第二十八話「軍師、防衛体制を整える」
統一暦一二一七年六月十三日。
ゾルダート帝国南部エーデルシュタイン、城壁。マティアス・フォン・ラウシェンバッハ伯爵
朝から防衛体制の確立に奔走していたが、午後になっても魔獣の襲撃は起きていない。
「ありがたいことだけど、何が原因なのかしら? 魔将も、私たちを殲滅できることは分かっているはずよ。これだけの人口がいる都市を襲わないはずがないんだけど」
妻のイリスが納得できないと言う感じで眉を顰めている。
昨日の戦いで魔将に弓や弩で攻撃を加えたが、有効な攻撃とはならなかった。また、魔将の放った炎の球の魔導で第一連隊は大きな損害を被っている。
これらのことは知性がある魔将なら理解しているはずで、昨日の残存戦力を率いて襲ってくるのではないかと思っていたのだ。
「避難民も襲われていないし、もしかしたら、ここに人を集めさせようとしているのかもしれないな」
この町には総督府軍を含め、六万人ほどの人族がいる。周辺の農村には一万人ほどがいるから集まれば七万人を超えることになる。
彼らが求める巨大な魔素溜まり、すなわち“魔窟”を作り出すためには、できるだけ多くの人族がいた方がいい。
明日中にはすべての周辺住民の避難が完了するから、今日明日と様子を見るという選択をしたとしても不思議ではない。
「ありそうね。何と言っても相手は神霊の末裔の狂信者たちなんだから」
神霊の末裔は試行錯誤を繰り返しながら人体実験を行っていた。その研究者でもある魔導師たちが魔獣に取り込まれており、最も効率がいい方法を模索したとしてもおかしくはない。
「いずれにしても時間は我々にとって味方だ。そろそろ師団本隊も到着するし、明後日には突撃兵旅団と近衛連隊、叡智の守護者の魔導師隊が到着する。彼らが到着すれば、魔将クラスでもある程度戦えるはずだ」
当初は悲観的だったが、エーデルシュタインの防衛施設が思ったより優秀だったため、希望が見えている。
城壁だが、上部の幅は五メートルほどあり、回避するためのスペースも充分ある。
また、バリスタも三十基ほどあった。前回の戦いでは総督府軍が敵の急襲に慌てたため、使われなかったが、それが功を奏し破壊されずに残っていた。
このバリスタだが、通常の兵士なら発射に最低五人は必要だ。しかし、膂力に優れた獣人兵なら二人で済む。また、装填時間も短く速射も可能で、戦力として充分に期待できる。
問題は照準が付けにくいことで、飛行型の魔獣に対して効果は期待できないが、地上の大型魔獣なら有効だと思っている。
現在は南側の城壁に並べ、操作訓練を行っているところだ。
午後三時頃、王国軍司令長官であるラザファムと実弟のヘルマンがラウシェンバッハ師団の残りを率いて到着した。
「予定通りに来てくれて助かったよ。疲れていると思うけど、連隊長と参謀を集めてほしい」
ヘルマンは私に頷き命令を出すと、歩きながら小声で聞いてきた。
「昨日、魔将と戦ったそうですが、やはり厳しいですか」
「そうだね。災害級までなら何とか戦えるけど、天災級は別物だと考えた方がいい。魔導の一撃で五十人近くが戦死し、二百人以上が負傷して戦闘不能になった」
「い、一撃で連隊の四分の一が戦闘不能に……」
弟はその事実に絶句している。
彼も訓練の一環で魔獣狩りを行っており、大型魔獣の強さは充分に理解しているが、それでも想像を超えたのだろう。
総督府軍の宿舎の会議室を借り、連隊長と参謀、そして師団に同行してきた東部方面軍第一師団長のグスタフ・フォン・ヴェヒターミュンデ中将と情報のすり合わせを行う。
「まずは迅速な行軍に感謝する。君たちの到着が遅れれば、ここが蹂躙され、私たちの命も危うかった」
私の言葉に妻と第一連隊長のエレンが頷く。
「昨日は森の中と城壁の外で魔獣と戦っている。主力は災害級の一つ目巨人と合成獣、準災害級の魔獣、悪魔だ。それに加え、災害級の上級悪魔と死霊魔導師とも戦っている」
魔獣の名を聞き、ヘルマン以下が緊張した面持ちになる。既にある程度話は聞いているのだろうが、改めて私の口から大物の名を聞き、気持ちを新たにしたのだろう。
「それだけではない。天災級の魔将とも遭遇している。魔将の魔導の一撃で二百五十名以上が戦闘不能に陥った。幸い、第一連隊の果敢な攻撃で何とか撤退に追い込むことができたが、大賢者様のお話では魔将クラスの魔獣が十体もいる。更に強力な魔神が出て来なくとも、我が軍でも勝利を得ることは非常に厳しい」
そこで全員が小さく頷く。
「明後日には突撃兵旅団と近衛連隊、叡智の守護者の魔導師隊が到着する。しかし、それだけの戦力があってもここエーデルシュタインを守ることは至難の業と言わざるを得ない」
