最愛の妻、イリス卿が戦場に突入しようとしているのにだ。私に割り切るということができるようになるのだろうか……)


 そんなことを考えていると、マティアス卿が通信兵に命令を出す。


「突撃兵旅団のイリスに連絡。黒鷲騎士団が突撃兵旅団に気づいた。注意せよと伝えてくれ」


 ランダル河の渡河に手間取っている西方教会領軍のうち、黒い装備の騎士団の一部が向きを変えつつあった。

 これから最大の山場が来ると、私は固唾を飲みながら戦場に視線を向けていた。


■■■


 統一暦一二一五年五月一日。

 レヒト法国東方教会領東部、ランダル河西岸。イリス・フォン・ラウシェンバッハ子爵夫人


 私たち突撃兵旅団(シュトースブリガーデ)はレヒト法国軍に迫っていた。

 目の前には漆黒の鷲獅子(グライフ)の紋章が描かれた軍旗が何本もはためいている。

 矢が散発的に飛んでくるが、奇襲に動揺しているのか、数は少なく脅威にはならない。


「黒鷲騎士団の奴らを蹴散らせ! 俺に続け!」


 両手に剣を持ったハルトが疾走しながら叫んでいる。身体強化を強めたのか、先頭を走る熊人(ベーア)族や猛牛(シュティーア)族を追い抜く勢いだ。


「司令官が一番に突っ込んでどうするの!」


 彼に置いていかれないように私も身体強化を強める。


「イリス様! 前に出すぎです! お下がりください!」


 私の護衛、(シュヴァルツェ)(ベスティエン)猟兵団(イエーガートルッペ)のサンドラ・ティーガーが焦りを含んだ声で叫んでいる。

 彼女と同じ漆黒の装備を身に纏った獣人族の女戦士が私の周りを固めていた。


 彼女たちの他にも犬人(フント)族の通信兵が私にピッタリと付いてきている。私は突撃兵旅団の参謀であり、マティや兄様からの命令を伝える必要があるからだ。


「それはハルトに言いなさい! 後ろにいたら司令部からの命令を伝えられないし、助言もできないのだから!」


 そんなやり取りをしている間に先頭集団が黒鷲騎士団にぶつかった。

 これは比喩ではなく、文字通り身体からぶつかっていったのだ。


 ガシャンとか、ドーンとかという派手な音が響く。その直後に兵士たちの悲鳴が聞こえ、吹き飛ばされたのか、ヘルメットや盾が宙を舞っていた。


前進せよ(フォルヴァルツ)!」


前進せよ(フォルヴァルツ)!」


前進せよ(フォルヴァルツ)!」


 突撃兵たちが武器を振るいながら叫んでいる。


「イリス様、マティアス様から通信が入っております」


 通信兵が走りながら受話器を渡してきた。

 剣を持っていない左手で受け取り、受話器に向かって叫ぶ。


「イリスよ! 忙しいのだけど、何かしら! 以上!」


『白竜騎士団の騎兵約五百がそちらに向かった。君たちの右側から突っ込もうとしている。以上』


 敵の総司令官デュオニュース・フルスト白竜騎士団長は、想像していたより早く対応してきた。


「了解! 右手から来る白竜騎士団の騎兵に注意するわ! 他に情報は! 以上!」


『情報はない。しかし、君もハルトも前に出すぎだ。もう少し下がってくれ。以上』


「できたらやっているわ! ハルトが突っ込んでいくから仕方ないのよ! 以上!」


 マティは苦笑気味に“了解”といい、通信を切った。戦場でこれ以上の長話は危険だと思ったみたい。

 受話器を返し、ハルトに追いつく。


「右から白竜騎士団の騎兵五百が向かってくるそうよ。左右から挟撃しようとしているみたいね」


 突撃兵旅団はランダル河の上流である北から敵の後方に突入した。そのため、左手側に敵がいることになる。


「了解だ。テオ! お前たちは白竜騎士団の騎兵に当たれ! 本隊から少々離れても構わん! 思いっきりぶつかってやれ!」


「了解! みんな行くぞ!」


 テオの部隊は戦闘力が高い白虎族や黒虎族など虎の獣人族二百名ほどで構成されている。“テオの部隊”と言ったけど彼が取りまとめ役というだけで、厳密には指揮官ではない。それ以前に突撃兵旅団では明確な役職が決まっていないのだ。


