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新グライフトゥルム戦記~運命の王子と王国の守護者たち~  作者: 愛山 雄町
第十章:「奮迅編」

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第十一話「第三軍団長、運河建設に苦闘する」

 統一暦一二一七年五月二十日。

 ゾルダート帝国中部、ザフィーア湖西岸、運河建設準備事務所。第三軍団長アウグスト・キューネル元帥


 私は困惑していた。


(我が軍の兵士たちの質がこれほど落ちているとは……まさか、この短期間でこれほど反抗的になるとは思わなかった……)


 皇帝陛下よりザフィーア湖からグリューン河までの運河建設の命令を受けたのは、二ヶ月半ほど前の三月上旬だった。


『第三軍団に運河建設を命じる。帝都に帰還して半年も経たぬ。兵たちには済まぬが、このまま軍団を帝都に置いておけば、食料供給に支障が出る。第二軍団にも近々移動を命じるつもりだが、卿の第三軍団には来月早々にもザフィーア湖西岸に向かってもらいたい』


 第三軍団が帝都に帰還したのは十一月下旬であり、四月早々に移動となれば、五ヶ月半ほどで再び長期の任務に携わることになる。


『御意。兵たちには陛下が苦渋の選択を去れたことを伝えておきましょう。彼らも我が国の状況は理解してくれるはずです。問題はございません』


 そう言ったものの、兵たちは不満を持った。


『俺たちは二年近く帝都を離れていたんだ。少しくらい家族と一緒に居させてくれてもいいんじゃないか』


『第一軍団を出せばいいだろう。奴らは半年くらいしか帝都を離れていなかったんだからな』


 面と向かって言う兵はいないが、そんな不満が私の耳にも入っていた。

 彼らの言う通り、第三軍団はエーデルシュタインからグラオザントまでの街道整備のため、長期間帝都を離れていた。


 また、第一軍団は昨年の七月から年末までの半年弱しか出征しておらず、言いたいことは理解できなくもない。


 我が軍団が選ばれたのは工兵としての能力の高さが評価されたからだ。

 これまで街道がなかったツィーゲホルン山脈やフォーゲフォイヤー砂漠などの難所に、数万の軍が行軍できる街道を作っている。


 その能力の高さは、我が国の最大の敵である“千里眼(アルヴィスンハイト)のマティアス”こと、ラウシェンバッハ伯爵が大いに称賛したと聞く。


 もちろん、我が軍団だけで運河を作るわけではないが、何もない状態から道を整備し、更に数千の作業員が常駐できる拠点造りは経験がある分、他の軍団より確実だ。

 そのことを陛下が評価され、我が軍団が第一陣として派遣されたのだ。


 このことは事あるごとに兵たちに伝え、士気の向上に努めているが、勝利の後にゆっくりとする時間を与えてもらえなかったと不満が募っていた。


 そのため、モーリス商会が提案してきた慰安所を作り、それで何とか士気を維持していたが、僻地で作業に当たる兵士たちの不満は解消されなかった。


(まさか賭博が流行するとは思っていなかったな……)


 軍事作戦中の賭博行為は軍規によって禁じられている。しかし、今回の任務は軍事作戦ではなく、建設作業ということで、帝都の兵営と同じ扱いにしていた。


 あまり厳しくすると、不満が募って作業に遅れが出るためだが、娯楽が少なすぎて賭博に夢中になり、五日前にそれが原因で傷害事件が発生した。

 幸い、死者が出るようなことはなかったが、賭博を禁止するしかなかった。


 そんな中、第二軍団が合流するという情報が入ってきた。

 私も意外だったが、兵たちは不満を持った。


『第二軍団も俺たちと一緒にシュッツェハーゲンまで攻め込んだんだ。第一軍団の奴らは国内を移動しただけでまともに戦っていない。そんな奴らが優遇されるのは納得できねぇ』


 ペテルセン総参謀長からの情報では、第一軍団は夏頃に南東部のゲファール河方面に向かい、開墾作業に当たるらしいが、補給計画を立てる参謀たちの多くが他の軍団に引き抜かれた関係で遅れ気味なのだそうだ。


 第一軍団の南東部進出はまだ発表されておらず、それが我が軍団の兵たちの不満になっていた。

 兵たちの間には不満が爆発しそうな不穏な空気が流れている。


 そんな中、モーリス商会のエーデルシュタイン支店の支店長カール・マイヤーが建設準備事務所に現れた。


 マイヤーは三十歳くらいの比較的若い商人だが、モーリス商会の中でもやり手と言われている。エーデルシュタイン周辺の情報に詳しく、いろいろな情報を提供していることから、軍で知らぬ者はいないと言われるほどだ。

