第二話「国王、祝福を受ける」
統一暦一二一七年二月一日。
グライフトゥルム王国中部王都シュヴェーレンブルク、王宮内。国王ジークフリート
今日は私の十八歳最後の日。その日に私は妻を迎える。
王国にとって大きなイベントということで、ここ数日私は準備に掛かりきりだった。
国王がやることなどないだろうと思っていたが、式典に出席する外国からの使者との会談や、式典やその後の祝宴でのスピーチなどの確認とリハーサル、各国に送る信書の確認など、やることが山ほどあった。
『父上の時もこれほど大変だったのだろうか?』
思わず愚痴を零してしまうほどで、それを聞いた宮廷官房長官のシュテファンに窘められてしまった。
『フォルクマーク陛下の時の方が大変でした。マルクトホーフェン侯爵派と反侯爵派の両方からいろいろと横槍が入っていましたので、その調整で陛下も頭を痛めておられたはずです。今回は宰相閣下を始めとした重臣方が調整くださっていますので、陛下の負担は少ないと思います』
確かに派閥争いに巻き込まれたら大変そうだと思った。
そんな感じで昨日まではバタバタとしていたが、今朝はさすがに余裕がある。
いつも通りに起床し、朝食を摂った後、準備に入るが、私に気を遣ったのか来客もない。
「なかなかお似合いですよ、ジーク様」
護衛である近衛連隊長のアレクサンダーがからかうように言ってきた。
「アレクも似合っているじゃないか。黒騎士じゃなく、白騎士でもいいんじゃないか?」
いつもは黒ずくめのアレクだが、今日は普通の近衛兵と同じく真っ白な装備に身を包んでいる。
「白は落ち着かないんですよ。別に黒でもいいと思うんですけどね」
彼が白い装備にしているのはイリス卿の一言からだ。
『結婚の式典に黒はないわ。私だってドレスを着るのだから、アレク殿も普段は身に着けない白にすべきよ』
『イリス殿がドレスを着るのと、俺が白い装備にする話は何にも関係ないじゃないですか』
そう言ってアレクは反対したが、マティアス卿の一言で確定した。
『黒騎士は陛下の剣であり盾です。今日は祝いの席なのですから剣も盾も不要でしょう。ならば、場の雰囲気に合う白い装備の方がよいのではありませんか?』
そう言う私も金や銀の装飾はあるが、白が基調の正装だ。
そんなことを思い出していたが、シュテファンが呼びに来た。
「お時間です。謁見の間の大扉の前に向かいます」
シュテファンに先導され、普段は使わない謁見の間の大扉の前に向かう。普段は玉座に近い扉を使うため、王子時代を思い出し新鮮な気分になった。
大扉の前には真っ白な装備の近衛兵が二人、直立不動で立っており、私より緊張している気がして笑みが零れる。
一人は銀狼族の近衛騎士ロルフ・ジルヴァヴォルフ。もう一人は金狐族の女性近衛騎士ギーラ・ゴルドフックスだ。
彼らに声を掛けようとした時、ドレスに身を包んだエルミラが近づいてきた。ブルーのドレス姿のリーゼル・ヴァルデンフェラーが付き添っている。
「ジーク様、何か声を掛けるべきですよ」
後ろにいるアレクが小声で言ってきた。
それまで彼女に見とれていたのだ。
「きれいだよ、エルミラ」
「ありがとうございます、ジーク様」
俯きながらはにかむ彼女の腕を取り、ロルフに小さく頷く。
ロルフはギーラと共に大扉をゆっくりと開ける。
「ジークフリート陛下! エルミラ殿下! ご入来!」
その声を受け、エルミラに視線を向ける。
「では行こうか」
彼女は「はい」と小さな声で応える。
中に入ると、着飾った貴族や礼装で身を固めた軍人たちが並んでいた。
その間をゆっくりとした歩調で進んでいく。
玉座前まで進むと、そこで振り返った。
最前列にはマティアス卿たちが笑顔で私たちを祝福するように見ている。その中には大賢者マグダ殿もおり、皆に祝福されて結婚するのだと改めて実感した。
■■■
統一暦一二一七年二月一日。
グライフトゥルム王国中部王都シュヴェーレンブルク、王宮内。マティアス・フォン・ラウシェンバッハ伯爵
ジークフリート王とエルミラ皇女との結婚の式典が始まった。