 突撃兵旅団は二十人くらいで一つの班を作り、それが十個集まって隊になっている。しかし、班は食事や野営の際のグループに過ぎず、班長にも隊長にも指揮権はない。彼らはハルトの命令を受けると、それを仲間に伝達し、一塊になって突撃していくだけだからだ。


 最初はこれでいいのかと思わないでもなかったけど、ここにいる突撃兵の多くが戦いになると興奮してしまう性格で、細かな指示を出しても実行できない。それなら、方向性だけを示し、あとは好きに戦わせた方がいいと思うようになった。


 テオの部隊が右に向かい周囲が手薄になったためか、私にも敵兵が襲い掛かってきた。

 黒鷲騎士団の小隊長らしい若い男で、黒い馬に乗り、ヘルメットには飾りの羽根が付いている。


「死ね、女!」


 そう言って上から剣を振り下ろそうとした。


「下品ね。淑女に言う言葉じゃないわ」


 子爵夫人とはいえ、戦場で剣を持って走っている女性を淑女とは言わない。そのことに気づき、思わず自嘲の笑みが零れる。


「何を笑っている!」


 私が笑ったので気を悪くしたみたい。怒りに打ち震えたまま、剣を振り下ろしてきた。

 それを受け止めようと剣を構える。

 しかし、剣が私に届くことはなかった。


 剣が振り下ろされた直後、漆黒の影が私の視界を遮った。護衛の黒獣猟兵団員が私を飛び越え、その隊長の首を刎ねたのだ。


(残念ね。初めて敵兵を倒せると思ったのに……)


 私はこれまで戦場に出たことはなく、実質的には初陣だ。もちろん、魔獣(ウンティーア)を相手に実戦は経験しているから戸惑いはないが、初めての手柄を奪われたことに少しだけ不満だった。


「ご無事ですか?」


 護衛である狼人(ヴォルフ)族の女戦士が聞いてきた。


「大丈夫よ。ありがとう。助かったわ。でも、私でも倒せたと思うから、無理に前に出なくてもいいわよ」


 助けてもらったことは事実なので、不満はあったが、礼を言っておく。

 その間に白竜騎士団の騎兵とも接触したらしく、敵兵が一気に増え、乱戦となっていた。


 サンドラたちに守られながらも、私も剣を振るう。

 銀色に輝く私の鎧は目立つらしく、倒してもすぐに敵兵が集まってくる。


 しかし、危機感は全くなかった。

 サンドラたちの守りが硬いこともあるが、すぐ近くでハルトとアレクが獅子奮迅の戦いを見せていることが大きい。


「さすがは“(ツヴァイ)(シュヴェールト)ハルト”だな。命令を出しながら、これほど戦えるとは」


「“(シュヴァルツェ)騎士(リッター)”殿には負けるよ。どんだけ強いんだよ」


 二人は返り血で真っ赤になりながらも軽口を叩き合っている。

 実際、二人の戦いは屈強な獣人族戦士たちが霞むほど突出していた。


 二本の剣で舞うように斬り裂くハルトに対し、大型の剣を軽々と振り回して一刀両断にするアレク。

 あまりの強さに敵兵の足が竦むほどだ。


「そろそろ前進するぞ! 突撃兵旅団(シュトースブリガーデ)よ! 前進せよ(フォルヴァルツ)! 目標は白竜騎士団の本陣だ! 前進せよ(フォルヴァルツ)!」


 ハルトの命令で前衛が突進を始める。

 その勢いに法国軍は思わず道を開けた。


下に前作のリンクがあります。こちらもご興味があれば、よろしくお願いします。

また、地図や世界設定などを集めた設定集もありますので、興味のある方はご確認ください。


感想、レビュー、ブックマーク及び評価(広告下の【☆☆☆☆☆】)をいただけましたら幸いです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