第四話「軍師、鷲獅子の行動の影響を語る:後編」
統一暦一二一七年二月一日。
グライフトゥルム王国中部王都シュヴェーレンブルク、王宮内。マティアス・フォン・ラウシェンバッハ伯爵
ジークフリート王とエルミラ妃の結婚の式典が終わり、国王たちがパレードに出た時間を利用して、式典の最中に現れた四聖獣の一体、鷲獅子が国王に与えた祝福の影響について、大賢者マグダと叡智の守護者の帝都支部長マルティン・ネッツァー上級魔導師と話し合っている。
ネッツァー氏から王国内に不満分子はいないのではないかと問われたので、それに答えていく。
「確かに以前より王家を蔑ろにする者は減っていますが、マルクトホーフェン派の貴族のすべてを排除したわけではありません。それにメンゲヴァイン家の力も削ぎましたから、私と陛下に対して不満を持つ者は大勢いるはずです。それに国政改革が始まり、既得権益を持っていた者も不満を感じていることでしょう」
マルクトホーフェン侯爵家やメンゲヴァイン侯爵家に属していた貴族の多くは爵位と領地を失っているが、恭順の意思を示した貴族は取り潰さずに残っている。これはすべての貴族を取り潰せば、地方の行政に大きな混乱が起きるためだ。
しかし、恭順したとはいえ、親族には取り潰された者もいるだろうし、以前は侯爵家の一員として権力側にいた者も多く、凋落したという意識は必ずある。
「分からないでもないけど、マルクトホーフェン家もメンゲヴァイン家も当主は完全に屈服しているんだ。子爵程度の貴族が不満を持ったとしても大きな力にはならないんじゃないか。それなら国王陛下を害することはないと思うのだが」
ネッツァー氏の言葉に大賢者も頷いているが、私はそれに反論する。
「皇帝にとっては、我が国の国政改革の邪魔をできればいいのです。不満を持つ貴族たちを焚き付け、改革を妨害する。その妨害によって改革が進まなければ、期待していた民たちも不満に感じるでしょう。それが足枷になれば、帝国がシュッツェハーゲン王国に軍を向けても我が国は動きづらくなります」
「なるほどの。そうなれば、帝国は更に大きくなり、グライフトゥルム王国の脅威となり得るということじゃな」
大賢者の言葉に私は大きく頷き、更に懸念を示した。
「はい。恐らくですが、皇帝は商人組合にも手を伸ばしてくるはずです」
「帝国と組合は相容れないと思うのじゃが、どういう意味かの」
「王国での改革が軌道に乗らず、逆に帝国で大胆な政策が実施されれば、商人たちは帝国に期待するでしょう。その際、皇帝がヴィントムント市の自治を認めるといえば、モーリス商会の一人勝ちに忸怩たる思いがある大手の商人たちが帝国に靡く可能性があります」
「じゃが、商人たちはそなたを恐れておる。簡単に帝国に靡くようなことはないと思うが?」
「もちろん私も手を拱くつもりはありませんので、むざむざやられはしませんが、鷲獅子様のあの行動で、このような懸念が湧き上がるのだとご理解いただければと思います」
「そうじゃの。じゃが、皇国領に兵を出すようなことがなければ、ジークフリートの身に危険は及ばぬということじゃな」
「そうとも言えません」
皇帝マクシミリアンが我が国に仕掛けてきても対応はできるが、もっと危惧すべきことがあった。
「どういうことじゃ?」
「今回の件で神霊の末裔がどう反応するのか、私には全く読めないのです」
「神霊の末裔じゃと……」
「神霊の末裔は自らの手で管理者を生み出そうとしています。そして、大賢者様、四聖獣様が候補者から管理者が覚醒することを期待し、行動していることも知っています。今回の鷲獅子様の祝福はジークフリート陛下が有力な候補者であることを示したことになります」
「つまりじゃ。奴らはジークフリートを亡き者にしようと夜を送り込んでくるということか」
大賢者の目が鋭くなっている。
「それは分かりません。我が国の護衛体制が強固なものだと彼らも知っているでしょうし、影に対抗できる暗殺者は夜しかいないことは誰の目にも明らかですから、もし陛下が暗殺された場合、自分たちが疑われる、すなわち制裁を受けることは容易に想像できます。ですので、直接的に暗殺を仕掛けてくる可能性は低いと思いますが、追い詰められた彼らが何をするのか、全く読めないのです」
「暗殺もあり得るが、それ以外の何らかの方法でジークフリートを殺めようとすると……」
「昨年の大陸会議で大賢者様は神霊の末裔が行っている超人化計画が危険だとダグマー大導師に釘を刺されました。更に神狼様が塔の監視を行っており、窮屈な思いをしているはずです。そこに有力な管理者候補が現れたという情報が入れば、更に強い焦りを覚えることでしょう」
神霊の末裔の考えでは、管理者とは神というより非常に強力な魔導師のことだ。そのため、魔導の力を増すため、魔象界から魔素を引き出す魔導器の出力を上げることで、強力な魔導師を生み出そうとしていた。
その研究は非常に危険らしく、昨年一月の大陸会議において大賢者が警告し、神狼が魔導師の塔を監視することになった。
「事を起こすのであれば、潰すだけよ。ダグマーもその程度のことは分かっておるはずじゃ」
「そうだといいのですが……神霊の末裔については分からないことが多すぎて不安が消えないのです」
「奴らについては儂らに任せておけばよい」
魔導師の塔に関しては任せるしかないと頷く。
「お任せいたします。もう一つ、お願いがあるのですが」
「何じゃ?」
「鷲獅子様はもちろん、他の四聖獣様にもお伝えしていただきたいことがございます。ジークフリート陛下に対する接触を控えていただきたいということです」
「此度のようなことがあると混乱が起きるからか?」
「はい。私の方から四聖獣様に人族にもっと関与していただきたいと申し上げたのですが、国王とは言え、個人に過ぎないジークフリート陛下に対して過度に接触することは大きな混乱を招くだけでなく、陛下の成長に悪影響を与えかねません」
最後の言葉に大賢者が食いつく。
「悪影響とは何じゃ?」
「陛下は王国を掌握しましたが、驕ることもなく、そのような兆候も見られません。ですが、神にも等しい四聖獣様が期待するとなれば、陛下のような性格であっても増長する可能性は否定できません。増長すれば、人の意見を聞かなくなります。そのような人物に管理者が務まるとは思えません」
「言わんとすることは理解する。そなたが人々の意見を聞き、そして自分自身でも考えるようにと育てておるのに、それが無に帰するかもしれぬということじゃな。鷲獅子らにはそのことを強く申しておこう」
大賢者も懸念を理解してくれたようだ。
「ありがとうございます。今回の件は鷲獅子様が大陸会議での陛下のふるまいを見て初代国王フォルクマーク一世陛下の面影を思い出し、古い知り合いの子孫に血筋を守るよう命じられたものだと説明します。そうすれば、ジークフリート陛下個人というより、グライフトゥルム王家に対する祝福になりますので、陛下も増長することはないでしょう」
「そうしてくれると助かる。儂から言うより、そなたから伝えた方があの者も納得しようし、貴族や民たちも王家に対する忠誠を新たにするであろうからの」
こうして鷲獅子の祝福という事態に対処する方針が決まった。
下に前作のリンクがあります。こちらもご興味があれば、よろしくお願いします。
また、地図や世界設定などを集めた設定集もありますので、興味のある方はご確認ください。
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