ラウシェンバッハ師団と突撃兵旅団、アレクサンダー・ハルフォーフが率いる近衛連隊がいれば、帝国軍の正規軍団三万と互角以上に戦える。つまり、大陸最強の戦闘部隊だ。それに加え、魔導師隊まで投入するのだが、それでも全く足りない。
「帝国軍にも期待できない。彼らは対人戦に特化しており、このような敵と戦うことは想定していないためだ。そして、ここが蹂躙されれば、魔神や魔将たちの力は今以上に強くなる。ここで失敗すれば大陸が滅びるだろう。それを防ぐことができるのは我々しかいないのだ!」
私の強い言葉に全員が大きく頷いた。
「これまで私は兵の損耗が最も少なくなる方法で戦うようにしてきた。しかし、今回に限ってはそのような配慮をしている余裕などない。恐らく、この戦いに勝利したとしても多くの戦友を失うことになるだろう。私やイリス、ヘルマンも命を落とすかもしれない。しかし、この戦いを避けることはできない!」
今回の戦いでは多くの犠牲を払う作戦を実行せざるを得ないと思っている。それでも勝利は覚束ないだろう。
「我々の目的は大賢者様や四聖獣様が魔神や魔将を倒すまで、ここを死守して敵に力を与えないことだ。もし敵に力を与えると、大賢者様や四聖獣様でも倒せず、この大陸は魔象界に呑み込まれ、すべての生命が息絶えることになるからだ。つまり、この戦いは帝国の民を守るものではない! 故郷にいる家族を守る戦いなのだ! 兵たちにもそのことをしっかりと言い含めてほしい」
そこで一度呼吸を整え、冷静な口調に戻す。
「戦略目的は敵に力を与えず、時間を稼ぐこと。そのためにこれより二十日間、城壁を突破されないことを目標とする。総指揮はラザファムと私が、現地の指揮はイリスとヘルマンが交代で行う。行軍で疲れているが、今日から四交代で城壁を守る。編成表は既に作ってあるから、各自確認しておくように」
二十日間と設定したのは魔素溜まりが沈静化するまでの期間だ。それを過ぎれば四聖獣が自由に動ける。一体でも敵を殲滅できるから、そこまで粘ることができれば、我々の勝利ということだ。
交代制にしたのは悪魔たちなら夜目が利くだろうから、昼夜問わずの防衛になるためだ。
「ここは初めての土地だ。日が落ちるまでに城壁と城門の状況を確認しておいてほしい」
「「「はっ!」」」
連隊長たちがピシっと答える。
「イリス、付け加えることはないか」
「そうね……食事の用意なんかの雑事はすべて帝国軍がやってくれるわ。寝台も確保してあるからきちんと休むように。この人も言ったけど、最悪の場合、二十日間も守り続けることになるわ。疲れを取ることも戦いだと思ってしっかり休みなさい」
「「「了解!」」」
連隊長たちは敬礼をしてから現地を確認するため、会議室を出ていく。
ラザファムとヘルマンは聞きたいことがあるのか、残っている。
「兄上はどの程度の勝算があると思われますか」
「その点は私も聞きたいな。これだけの大物と戦ったマティたちの意見は重要だからな」
二人が聞いてきた。
「正直なところ、不確定要素が多すぎて分からないとしか言いようがないね。運がよければ、大賢者様がここに来られて、何事もなく勝てるかもしれない。逆に運が悪ければ、魔神二体と魔将十体という絶望的な敵と戦う羽目になり、一時間も経たずに全滅ということもあり得るだろうね」
「兄上でも先が読めないのですか……」
「それほど厳しい状況だと……」
二人が厳しい表情で呟く。
「二人とも大丈夫よ」
イリスが明るい声で励ます。
「それはなぜでしょうか? 絶望的な状況だと思うのですが」
ヘルマンの問いに彼女は自信満々で答えた。
「この人がいるからよ。千里眼のマティアスは一度も負けたことはないわ。今回も必ず勝利する」
「なるほど。確かに兄上は常勝無敗。兄上がいてくださるのだから、勝利は間違いないということですね」
ヘルマンは納得したように頷いている。
「確かにマティがいるのだから何とかなるな」
二人を見て私は肩を竦める。
「薄弱な根拠だね」
「そうでもないわ。このことを兵たちに伝えれば、絶望的な状況に陥っても最後まで力を振り絞ってくれるはず。それに大賢者様があなたを見捨てるとは思えないもの」
「義姉上のおっしゃる通りです。兵たちに早速伝えてきましょう」
弟はそう言うと、明るい表情で会議室を出ていった。
「兵たちの士気を上げるのは君の方が上手いようだね」
「でも嘘は言っていないし、私自身信じているもの」
そう言って笑っていた。
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