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第十一話「ランダル河殲滅戦:その三」

 統一暦一二一五年五月一日。

 グランツフート共和国西部ズィークホーフ城北、ランダル河東の丘。ラザファム・フォン・エッフェンベルク伯爵


 戦いが始まってから一時間ほど経った。太陽は既に中天に達している。

 私はズィークホーフ城の北にある小さな丘の上から、ランダル河で行われている戦いを見ていた。


 同行しているのはごく少数の護衛と通信兵だけで、腹ばいになりながら望遠鏡を使って戦場をつぶさに確認していく。


(共和国軍はまだ耐えられそうだな……西方教会領軍の混乱は収まったようだ……先鋒は青鷲騎士団の騎兵部隊か……マティから許可は出たが、彼らが完全に渡河を終えたタイミングが一番いいだろう……)


 頃合いだと思ったところで姿勢を低くして丘を駆け下りていく。

 ラウシェンバッハ騎士団とエッフェンベルク騎士団は、今私がいた丘から更に五百メートルほど東に待機しており、そこまで身体強化を使って全力で走る。


 ラウシェンバッハ騎士団の団長ヘルマン・フォン・クローゼル男爵とエッフェンベルク騎士団の団長ディートリヒ・フォン・ラムザウアー男爵が私を待っていた。


「そろそろ我々の出番ですか、兄上」


 ディートリヒがいつも通りの生真面目そうな表情で聞いてきた。


「そうだ。ちょうどいい頃合いだな」


 ディートリヒにそう答えると、ヘルマンに視線を向ける。


「マティアスの策に従って、敵左翼の西方教会領軍の側面に奇襲を掛ける。先鋒はラウシェンバッハ騎士団だ。ヘルマン、前線の指揮は任せた。思う存分、敵を蹴散らしてくれ」


 ヘルマンは「承りました」と笑顔で頷く。

 私も笑みを浮かべて頷くが、すぐにディートリヒに視線を向けた。


「エッフェンベルク騎士団は時間差を付けて、奇襲を受けて混乱している敵の正面から攻撃する。ディート、お前は長弓兵と槍兵の指揮を頼む。長弓兵は渡河中の敵を攻撃してくれ。槍兵は長弓兵の前に出て川岸に待機。ラウシェンバッハ騎士団の攻撃を逃れてくる敵を殲滅してくれ。私は騎兵と獣人兵を率いて後方で待機し、突撃のタイミングを計る」


「了解です。ヘルマンさん、我々の分も残しておいてくださいよ」


 ディートリヒは好戦的な笑みを浮かべてヘルマンに声を掛ける。


「それは難しいな。我が騎士団も兄上のために気合いが入っているからな。もちろん、私もだ」


 二人は笑顔で互いの拳をぶつけた後、自分の部隊に戻っていく。


「これより法国軍に突撃する! 五百メートルまで近づいたら鬨の声を上げろ! 突撃!」


 一万人近い兵士が静かに武器を上げて応えた後、ラウシェンバッハ騎士団の獣人たちが全力で走り始めた。その速度は騎兵の突撃に勝り、あっという間に引き離される。


(さすがはマティが作った騎士団だな。あの勢いで突撃されたら我がエッフェンベルク騎士団でも耐えきれないだろう……)


 そんなことを考えているが、エッフェンベルク騎士団も走り始め、私も騎兵三百、獣人族戦士千五百と共に前進を始めた。


「通信兵! イスターツ将軍に連絡。進軍を開始せよ」


 これでハルトムートが指揮する突撃兵旅団(シュトースブリガーデ)が動く。

 彼らがいるのは西方教会領軍の北西約十キロメートルの位置だ。彼らの身体能力なら三十分程度で到着できる。


「体力は温存しておけ! 正念場は敵が混乱してからだ!」


 私の言葉に周囲の兵はやる気を見せながら頷いていた。


■■■


 統一暦一二一五年五月一日。

 グランツフート共和国西部ズィークホーフ城北、ランダル河付近。ヘルマン・フォン・クローゼル男爵


 じりじりとした気持ちで待っていたが、ようやく出番がやってきた。

 戦場から一キロメートルほど離れた場所に待機していたため、身体強化を使った全速力で走っている。


 重い鎧を着ている第三連隊の熊人(ベーア)族らを含め、騎兵並みの速度で走っており、戦場までは三分ほどで到着できるはずだ。


 五百メートルほど走ると、戦場が見えてきた。

 西方教会領軍の騎兵が共和国軍の右翼にある馬防柵にロープをかけ、引き倒そうとしている。


 敵兵もこちらを視認したらしく、兵士が武器を振り上げて怒鳴っている姿が見えた。


「ラウシェンバッハの勇者たちよ! 今こそ、お館様にその力を見せる時だ! 鬨の声を上げよ!」


 私が怒鳴ると、近くの兵から鬨の声が上がり始め、すぐに全軍に広がる。


「「「オオ!!」」」


 騎士団には女性兵士も多いため、野太い声ばかりではないが、腹の底から出している咆哮にも似た声に私の心も高揚していく。


「通信兵! 第一連隊のエレンに連絡! 渡河地点に向かい、敵を分断せよ!」


 通信兵は走りながらも器用に魔導具を操作し、連絡を入れる。


 今回は兄の命令で法国領に多くの通信兵が送り込まれており、我が騎士団でも各連隊に一台だけだ。しかし、奇襲の後は乱戦になると予想されており、大隊単位で細かな指示を出す余裕はないから問題ない。


