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新グライフトゥルム戦記~運命の王子と王国の守護者たち~  作者: 愛山 雄町
第九章:「暗闘編」

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第三十三話「フレディ、追加融資を認める」

 統一暦一二一七年一月九日。

 ゾルダート帝国東部、帝都ヘルシャーホルスト、白狼宮。フレディ・モーリス


 朝から白狼宮に入っている。

 今日は謁見の間ではなく、二十人ほどが入れる会議室だ。

 私は商会の帝都支店長ヨルグ・ネーアーと共に会議室で皇帝たちを待っていた。


 皇帝マクシミリアンが総参謀長のペテルセン元帥と財務尚書、商務尚書と共に入ってきた。その後ろには財務次官のコンラート・ランゲと商務次官のハンス・ゲルト・カーフェンが付き従っている。


 私とネーアーが立ち上がって頭を下げると、皇帝と総参謀長、二人の尚書が席に着き、皇帝が自信ありげな表情で話し始めた。


「卿が納得できるだけの政策を考えた。ランゲ、カーフェン、説明せよ」


 そう言うと、立っていた二人が数枚の紙を配る。

 どうやらレジュメを作ってきたようだ。これはネーアーが二人に示唆したことで、帝国政府内では評判がいいらしい。


 レジュメが行き渡ったところで、ランゲが話し始める。


「まずは財政政策から話をさせていただく。我が国では収支改善のため、新たな税の導入を行う予定だ。具体的には売買に対し、売価の一パーセントを税として徴収する……」


 ランゲは売上税について説明を始めた。

 これはマティアス様がネーアーに直接指示したもので内容は知っている。


 パン一つから大型商船まで、すべての物の売買に税を掛けるというもので、広く浅く税が徴収できるというものだが、大きな欠陥があった。

 マティアス様は概要を説明した後、ネーアーにこういったらしい。


『このまま導入しても間違いなく失敗します。理由は地方の事情を無視しているからです。地方では行商人が各農村を回り、必要な物資を売り買いしていますが、その多くが物々交換に近いものです。田舎では貨幣経済が浸透しているとは言い難く、そうせざるを得ないのですが、帝都と地方の大都市しか知らない官僚なら気づくことはないでしょうね……』


 私は世界中を回っており、街道から離れたような農村にも行ったことがあるため、マティアス様のおっしゃる意味は理解できる。

 更にマティアス様は帝国民が強い不満を持つと断言されたそうだ。


『すべての売値に税を掛けるということは、小売店だけでなく、素材を売る業者や問屋が売る物にも税が掛かるということです。中間業者が多ければ、それだけ余分に税が掛かります。それに取引の際にちいち数パーセントの税を乗せるのは非常に手間です。小規模な店舗では税込み価格で売るようになるでしょう。しかし、全員が正直に税率分だけを上乗せすることはまずありません。つまり、物価は税率以上に上がることになるのです。民たちは強い不満を抱くことでしょうね』


 これも充分にあり得ることだし、ランゲら官僚たちが気づくことはないだろう。


 私があいまいに頷いていると、ランゲは気をよくしたのか、自信をもって説明を続けていく。


「更に帝国政府が所有する不動産を担保に小規模の融資を募る。商人や民の多くから広く浅く金を借り、それを経済政策に積極的に投資し、経済を回す。経済政策については後ほどカーフェン次官から説明があるため割愛するが、これまでより大胆な政策で我が国の経済が大きく前進することは間違いない」


 そこでランゲに代わり、カーフェンが前に出る。


「経済政策について商務次官である私から説明する。まず商務府に新たな部署として企業支援局を設置する。企業支援局はあらゆる企業からの相談に乗る部署で、低利の融資や不動産の紹介、更には支援局が持つ情報から必要とされる商売相手を斡旋することも業務となる……」


 これもマティアス様が否定的な政策だ。

 帝国の官僚に企業の支援など不可能だとおっしゃられたが、カーフェンを見ているとよく分かる。彼は物事の上っ面だけを見て、本質を理解していない。


「更に年利二パーセントという超低金利の特別融資を行う。これは事業規模の最大五十パーセントまでとし、必要な予算として一億マルクを用意する。これによって野心的な商人たちに拡大の機会を与えるというものだ。無論、貴商会も対象である……」


 これもマティアス様が否定した政策をそのまま説明している。

 更に経済特区や南東部の農地開発計画、ザフィーア湖とグリューン河の運河の話まであり、カーフェンは満足げな表情で説明を終えた。


 そこでランゲが再び説明を始める。


「貴商会への担保だが、帝都港湾地区の倉庫二十棟、グリューン河の港湾施設、具体的にはリヒトロット市とナブリュック市の大型船係留場と大型倉庫を二棟の権利だ。更には河川用大型輸送船十隻。これで追加融資分の十五億マルクの価値は十分にあると考えている。我々からの説明は以上だ」


