第二十六話「軍師、防衛体制を構築する」
統一暦一二一七年六月十二日。
ゾルダート帝国南部エーデルシュタイン、総督府軍宿舎。マティアス・フォン・ラウシェンバッハ伯爵
総督に会うことはできなかったが、総督府軍の司令官である護民官が対応し、我々はエーデルシュタインの城壁の中に入ることができた。
市内に入ると、悪魔たちが侵入し魔導を放ったためか、煙が上がっているところがあった。しかし、総督府軍の兵士たちがきびきびと動き、城門近くは落ち着きを取り戻しつつある。
その総督府軍の兵士たちだが、我々に向ける視線は微妙だ。
我々が城壁の外で奮戦したから助かったことは理解しているのだが、僅か九ヶ月前には敵であったことを覚えているからだろう。
総督府軍の宿舎に入ると、護民官のエリク・プレヴィンが待っていた。
「エリク・プレヴィンです。高名なラウシェンバッハ閣下とお会いでき、光栄です」
プレヴィンは五十代半ばの壮年の軍人だ。未だに厳しい鍛錬を行っているのか、引き締まった身体をしている。
あいさつを返すと、すぐに実務の話を始めた。
「治癒魔導師も可能な限り、こちらに派遣するつもりです。その上で相談なのですが、この町の防衛に力を貸していただけませんか」
思った以上に腰が低い。
記憶では二年ほど前に護民官に就任する前は、第一軍団の元騎士長だったはずだ。
精鋭である第一軍団で連隊を率いる騎士長にまでなった優秀な軍人だが、師団を率いるだけの才能がないとして総督府の護民官になったと聞いていた。
軍人としては左遷された形だが、名将マウラー元帥の部下だっただけのことはあり、国のために最善の選択を採ることに躊躇いはないようだ。
「治癒魔導師の派遣は助かります。負傷者が多く、手が回っていませんでしたから。防衛に関しても元々そのつもりでしたので、特に異論はございません。但し、我が軍は独自に行動するつもりです。貴軍の指揮下に入っても足枷にしかなりませんので」
「そのことについてですが、閣下の指揮下に総督府軍を入れていただきたい。何と言っても閣下はあのマウラー閣下ですら手玉に取った軍略家なのですから」
一瞬嫌味なのかと思ったが、真面目な表情を崩していない。
どうやら強い危機感を抱いているらしい。
「よろしいのですか? 指揮下に入るということは貴軍の情報を開示していただくことになりますが? それに総督は認めておられるのですか? 皇帝陛下もそこまではお認めになっていないと思いますが」
「軍団が不在の場合、南部域の防衛に関する権限は小職にあります。それに今はこの町を守ることこそが最優先です。閣下なら大陸に住む者のために、全力で戦ってくださると思っていますので、全く問題ございません」
「承知いたしました。では、貴軍の主だった方と認識合わせをさせていただきたい」
私がそう言うと、プレヴィンは人を集めると言って宿舎を出ていった。
「大胆な人ね。帝国の宿敵ラウシェンバッハに指揮権を委ねるなんて」
イリスが愉快そうにそう言ってきた。
私は皇帝に最も危険視されている人物であり、通常なら共同作戦すらあり得ない。
「私もびっくりしたよ。それだけ強い危機感を持っているんだろうけど」
「でも、指揮権を得られるなら少なくとも邪魔されることはないわね」
「そうなんだけど、私としてはあまりいい状況じゃないと思っている」
「どういうこと?」
妻が首を傾げている。
「防衛の指揮権を持つということは、ここを死守しないといけないということだよ。これで勝手に撤退することができなくなった」
「元々逃げるつもりなんてないんでしょ。なら一緒よ」
言いたいことは分かるが、私の言いたいことは少し意味合いが違う。
「我々は災害級以下の魔獣と戦うためにここに来たんだ。森の中なら逃げることができたけど、ここに災厄級や天災級の大物が来たら戦わざるを得ない」
大賢者の依頼は森の中で災害級以下の魔獣を倒すことだった。
そのため、万が一災厄級や天災級に遭遇してもやり過ごすという方法もあった。しかし、防衛戦の指揮権を委ねられたら、それはできない。
「そうね。あの魔将と戦うなんて考えたくもないわ。私たちが戦える相手じゃないもの」
私も魔将の姿を思い出し、背筋に冷たいものが流れる。
「その点は私も全く同感だね。あれは人が戦える存在じゃない。どれだけ戦術を駆使しても意味はないだろうね」
