第二十七話「軍師、迎撃準備を命じる」
統一暦一二一七年六月十三日。
ゾルダート帝国南部エーデルシュタイン、南門。マティアス・フォン・ラウシェンバッハ伯爵
昨日、ゾルダート帝国南部の主要都市エーデルシュタインに入った。
その後、総督府軍の幹部と話し合いを行ったが、その際、帝国の宿敵である私を入れることで、ひと悶着あったと教えられる。
総督であるアンドレ・サイツは我々の受け入れを拒否したが、総督府軍の司令官であるエリク・プレヴィン護民官が独断で我が軍の受け入れを許可したのだ。
更に私に防衛戦の指揮権を委ねるという大胆な提案をしてきた。
私としても受け入れざるを得ないと腹を括る。
人口六万人の都市であるエーデルシュタインが、魔神たちに蹂躙されれば、巨大な魔素溜まりとなりかねないためだ。
その住民たちだが、誰一人避難していなかった。
大賢者から住民を避難させるように指示されたものの、総督は許可しなかった。その理由は避難民が襲われることを防ぐためだそうだが、疑問を感じざるを得ない。
大賢者がこの町に来たのは一週間以上前だ。
確かに住民たちの準備や移動手段の確保などは大変だが、それだけの時間があるなら民たちの足であっても百キロメートル近く離れることができたはずだ。
昨日、初めて魔獣が来たことを考えると、民衆を逃がす判断をした方が賢明だったはずなのだが、護民官に聞くと、本当の理由は皇帝の命令がないからというものらしい。
更に周辺の農村も同様で、一万人近くが村に残っている。
ほとんどがエーデルシュタインの北側にあるため、まだ魔獣に襲われていないようだが、この状況を放置していることに怒りすら覚えていた。
昨日はそれらの話を聞くと共に、総督府軍に関する情報を得て、防衛計画を立案した。
まず総督府軍を周辺の農村に派遣し、避難誘導に当たらせる。但し、今更北に逃げても追いつかれて蹂躙されるだけなので、ここに収容するしかない。
幸い、ここは帝国軍の重要な拠点であるため、食料や調理器具、矢などの物資は豊富にある。
問題なのは人が増えれば増えるほど魔獣を引き寄せることになることだ。
奴らは人を殺して魔導器から魔素を引き出し、自らの力に変える。そのため、人が多ければ多いほど集まりやすくなるのだ。
「あそこまで無能な人が総督になったなんて、あなたの謀略は凄いわね」
妻のイリスが呆れたような口調で言ってきた。
サイツが総督になるように情報操作を行ったのは私だ。まさかこのような事態になるとは思っていなかったが、私自身、呆れているので肩を竦めるだけで反論していない。
避難しなかった者の中にモーリス商会のエーデルシュタイン支店長、カール・マイヤーがいた。そのマイヤーが朝一番で私を訪ねてきた。
彼の顔を見て驚いている。
長距離通信の魔導具を使い、モーリス商会の関係者には脱出するように指示を出していたためだ。
「脱出するようにお願いしておいたはずですが?」
「従業員とその家族たちは既にリヒトロット市に向かっています。残っているのは私と影の方々だけです」
「ここは危険です。なぜ残られたのですか?」
「総督が脱出を認めなかったので、責任者くらいは残っていないといけないということが理由ですが、他にもマティアス様のお力に少しでもなれればと考えたためです」
そう言って一枚の紙を手渡してきた。
そこには魔銀の鏃が付いた矢一万本と、先端にミスリルを嵌めた太矢三千本と書かれていた。
「ご連絡を受けてから大急ぎで作成を依頼しました。先ほど倉庫に運び込みましたのでご確認ください」
「それだけのミスリルを……」
驚きのあまり言葉を失う。
ミスリルは死霊系の魔獣に対して有効な金属だが金よりも高価で、量を確保することが難しいものだからだ。
「帝国軍に納める予定の矢があることは分かっていましたし、ちょうど鉱山から送られてきた魔銀がありましたので、取引のある工房に作らせておきました」
モーリス商会は南部鉱山に多くの権益を持っている。その中に希少な金属であるミスリルの鉱山もあり、それを商都ヴィントムントに送っていた。また、帝国軍の軍事物資の納入も任されており、消耗品である矢も多く納品している。
彼の言葉に大きく頭を下げる。
「本当に助かります」
第一連隊だけが先行したことで補給物資に不安があった。