 二人はやり切ったという感じで満足げな表情を浮かべたが、すぐに皇帝の前ということで表情を引き締めた。


「卿の意見を聞きたい。何かあるか?」


 皇帝もこの政策に自信があるのか、一昨日と打って変わり余裕がある。


「では、意見を申し上げます。最初にこれだけの計画をお考えになられた政府の方々に敬意を表したいと思います。その上でいくつか確認させていただきたいことがございます」


「それは何か?」


「新たな税の導入はいつからお考えでしょうか? 広大な帝国の領土に浸透させるには時間が必要だと思うのですが」


 それに対し、ランゲではなく、財務尚書のフェルディナント・ザイデルマンが発言する。


「来年一月より実行する。財務府と各総督府が周知を行えば、問題なく始められるだろう」


 今から制度設計を行い、津々浦々まで周知するのに、たった一年しか考えていないことに失笑が漏れそうになった。それを意志の力で封じ込め、真面目な表情で頷く。


「分かりました。では、来年度から貴国の財政収支は改善に向かうということですね」


「その通りだ」


 ザイデルマンに軽く頭を下げた後、商務尚書であるベンヤミン・ホランドに視線を向けた。


「企業支援局がすべての政策の要となると思いますが、いつ発足することになるのでしょうか。また、そのための人材は確保できているということでしょうか」


「発足は四月一日だ。人材については当面、各府からの出向者で対応するが、将来的には五十人規模の局となる」


「人材は十分ということでしょうか?」


 私の問いにホランドは視線を彷徨わせる。


「初期には若干不足すると思うが、問題はないと考えている」


 具体策はないらしい。


「担保についてですが、先ほどのランゲ次官閣下のご説明の内容では全く足りません。将来に渡って魅力的なものと言えるか微妙といったところでしょう」


 私の言葉にランゲが顔をしかめるが、これ以上提示するものが思い当たらないため、口を噤んでいる。


「それでは何を担保とすればよいのだ?」


 皇帝が聞いてきた。


「現在我が弟ダニエル・モーリスが主導しているグリューン河流域酒造産業復活事業も加えていただきたいと思います」


「あの事業には二十億マルクも投資しているのだ。先ほどの条件でも十分な価値があるはずだが?」


「先ほどご説明いただいた担保物件についてですが、確かに我が商会にとってあれば助かるものでございます。しかしながら、既に必要なものは確保しておりますので、なくても困らないというのが正直なところです。また、酒造事業でございますが、利益を生み始めるのは事業開始五年後、投資額の回収が終わるのは最短で十五年後です。つまり現在の価値は非常に低いと言わざるを得ません」


「だが、長期的には膨大な利益を生み出すのだ。暴利をむさぼっていると言いたくなるが」


 皇帝は不機嫌そうにそう言ってきた。

 この辺りは想定範囲内なので、数字を見せて誤魔化しておく。


「おかしな話ではないのです。現在の二十億マルクを年利十パーセントで運用した場合、十五年後には八十億マルクを超えます。逆に言えば、十五年後に二十億マルクを回収できるとしても、今現在のあの事業の価値は五億マルクにも満たないということです。それに貴国が担保としたくないであれば、五億マルク分の価値のものを提示いただければよいだけはありませんか」


 その言葉に皇帝が唸るが、カーフェンが発言を求めた。


「発言をお許しください」


「構わぬ」


「ありがとうございます。将来的に利益を生むのであれば、定期的に人事異動を繰り返す官僚より、長期間じっくり腰を据えて事業に当たる民間の方がより効率的です。また、利益を生むということは税収が生まれるということです。投資の回収が不確かであるなら、事業を成功させて税として回収する方が確実であると愚考いたします」


 カーフェンは私にチラリと視線を向けた。

 どうやら私に恩を売ったつもりでいるらしい。


「カーフェンの言わんとすることは理解するが、二十億マルクを投資した事業を五億マルクで譲り渡す可能性があるのだ。納得しがたい」


 皇帝が難色を示すと、それまで黙っていたペテルセン元帥が発言する。


「カーフェン次官の意見に賛成ですな。王国内で酒造事業を成功させているモーリス商会に任せた方がよりよい酒が造られるでしょう。それに今の旧皇国領の民の感情を考えると、ラウシェンバッハに関係が深いモーリス商会に任せなければ成功しないのではないかと思います」


「ラウシェンバッハ領の酒造職人たちのことがあるからか」


「御意。ダニエル・モーリスと旧皇国領の酒造職人たちは良好な関係を築いていると聞きます。今でこそ総督府の官僚たちは大人しいですが、意識が劇的に変わらなければ、以前と同じようなミスを犯す可能性が高いと思われます」


 ペテルセンには定期的にダニエルから情報が流れている。これは酒造産業の復活に並々ならぬ思いがある彼を味方に付けるためだ。

 それが功を奏した。


「認めるしかないのか……」


 皇帝もそこまで言われては納得するしかなかった。

 その後、更に細かな条件のすり合わせを行った。


「未だに不安は残っておりますが、ランゲ次官閣下とカーフェン次官閣下という優秀な方々の将来性を見込み、二十五億マルクの融資を行うことといたします。今後ともよろしくお願いいたします」


 そう言って頭を下げた。


「よくぞ決心してくれた。なかなか厳しい交渉相手であったが、卿とは長く付き合っていきたいものだ」


 皇帝は満面の笑みを浮かべていた。

 私も同じように微笑むが、その意味合いは大きく違う。


(これでマティアス様の策が大きく前進する。あの方の命を縮めようとした帝国に鉄槌を下すことができそうだ……)


 私は満足して宮殿を出ていった。


下に前作のリンクがあります。こちらもご興味があれば、よろしくお願いします。

また、地図や世界設定などを集めた設定集もありますので、興味のある方はご確認ください。


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ペテルセンは酒造産業復活を夢見るあまり目が曇ってしまったようだが、 お酒は戦略物資だからね、シカタナイネー。
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