第二十二話「軍師、魔獣と遭遇する」
統一暦一二一七年六月十二日。
ゾルダート帝国南部エーデルシュタイン西、森林地帯。マティアス・フォン・ラウシェンバッハ伯爵
昨日、帝国領内に入った。
ここまでは大きなトラブルもなく、エーデルシュタインまであと十キロメートルほどのところまで来ている。
しかし、ここに来て激しい戦闘に突入していた。
「中隊単位で魔獣に対処しなさい! エレン! ここの指揮は私が執ります! あなたは後方の指揮を執りなさい!……」
妻のイリスがラウシェンバッハ師団第一連隊に命令を出している。
森の中を行軍中、エーデルシュタインに近づいたところで魔獣の襲撃を受けたため、私が状況を把握するまでは、前線で指揮が執れる彼女の方が適任だと思って任せたのだ。
彼女が命令を出している間にも、上空から炎の魔導が放たれ、そこら中から爆発音が聞こえている。
「結構厳しいな……これほど動きが速いとは思わなかった……」
偵察小隊を展開し、魔獣への警戒は強めていたが、敵発見の連絡から襲撃までに三分ほどしかなく、各隊に警告を出すことしかできなかった。そのため、各隊は森の中に分散したままで、ここから状況を視認できず、個別に対応させるしかない。
「通信兵! 各大隊に命令! 優先目標は悪魔! 弩弓による集中攻撃で上空の敵を排除せよ! 地上の合成獣については、今は牽制でいい。死霊魔導師には安易に接近せず魔銀の鏃の矢で攻撃せよ!」
襲ってきたのは蝙蝠のような翼を持つ悪魔と獅子の身体と頭、山羊と蛇の頭を持つ合成獣キメラ、アンデッドである死霊魔導師リッチだ。
正確な数は不明だが、確認できているだけで悪魔が約五十体、キメラが五体、リッチが二体だ。
災害級と呼ばれる魔獣が七体と、準災害級の魔獣が五十体という数は、これだけでも首都クラスの大都市すら壊滅させられるレベルだ。
私が命令を出し始めたことから、イリスが戻ってきた。
「思っていた以上に大変ね。どうするの?」
「とりあえず上空の悪魔の排除を優先だ。奴らには剣が届かないからね。悪魔たちを排除したら接近戦で一気に片を付ける」
「了解」
それだけ言うと、再び前線に戻っていく。
私は後方撹乱作戦でも使用した輿に乗って指揮を執っているが、自由に動けないため、イリスと二人で分担している感じだ。
(ここにこれだけの魔獣がいるということは既にエーデルシュタインに到達している可能性が高い。陥落しているかもしれないな……そうなったらどこに拠点を置くべきだろうか……)
危険な魔獣に囲まれている状況だが、私自身は命の危険はあまり感じていない。
もちろん、バスケットボールほどの大きさの炎の球がいくつも降り注ぎ、姿がはっきり見えるところまでキメラが近づいたが、思ったより弱いためだ。
(キメラもそうだが、悪魔たちも文献に書かれている魔獣より弱い感じだ。大賢者様がおっしゃっていた通り、神霊の末裔の魔導師や夜を取り込んだようだな……)
顕現して一ヶ月以内の魔獣はこの世界、具象界に慣れておらず、その能力を十全に発揮できないと言われていた。しかし、顕現したてのキメラでさえ、倒すには数十人の一流の狩人が一時間以上攻撃を加え続ける必要がある。
実際、ラウシェンバッハ領でもヴァイスホルン山脈から降りてきたキメラを倒すために、獣人族の戦士二十人が三十分以上反復攻撃して倒したと聞いていた。
しかし、ここにいるキメラは一太刀で獅子の首が断ち切れたと報告を受けている。確かに達人級の兵士が多数いる第一連隊だが、倒した本人が驚いたほどあっけなかったらしい。
同じように悪魔も弩弓から放たれる太矢を五本ほど受けると墜落している。また、動き自体は素早いが、直線的な動きが多く、既に半数以上を倒していた。
そんな中で最も危険なのは死霊魔導師だ。
氷の嵐や雷撃など多彩な魔導を使って攻撃し、接近しようとすると瘴気のようなものがまとわりつき、安易に近づけないからだ。
そのため、遠距離から魔銀の鏃が付いた矢で攻撃するよう命じていた。
「死霊魔導師一体、討伐!」
通信兵から報告が入った。
「了解。よくやったと伝えてくれ」
その後、もう一体の死霊魔導師が討伐され、キメラ二体と悪魔十体ほどが逃げていったという報告が入る。
「負傷者の治療と消火活動に注力せよ。その後、矢と魔石の回収を行うこと。もし、敵の身体が残っている場合は触れずに油と薪で焼くこと……」
通常の魔獣なら宝石のような魔石だけを残して消滅するが、私が見ていただけでも数体の悪魔は消えずに地面に墜落していた。
「各大隊は被害状況を集計し、連隊司令部に報告せよ! 偵察小隊は周囲の警戒を怠るな!」
連隊長であるエレン・ヴォルフ少将が命令を出しながら戻ってきた。