フィーア教の神官を前に、若い二人が互いに愛し合い、支え合うと宣言すると、拍手が沸き起こる。
「本当にご立派になられたわ」
銀色のドレス姿の妻イリスが感慨深げに呟く。
彼女は国王の母マルグリット王妃の護衛騎士だったことがあり、ジークフリート王の幼少期を知っている。また、二年前に私が療養していたグライフトゥルム市の魔導師の塔で再会してからは、一緒にいる機会も多く、母のような気分なのだろう。
「本当にそうじゃの。そなたたちには感謝しかない」
大賢者マグダが少し目を潤ませている。
最近の国王は会議でも積極的に発言するなど、以前よりも自信を持っている。そのため、管理者になれるのではないかと期待しているのだ。
結婚の式典は滞りなく進み、来賓の挨拶が終わった。そして、国王たちがパレードに向かおうとした時、会場にざわめきが起きる。
「何が起きているの? 凄い力を感じるのだけど……」
私には何も感じないが、東方系武術を修めた妻には何かが感じられるらしい。
隣にいる大賢者を見ると、苦々しい表情を浮かべていた。
「何をしに来たのじゃ……」
そう呟くと、謁見の間から中庭に向かう。
それと入れ替わるように近衛兵の一人、猛牛族のザール・シュティーアが野太い声で叫ぶ。
「鷲獅子様がご降臨されようとしておられます!」
その声に戸惑いが広がっていく。
「鷲獅子様だと……何があったのだ……」
「確かに力を感じる。あの時と同じだ……」
ざわめきが大きくなるが、それをラザファムが一喝する。
「鎮まれ! 国王陛下の御前であることを忘れるな! 大賢者様が確認に行かれた! 大賢者様のお言葉を待つのだ!」
その言葉で会場は落ち着きを取り戻した。
ほどなくして、大賢者が戻ってきた。
「鷲獅子が祝福したいと申しておる。陛下には済まぬが、外に出てきてくれぬか」
神の代行者である四聖獣が祝福に来たという事態に、私を含め、全員が言葉を失っている。
「承知した。エルミラ、鷲獅子様にご挨拶に行こう」
ジークフリート王はエルミラ妃の手を取り、中庭に向かった。
謁見の間は中庭に面しており、いくつもの扉があるため、私たちも国王に倣って外に出ていく。
外は真冬ということで身を切るような冷気が吹き付けるが、空は透き通るような晴天だ。しかし、その空には普段見られない姿があった。
獅子の身体と鷲の頭と翼を持つ、鷲獅子が悠然と旋回していたのだ。
国王が中庭に出たところで、鷲獅子がゆっくりと舞い降りてきた。
そして強い思念を送ってくる。
『ジークフリート王よ、そなたが伴侶を得ると聞き、祝福に来た。フォルクマークの血筋を絶やすことなく、よき家庭を築くことを期待する』
ここでいうフォルクマークは先々代のフォルクマーク十世ではなく、初代国王フォルクマーク一世のことだ。
フォルクマーク一世は大賢者らと共に百年以上にわたる戦乱の世を鎮めている。その際、代行者である四聖獣とも協力関係にあった。
もっとも四聖獣たちはフォルクマーク一世が管理者候補であり、彼が管理者になることを期待したため協力しただけだ。
ジークフリート王はエルミラ妃と共に深々と頭を下げる。我々も国王と同様に深く頭を下げた。
「もったいないお言葉をいただき、恐縮しております。四聖獣様の祝福に恥じない家庭を築きたいと思います」
『うむ。王には期待している。他の者たちも王を支えるのだ』
それだけ言うと、何事もなかったかのように舞い上がり、西の空に消えていった。
それを見送ったが、出席者たちは神に等しい四聖獣が祝福したことに興奮気味だ。そんな中、大賢者だけは仏頂面をしており、何の連絡もなく来たことを不満に思っているらしい。
「鷲獅子様もお帰りになった。我々も中に戻ろう!」
国王の言葉で、私たちは謁見の間に戻っていった。
下に前作のリンクがあります。こちらもご興味があれば、よろしくお願いします。
また、地図や世界設定などを集めた設定集もありますので、興味のある方はご確認ください。
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