連隊には独自の補給部隊はなく、今回は兵士が物資を運んでいる。一応支援中隊は同行させているが、消耗品の量は通常の作戦よりかなり少ない。
特に矢と太矢は昨日の戦闘で大きく数を減らしており、今日からの戦いが厳しいものになると思っていたのだ。
「頭をお上げください。ミスリルの在庫はまだありますので、まだまだ作るつもりです」
「ありがとうございます」
マイヤーが去った後、第一連隊の状況を見に行く。
負傷者の治療は終わったが、実戦力の一割近くを失っており、戦力的には厳しい。しかし、治安維持部隊に過ぎない総督府軍では戦力にならないため、我々が矢面に立たなければならない。
既に南の城壁の上に兵士たちは配置されている。
「恐らく本日も敵の攻撃があるはずだ。しかし、今日の夕方には他の連隊も到着する。そして明後日には突撃兵旅団と叡智の守護者の魔導師隊も到着するはずだ。そこまで耐えれば、勝利は見えてくる。厳しい戦いになるが、何とか耐えてほしい」
「「「マティアス様、万歳!」」」
「「「マティアス様に勝利を!」」」
兵士たちは私の言葉に熱狂的に応えた。
「ありがとう。エレンはこのままここの指揮を頼む。敵襲があれば、すぐに通信の魔導具で連絡を入れてくれ。イリスは総督府軍の配置を確認してほしい。私は避難民の受け入れ状況を確認してくる」
指示を出した後、護衛と通信兵と共にエーデルシュタインの町の中心にある総督府に向かう。さすがに輿を使うわけにはいかないため馬を借りている。
この状況で私を殺そうと思う帝国兵はいないと思うが、護衛であるファルコ・レーヴェは厳しい目つきで周囲を警戒していた。
総督府に入ると、帝国の文官たちが無表情で出迎える。彼らも兵士たちと同じようにどう対応していいのか困惑しているのだろう。
「サイツ総督にお会いしたい。避難民の受け入れについて承認をいただきたいためだ」
「総督閣下はお会いしないとのことです。非常時につき、護民官に全権を委ねたとおっしゃっておられます」
秘書官らしき文官が平板な口調で伝えてきた。
時々悔しそうな表情をしているから、不甲斐ない上司に怒りを覚えているのだろう。
「承知しました。では、プレヴィン護民官と調整しますが、総督には全権を委ねた旨の正式な文書を護民官に渡してほしいと伝えていただきたい。あとでトラブルになっても困りますから」
「伯爵は本当にあとがあると思っているのですか? 相手は災厄級や天災級の魔獣なのですよ」
悲壮感を漂わせている秘書官の問いに、微笑みながら答える。
「もちろんですよ。今日中に我が師団の全部隊が集結しますし、明後日には更に三千の精鋭と大賢者様が直々に派遣を命じられた叡智の守護者の魔導師隊も到着するのです。それに大賢者様もそろそろこちらのことに気づいておられるでしょうから、何も心配していません」
私はそれだけ言うと、総督府軍の司令部に向かった。
今の話が広がってくれれば、強力な魔獣が攻めてきても多少はパニックを抑える効果があるはずだ。
司令部に入ると、プレヴィン護民官が慌ただしく指示を出していた。
「西地区と東地区に避難民の受け入れを手伝わせろ。いつ魔獣が襲ってくるのか分からんのだぞ……北地区の倉庫群に駐屯地の物資を運び込め……」
総督府軍は朝から近隣の農村に向かっており、比較的近い村なら今日中に到着する。
郊外には帝国軍の駐屯地があり、そこには天幕や調理器具、食料などが保管されている。それらを急いで運び込んでいるのだ。
(酷いものだな。この程度のことは誰でも思い付くと思うんだけど……)
これまで全くと言っていいほど準備が行われていなかった。
プレヴィンは何度も総督に直談判したらしいが、総督の権限を逸脱すると言って、何も手を付けなかったらしい。
(サイツ総督らしい判断だな。しかし、無能な味方がこれほど厄介だと思わなかった。皇帝が若い三人に期待した気持ちが分かった気がするよ……)
サイツ総督は法務部門の出身で特に融通が利かないと有名だった。
そのため、帝国の内政を無茶苦茶にするのにちょうどいいと思い、皇帝の耳に優秀な人材と聞こえるように情報を操作した。
その時はまさか自分が帝国の都市の防衛を担うなんて当然想像もしていなかった。
そんなことを一瞬考えたが、プレヴィンに状況を確認し、城壁に戻っていった。
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