第十二話「大導師、大きなミスを犯す:前編」
統一暦一二一七年六月三日。
ゾルダート帝国南東部、ツィーゲホルン山脈、神霊の末裔の塔。元第二王子グレゴリウス
俺はぼんやりと空を見つめていた。
(ここに来てどれくらい経ったんだろうな……そもそもここはどこなんだ?)
ここがどこかよく分かっていない。
険しい山に囲まれているが、見知った山は一つもないし、この“塔”と呼ばれる場所から出たことがなく、誰も教えてくれないからだ。
俺は毎日修行を行っているが、いつからやっているのか記憶が定かではない。それ以前に俺がグレゴリウスという名であること以外、自分に関する記憶も怪しいのだ。
修行には真っ白な仮面を付けた魔導師が立ち会うが、普段は他に修行をしている者の姿はなく俺だけだ。
何となく人恋しくて話し掛けるが、彼らは必要なこと以外、無駄な言葉は一切発しない。
唯一、大導師と呼ばれる仮面の魔導師だけが、俺の話に付き合ってくれた。
『俺は何でここにいるんだ?』
『そなたはここで力を手に入れるのです。まずは深く考えず、そのことだけを考えなさい』
力を手に入れるという言葉に高揚感があった。
昔のことは思い出せないが、力を手に入れるためにいろいろと努力し、失敗もしていたような気がするからだ。
俺の過去についても聞いてみたが、大導師ははっきりと答えてくれない。
『いずれ教えるつもりですが、今は大事な時。過去より未来を見るのです』
何となく気持ち悪いが、それだけだ。
それよりも毎日の修行で自分の力が増えていくことの方が楽しい。
修行の内容は魔導器の制御と精神統一だ。
魔導器の制御は昔に学んだような気がしていて、割とすぐにできるようになった。魔導器で魔象界から力を取り出し、身体に巡らせていく修行は楽しい。
十倍くらいの身体強化なら問題なくできるし、身体に鎧のような膜を張り巡らす硬衣法もすぐにできるようになった。今では大して意識しなくても、どちらも完璧に使いこなせている。
修行の一環で覆面の男たちと模擬戦を行うことがあるが、その二つを使うことで、明らかに手練れだと分かる者たちを相手に、互角に渡り合うことができている。
もちろん武術や体術の技量では圧倒的に劣っている。それでも身体的な能力の向上によって対等に戦えるのだ。その時の万能感は何物にも代えがたい。
理由は分からないが、もっと前にこれができていたらよかったのにと思うことがあるほどだ。
もう一つの精神統一は難しい。俺の場合、すぐに雑念に囚われてしまうからだ。
瞑想に入ると、いろいろな顔が浮かんでくる。
自信満々で傲慢な笑みを浮かべた中年男、豪華なドレスを着た濃い化粧をした年増の女、王冠を被った疲れた男、優しい笑みを湛えた文官とその者を従えた少年、魔導師のローブを纏った老婆……。
それらの顔が浮かんでくるとなぜか怒りが沸いてくる。そのため心が乱れ、魔導器との接続が途切れてしまうのだ。
『怒りを抑えるのです。怒りは魔導器を不安定にし、魔象界に呑み込まれるきっかけになるからです。心を強くすることこそが、そなたを強くすること。それを意識するのです』
大導師から助言を受けるが、なぜ怒りが沸いてくるのか理由が分からない。そのため、どう対応していいのか分からず、苛立ちが募る。
それでも最近では少しずつ改善していた。
今日も大導師が修行を見てくれている。
「心を鎮めて魔象界の息吹を感じるのです。脈動するような力を少しずつ引き出しなさい」
その大導師なのだが、正体は全く分からない。男か女かすら分からないのだ。しかし、その声は妙に心地いい。そのため、その声に引き込まれ、深く瞑想していく。
「その力を我がものとするのです。そうすれば世界を統べることすらできるのですから……あなたにはその資格があるのです、グレゴリウス……」
世界を統べるという言葉に気分が高揚する。
以前、頂点に立つことを目指していたが失敗した気がしているためだ。もっとも夢の中の話かもしれないが。
力を意識すると、心の先端が何かを捉えたような気がした。
(これは何だ? 熱いような冷たいような不思議な感じだ……)