 そのマイヤーが笑みを浮かべながら聞いてきた。


「第二軍団もこちらに向かうと聞いておりますが、いつ頃到着され、どこを担当されるのでしょうか? 帝都支店からは元帥閣下が取り仕切られるので、こちらで確認するようにと聞いておりますが」


 マイヤーの言う通り、運河建設の責任者は私だ。軍事作戦ではなく、国内のインフラ整備であるため、本来なら内務府か軍務府の役人が責任者になるべきだが、六万の兵とその後に加わる数万の作業員を取り仕切れるほど有能な者がおらず、私に白羽の矢が立ったのだ。


「第二軍団にはグリューン河側、西工区を担当する。順調なら七月初旬には到着するはずだ。詳細はエーリング殿に一任しているが、おおよそのところは貴商会の計画書通りだ」


 モーリス商会が作成した計画書では、工区を百五十キロメートルごとに三つに分け、それぞれ東工区、中工区、西工区と呼称している。現在我が軍団が担当しているのは東工区で、ここを起点に測量を行いつつ、本格工事のための準備工事を行っているのだ。


「承知いたしました。では、西工区にも建設準備事務所と慰安所を建設いたしましょう」


「よろしく頼む」


 そう言った後、どうしても確認しなくてはならないことを聞く。


「ところで以前から頼んでいる工区内の事務所に酒場などを作る件だが、どうだろうか?」


 工区内には五十キロメートル先と百キロメートル先に現地事務所兼物資集積所が作られている。そこを拠点に工事用道路の整備を行っていくため、兵士たちが常時いるわけではないが、ここよりも遥かに近いため、酒場だけでも作ってほしいと依頼していた。


「食料と工事用資材の輸送だけでも飽和状態なんです。それに酒は嵩張るし、樽は壊れやすいんです。ですので、水路が使える準備事務所にしか運べないんですよ。やるとしたらとんでもないことになります」


 現地事務所までの輸送は軍団の輜重隊とモーリス商会が行っているが、物資の手配などは商会に依頼しているため、詳細なところは彼らの方が詳しい。


「大体のところは分かっているつもりだが、どの程度になるのか教えてもらえないか」


 マイヤーは細かな数字を示して説明した。


「分かりました」


 そう言った後、紙に簡易な図と数字を書き込みながら説明していく。


「二ヶ所の工区にはそれぞれ一個師団一万人が派遣されています。仮に非番の兵二千人が二リットルのビールを飲むとしましょう。そうすると、四千リットルもの消費量になります。二百リットル入る樽なら二十個分です」


「そうだな」


「道が悪いですから、壊れやすい樽は一輌の荷馬車に精々五樽しか載せられません。つまり四輌の荷馬車が毎日必要となるんです。これだけなら大したことがないように思われるかもしれませんが、これだけじゃありません。一万人の兵士の食料は一日当たり二十トン、これを運ぶために十輌ほどの馬車が必要で、通常十五日分ほどまとめて運びますから、百五十輌の輸送隊が必要になります……」


 マイヤーが言いたいことがはっきりしてきた。


「その食料に加え、酒も十五日分を輸送すると考えると、合わせて二百輌を超えることになるのです。それだけじゃありません。二百輌の荷馬車には最低四百頭の馬が必要なんです。その飼葉を運ぶために更に五十輌の荷馬車が必要です。帝国軍の輜重隊といえども厳しい量であることはご理解いただけると思います」


 軍団の輜重隊は六個大隊三千人、荷馬車六百輌が定数だ。

 しかし、グラオザント会戦で多くの荷馬車を失っており、現在我が軍団は定数を大きく割る四百輌程度しか保有していない。


 現状では荷馬車二百輌を一つの単位とし、二つの隊で二ヶ所の現地事務所に物資を供給しているが、モーリス商会の荷馬車五十輌ほどが加わって、何とか回している状態だ。


「確かに……工具や消耗品などを加えれば、必需品ではない酒を運ぶことは現実的ではないな……何か良い知恵はないだろうか?」


 思わず聞いてしまった。


「我が商会では難しいですが、帝都の商会に依頼してはいかがですか? 多少足元は見られるでしょうが、商会が荷馬車を用意するなら輸送の問題は解決します。運んでさえいただけるなら、酒場の運営は我が商会で行うことは可能ですよ」


 彼の提案は既に検討済みだ。


「残念ながら帝都の商人たちは誰も手を上げなかった」


「それでは打つ手はございませんね」


 その言葉に私はがっくりと肩を落とした。

 その後、兵たちの不満は高まり、懲罰が絶えない日々が続き、建設計画も遅々として進まなかった。


下に前作のリンクがあります。こちらもご興味があれば、よろしくお願いします。

また、地図や世界設定などを集めた設定集もありますので、興味のある方はご確認ください。


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