「私もそう思うわ。バリスタで攻撃したとしても跳ね返されそうだもの。それにあの魔導は脅威よ。ここの城門でも数発しか耐えられないでしょうし、狭い城壁の上で狙われたら避けようがないわ。そうでしょ?」
彼女は昼の戦闘で直径二メートルサイズの炎の球の魔導を目の当たりにしている。
彼女は爆心から五十メートルほど離れていたらしいが、それでも爆発の影響を受けていた。
「そうだね。叡智の守護者の魔導師の防御魔導を見たことがあるけど、導師クラスの魔導師でも防げないと思う。多分だけど、大導師のシドニウス様でも厳しいだろうね」
叡智の守護者の指導者、大導師シドニウス・フェルケは大賢者マグダを除けば、世界最高の魔導師だ。
魔導師でない私の感覚に過ぎないが、魔将の魔導を人が防げるとは思えない。
「そうなると、大賢者様に来ていただかないと無理ね」
私は大きく頷いた。
その後、総督府軍の指揮官たちと話し合うが、魔獣の大氾濫、いわゆるスタンピードに対する防衛プランはあったものの、これほど強力な魔獣の襲撃は想定しておらず、既存の作戦では全く対応できないことが分かった。
「これまでここの総督府軍は旧皇国軍の残党としか戦ったことがないのです。当然、この町で戦ったこともありません。まして巨人や合成獣、それを超える魔将なんていう化け物と戦うなんて思ってもいませんでした」
総督府軍の指揮官の一人が零し、多くの者が頷いている。
エーデルシュタインは二十三年前の統一暦一一九三年十一月に帝国領になった。
その後はリヒトロット皇国攻略の前線基地として常に正規軍団が駐留し、総督府軍は町や農村の治安維持に当たっている。そのため、実戦経験は少なく、練度も低い。
兵力は約九千人と師団規模で、編成も正規軍団に準拠しており、指揮命令系統はしっかりしている。しかし、指揮官のほとんどが士官学校を出ておらず、質も正規軍団に遠く及ばない。
「基本的に総督府軍には町の中に侵入した魔獣を相手にしていただくつもりです」
私の言葉にプレヴィンが頷く。
「今日の戦いを見る限り、その方がよいでしょうな。我が軍には弓が使える者も少ないですし、弓も貴軍ほど強いものではありませんから」
ラウシェンバッハ師団の弓は通常の長弓より強力な複合弓だ。これは身体強化で弦を引くことができるためで、命中率はともかく、威力だけなら世界最強の弓兵部隊だ。
それだけではなく、飛行型魔獣を想定し遠距離攻撃が主体になると考え、弩弓を多く準備しているし、巻き上げ機を使わないことから速射が可能だ。
「明日中には更に三個連隊と支援部隊が到着する予定です。その後も数日以内に突撃兵旅団と近衛連隊の計三千名が到着します。それまでは厳しい状況ですが、力を合わせて守り抜きましょう」
「そうですな」
プレヴィンはそう言って頷くが、何か思うところがあったのか、僅かに苦笑する。
「まさか“千里眼”殿と力を合わせて戦うとは思ってもいませんでした。世の中、何が起きるか分かりませんな。いや、千里眼殿ならこの状況も見えておられましたかな?」
最後はニヤリと笑っている。
「こういう事態が起きることは一応想定していました」
そう言うと、プレヴィンら総督府軍の幹部たちの表情が驚きに変わる。
「大陸会議でこの世界を守るために、すべての種族が手を取り合って行動する必要があると提案しました。その時の想定では貴軍を含む他国軍と共闘することも念頭に置いていました。もっともこれほど早く訪れるとはさすがに予想していませんでしたが」
そう言って笑う。
「大陸会議の話は聞きましたが、確かにこういった事態を想定しておりましたな。さすがは千里眼殿だ」
「今回は国家の枠を超えた戦いです。災厄級の魔神は大賢者様にお任せせざるを得ませんが、我々も世界を守るという大義のために力を合わせなければなりません。もし、ここで国家のことを持ち出せば、この戦いに勝利したとしても四聖獣様のお叱りを受け、国が滅びかねません」
ここでこの話を出したのは、総督府軍との協力関係をより強固なものにしたいためだ。
「分かりました。貴殿とは敵味方の関係でしたが、この一戦に関しては戦友として共に戦いましょう」
プレヴィンがそう言うと、他の幹部たちも大きく頷いている。
その後、具体的な話を詰めていった。
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