「思ったより弱かった印象です。合成獣とは村で戦ったことがあるのですが、以前戦ったものより動きが鈍く、防御力も低かったですね。他の魔獣も噂に聞いていたより弱いと思いました」
その点は私も気になっていた。
人に憑依した魔獣が弱くなることは聞いていたが、私が見ていたキメラは身体が消えており、憑依した魔獣ではなかったからだ。
「私もその点は気になっている。恐らくだが、この世界に現れた直後に魔素の供給を絶たれたからじゃないかと思っている。本来なら魔素溜まりから現れた後も魔素の供給は受けるけど、今回は神狼様が魔素の噴出を止めているから」
「確かにその可能性はあります。ですが、もう一つ気になることがあります」
エレンは深刻そうな表情のままだ。私には全く心当たりがない。
「気になること? それは何かしら」
前線で戦っていたイリスにも分からないらしい。
「一瞬だけ見えたのですが、上級悪魔らしき上位種の姿がありました。その上級悪魔が撤退を指示したのではないかと思います」
「指揮官がいたっていうこと?」
イリスが驚きの声を上げる。
「はっきりとは分かりませんが、俺にはそう見えました。襲撃には参加せず、こちらを窺うように見ていた気がします。それにこれまで魔獣が組織的な行動を採ったことはなかったはずです」
エレンの言葉に私が答える。
「確かにここ千年くらいはそんな報告はないね。だけど、三千年以上前の神話の時代には数千の魔獣を指揮した魔神はいた。今回も指揮官がいるという前提で作戦を考えた方がいいね」
神話の時代、フォルガーと呼ばれた古代文明の継承者たちが魔導師たちに戦争を仕掛けた際、人工的な魔導器を暴走させる戦略兵器を使った。
それにより魔窟が発生し、魔獣が生まれたが、大規模な魔窟から魔獣を従える魔神が出現したという話が残っている。
この話だが、神話とされているが実話だ。実際、大賢者がそれを目の当たりにしたと言っている。
その時は管理者が健在で、魔神とその眷属を打ち倒しているが、管理者側にも大きな被害が出たらしい。
そんな話をしている間に各大隊からの報告が終わり、戦いの結果が分かった。
「戦死者二十八名、重傷者五十五名、軽傷者百二十二名です。負傷者の応急処置は完了。行軍に支障はありません。回収した魔石は三十七。身体が消えなかった魔獣は十八体。死霊魔導師二体と悪魔十六体です。合成獣はいずれも魔石のみを残して消滅していました」
「戦死者が二十八人もか……」
思った以上に多い損害に気持ちが沈む。
「あれだけの敵を相手にこれだけの損害なら少ない方よ。さすがは第一連隊ね。皆によくやったと伝えてちょうだい」
私が落ち込んでいるため、イリスがフォローする。
確かに大都市を壊滅させられるだけの戦力を相手にしているから完勝といってもいい結果だ。
「そうだね。私も満足していると伝えてくれ。戦死者の埋葬を早急に行い、エーデルシュタインに移動する。エレン、手配を頼む」
「はっ!」
エレンが立ち去った後、敵についてイリスと話をする。
「人型の魔獣のほとんどが憑依されたものだったということか……神霊の末裔にどれだけの人がいたのかは分からないけど、厄介なことだな」
魔導師の塔はいずれも秘密主義だが、神霊の末裔は特にその傾向が強かった。
構成員の総数は下部組織である“夜”を含め、二千人程度と想定しているが、各地にどのくらい派遣されているか分かっていない。そのため、どの程度塔に残っていたかも不明だ。
「単体の魔獣と考えれば対処しやすいけど、策を弄してくる相手より闇雲に攻めてくる方がやりやすいわね」
彼女の言葉に頷く。
「問題は、少なくとも一体の災厄級の魔神は憑依したものだということだ。闇雲に攻めてくれるなら、各個撃破できる可能性はあるけど、指揮官がいるならこちらの裏を掻いてくる可能性がある。相手も大賢者様が最大の脅威であることを知っているから、陽動作戦みたいなことをやられると、こちらは打つ手がなくなる」
飛行できる魔神や悪魔に対し、こちらは機動力で大きく劣る。
通信の魔導具と偵察隊で哨戒網を構築するとしても、半径二十キロメートルしかないから、時速六十キロメートルで飛ばれたらお手上げだ。
「大賢者様と相談できればいいんだけど、私たちだけで対処するのは難しそうね」
懸念がある中、我々はエーデルシュタインに向かった。
下に前作のリンクがあります。こちらもご興味があれば、よろしくお願いします。
また、地図や世界設定などを集めた設定集もありますので、興味のある方はご確認ください。
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