その不思議な感じのものは掴もうとしてもするりと逃げてしまう。そのため、包み込むようにしてみた。
(上手くいきそうだ……これが大導師の言う力なのか? 普段取り出す力と根本的に違う気がするな。圧倒的な存在感というか、全くの別物に感じる……)
そこで心の奥底から小さな声が聞こえてきた。
『……それ以上はいけない……それに触れてはダメ……』
(ようやく掴めそうなんだ。邪魔をするな……)
その声の主に反論しようとした時、突然瞑想が解けた。
「いいところまで行ったようですね。今の感じを忘れないように」
大導師の言葉に頷くが、ここでやめる気はなかった。
「もう一度やればできる」
「今日はここまでです。明日もう一度挑戦しなさい」
俺はその言葉を無視した。
もう一度瞑想に入った。
「やめなさい!……」
大導師が叫んでいるようだが、ほとんど聞こえない。
『ダメ……引き返さないと……』
さっき聞いた声もかすかに聞こえるが、それも無視する。
そして再び力を捕まえようと包み込む。
それが正解だったようで、力を上手く捕まえることができた。
(この感覚で正解だ。優しく包み込んで少しずつ自らのものにしていけばいい……)
力が流れ込んでくるのを感じた。
最初は弱い力だったが、徐々に大きくなり、俺自身の存在も大きくなったと思えるほどだ。
(これは凄い。今なら何でもできそうだ……世界を統べる力と言われても納得できる……これはいいぞ! これがあれば誰であろうと負ける気はせん! ハハハハハ!……)
圧倒的な多幸感に包まれる。そして、これまで靄が掛かっていた意識がはっきりとしてきた。
(ここは神霊の末裔の塔だな。俺は夜に拉致された。だが、この力を得られたのなら、これまでのことは水に流してもいい……)
師匠であるダグマル老を殺されたことも思い出したが、なぜか強い怒りは湧かなかった。
なぜならその力に酔っていたからだ。
その高揚した気分のまま、意識を身体から切り離す。そして、身体から抜け出した意識は大空に舞い上がっていった。
(あれが塔か……ずいぶん高くまで舞い上がったものだ……)
そこで俺は塔の中に意識を戻した。
多くの魔導師たちがいろいろなことをしていた。書物を読む者、紙に何か書き込んでいる者、瞑想を行っている者などだ。
そんな中で数人の魔導師が話し込んでいることに気づいた。その声の中に知っている言葉があった気がして耳を澄ませてみる。
『……助言者が鷲獅子に文句を言いに行ったそうだ。例のジークフリート王に祝福を与えた件で聖竜が煩く文句を言ったからだそうだ……』
その中の言葉で記憶が少しずつ戻っていく。
(ジークフリート……助言者……)
その単語がきっかけで、王冠を被った少年と魔導師姿の老婆の顔が浮かぶ。
(奪われた玉座を取り返さねばならん 俺が正統な王なのだ!)
怒りが爆発すると、意識があいまいになる。
誰かが遠くで語り掛けているようだが、何を言っているのか分からない。
(ジークフリートとは誰のことだ? 奪われた玉座?……)
そして記憶が唐突に戻った。
(大賢者はなぜ俺を認めぬ……大賢者? 助言者のことか……な、なんだ、この記憶は! 俺は……俺はグレゴリウス! グライフトゥルム王国の王だ! 弟如きに負けはせん!)
怒りに身を焼かれ、身体の中が焼けるように熱い。
「ああ! 熱い! 身体が燃えるようだ! ああああ!」
心臓の辺りが燃えるように熱く、無意識に掻きむしっていた。そして、魔導器から何かが入り込んでくる感覚に襲われる。
「や、やめろ! 俺の身体に入ってくるな! 俺はグレゴリウスだ! やめろ! 俺を取り込もうとするな!……」
身体に侵入してくる何かに抵抗したが、俺の意識はゆっくりと消えていった。
下に前作のリンクがあります。こちらもご興味があれば、よろしくお願いします。
また、地図や世界設定などを集めた設定集もありますので、興味のある方はご確認ください。
感想、レビュー、ブックマーク及び評価(広告下の【☆☆☆☆☆】)をいただけましたら幸いです。