 狼人族エレン・ヴォルフ率いる第一連隊が速度を上げた。

 エレンは(シュヴァルツェ)(ベスティエン)猟兵団(イエーガートルッペ)時代から兄マティアスに心酔しており、ラウシェンバッハ騎士団の実質的な初陣である今回の戦いで実力を世に知らしめたいと考えている。


 今回、エレンと同じように考える者が多く、私だけでなく兄も危惧を抱いた。そのため、作戦開始前に兄が訓示を行っている。


『敵は歴戦の聖竜騎士団であり、法国軍は我ら連合軍の五割増しの兵を有している。しかし、諸君らの実力をもってすれば、敵を蹂躙することは難しくない。この中には今回の戦いが我が騎士団の名を大陸中に知らしめるよい機会だと思っている者も多いと思う。実際、この戦いで我が騎士団の名が上がることは間違いない……』


 兄の言葉に獣人族戦士たちは頷いた。


『しかし、それは結果であって、私が求めることは違う。もちろん、君たちが私のために死力を尽くしてくれることには感謝しかない。だが、この戦いで勝利した後、更に困難な戦いが待っているのだ。その戦いで勝利するためには、ここでの戦力の消耗を最小限に抑えなければならない。そのために逸ることなく冷静に命令を実行してほしい』


 兄の言葉で逸り気味だった獣人族たちも落ち着きを取り戻している。


 第一連隊が突入する前に虎人(ティーガー)族や獅子人(レーヴェ)族を中心とした第二連隊が敵にぶつかった。


 第二連隊は攻撃力に特化した部隊で、隊列が乱れた騎兵部隊はなすすべもなく、討ち取られていく。


 その直後、第一連隊が渡河地点に到達した。

 身体強化を使った全速力のまま突入し、一気に分断した。そして、その場に留まり、それ以上の渡河を防ぐ。


 渡河に成功したのは青鷲騎士団の騎兵だけで、その騎兵も第二連隊に蹂躙されつつある。

 その頃には私を含む騎士団司令部もランダル河の川岸に到着していた。


「通信兵! 第三連隊に連絡! 第一連隊に代わり渡河地点を守れ!」


 更に続けざまに命令を出す。


「第一連隊は一旦後方に下がり、第三連隊の支援を行え! 第四連隊は上流に向かい、救援に向かおうとする敵を妨害せよ!」


 一連の命令を出し終えたところで、敵の状況を確認する。

 渡河に成功した騎兵は千騎弱だったが、既に半数を割り込み、川に追い込まれている。歩兵の援護ない足を止めた騎兵など、我が騎士団の精鋭の前では敵ではなかったのだ。


 渡河地点に目をやると、第三連隊がバシャバシャと水しぶきを上げて川を渡ってくる敵の歩兵を葬っている。敵からは矢も飛んでくるが、第三連隊の兵士の分厚い鎧がその矢を弾いているのが見えた。


 第一連隊は命令に従って渡河地点から岸に戻り、周囲を警戒しつつ、第三連隊の横を抜けようとする敵に痛撃を与えている。

 第四連隊は上流側である北に百メートルほど移動し、敵を牽制していた。


「総司令部に連絡! ラウシェンバッハ騎士団はD地点を確保。西方教会領軍は混乱中!」


 すぐに総司令部から返信があった。


「総司令部からの返信です。その場を確保しつつ、突撃兵旅団(シュトースブリガーデ)の突入を待てとのことです。また、マティアス様より、よくやったとのお褒めの言葉を直々に賜りました!」


 その報告に司令部が沸き立つ。


 そんな中、エッフェンベルク騎士団が到着した。

 第一連隊の後ろから長弓兵が矢を放ち始める。


「見事な攻撃だった。さすがはラウシェンバッハ騎士団だ」


 ラザファムさんが私の肩をポンと叩いて褒める。


「やっぱり残してくれませんでしたね」


 ディートリヒが恨めしそうな顔で私を見るが、すぐに笑みに変え、「お見事でした」と言ってくれた。


「まだは気を抜くな! 中央では厳しい戦いが続いているのだ!」


 ラザファムさんの厳しい声で、我々の表情も引き締まった。


下に前作のリンクがあります。こちらもご興味があれば、よろしくお願いします。

また、地図や世界設定などを集めた設定集もありますので、興味のある方はご確認ください。


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