第三十一話「フレディ、皇帝に謁見する」
統一暦一二一七年一月七日。
ゾルダート帝国東部、帝都ヘルシャーホルスト、白狼宮。フレディ・モーリス
私は皇帝マクシミリアンに謁見するため、帝都にある白狼宮に来ている。
(皇帝に謁見か……父さんやダニエルの話だと、巧みにこちらに斬り込んでくる侮れない人物だという話だが、私に対応できるのだろうか……)
今回父ライナルトは帝都に来ていない。
理由は二月にジークフリート陛下の結婚の式典があり、その手配に忙しいためだが、私に経験を積ませる意味合いが強い。
「緊張されていますか?」
帝都支店長のヨルグ・ネーアーが笑顔で聞いてきた。
「している。ダニエルほど胆力がないからね」
「確かにダニエル様は肝の座った方でしたが、マティアス様のところで一緒に学んでおられたのですから、気にするほどでもないでしょう。ダニエル様からとても厳しい訓練をされた聞いております」
「確かにそうだね」
そう言って苦笑いが浮かぶ。
ラウシェンバッハ邸でお世話になっていた時、マティアス様の最後の盾となるべく、影のカルラ殿やユーダ殿から、暗殺者と対峙しても気後れしないための訓練をしてもらった。
(確かにダニエルも言っていたな。あれに比べれば、皇帝の恫喝なんて怖くなかったと……)
まだ王立学院の初等部に行っている頃のことで、超一流の暗殺者である影から本気の殺気をぶつけられ、失神しそうになったことを思い出し、苦笑が浮かんだのだ。
謁見の間に入ると、二十人以上の文官と十人ほどの軍人が並んでおり、その間を歩いていく。文官の中にはカーフェンとランゲの姿もあった。
数段高くなったところには、玉座に座った皇帝とその横にグラスを持って立っている壮年の男性がいた。酒を持っていることから腹心であるペテルセン元帥で間違いない。
所定の場所までいき、片膝を突いて頭を下げる。
「面を上げよ。余がマクシミリアンである」
皇帝らしい自信に満ちた声だ。
「ライナルト・モーリスの長男、フレディと申します。此度は父の名代としてまかり越しました」
「ほう、そなたがフレディか……」
皇帝は探るような視線で私を見ていたが、すぐに笑みを浮かべて話し始めた。
「名代ということは全権を持っていると考えてよいのだな」
「その通りでございます。貴国との交渉について、父よりすべての決定権を与えられております」
「あのライナルトが認めているのか。ならば、それだけの能力を持っているということだな。では余からの依頼を話そう」
皇帝が父を高く評価していることは知っていたが、私に全権があるということに懸念を示すと思っていた。後ろにいる支店長のネーアーですら全権委任は受けたことがないためだ。
しかし、そんなことはおくびにも出さず、皇帝は話し始めた。
こちらを信頼しているという意思表示、もしくは私を取り込もうとよい印象を与えようと考えたのだろう。
「今年も我が国への融資を継続してほしい。額は二十五億帝国マルク(日本円で約千二百五十億円)。金利はこれまで通り、年利十パーセント。どうだろうか?」
今年の償還分十億マルクに加え、十五億マルクも追加してきた。帝国の財政は悪化しているが、追加予算が必要となる新たな政策を考えているようだ。
皇帝の言葉に考えることなく即座に答える。
「大変申し訳ございませんが、貴国の財政状況を考えた場合、その条件ではお断りせざるを得ません」
いきなり断られると思っていなかったのか、皇帝は言葉を失い、高官たちはざわめいている。
「ライナルトは融資を断るためにそなたを送り込んできたのか? 舐められたものだな」
皇帝はそう言って視線を強めるが、影の殺気に比べれば、大したことはない。それにここで私を殺せば、帝国という国自体が危機に陥る。そんなことをこの皇帝がするはずがないと確信しており、恐怖は微塵も感じなかった。
「それだけの額の融資を行う決断をするには、貴国が確実に返済できるという保証が必要です。ですが、今の陛下のお言葉からはそれを読み取ることができませんでした」
「我が国はこれまで返済を滞らせたことはない。それでも保証が必要だと」
皇帝は更に視線を強めるが、それを軽く流して説明する。
「はい。現在の貴国の財政状況では借入金が増え続けるだけで、完済する見込みは全く見えません。財政状況を改善させる手段があることを示していただくか、融資額に見合う担保を提示していただけなければ、引き受けることは難しいと言わざるを得ません」
「なるほど……卿がライナルトの息子であり、ダニエルの兄であることはよく理解できた。その胆力はモーリス家の特徴であろうからな……」
皇帝はそう言って視線を緩めた。
「卿が納得できる材料とはどのようなものか、それを教えてくれぬか。それが分からなければ、見込みを説明することもできぬ」
「では、ご説明いたします。まず貴国の財務状況でございますが、現在我が商会から百二十億帝国マルクにも及ぶ借入金がございます。貴国の財務の詳細を把握しているわけではございませんが、これだけの膨大な借入金があるのです。その具体的な返済計画をお示しいただけなければ、これ以上の融資が難しいということはご理解いただけるかと思います」
実際にはマティアス様から帝国の財務状況を聞いているため、皇帝より詳しいが、そのことはおくびにも出さない。
「言わんとすることは分かるが……」
「担保につきましても、ご要望の融資額、二十五億帝国マルクに見合う価値のものが必要です。当然、当商会にとっての価値でございます。広大な土地を担保とされましても、当商会にとっては何の価値もございませんので」
皇帝の顔が渋いものになっていくが、それを無視して話を進める。
「私としましても貴国との関係を壊したいわけではございません。長年にわたり協力関係にあったのですから。ですので、将来に希望があるということをお示しいただければ、先ほどの条件で引き受けさせていただきます」
「将来に希望があるか……分かった。今すぐには示すことはできぬが、明後日にもう一度話し合いをしたい。それでよいか」
「承りました」
そう言って頭を下げるが、軽く脅しを入れておく。
「改めて申し上げますが、私が将来継ぐであろうモーリス商会は貴国に多額の投資を行っております。父は貴国に投資の価値があると判断しましたが、三十年後を見据えているかと問えば父は否と答えるでしょう。ですが、私は三十年後、四十年後を見据えております。そのことをご理解いただければと思います」
「うむ。卿はまだ二十歳を過ぎたところだ。四十年後でも六十代前半。そう考えれば、おかしなことではないな」
そこで頭を下げ、謁見の間から下がっていくが、帝国の高官たちから敵意を向けられていた。さすがに声に出すような者はいなかったが、若輩者が実家の力を背景に増長しているとでも思っているのだろう。
支店に戻ったところで、ネーアーと協議する。
「皇帝との交渉を何度もこなしてきた君の感想を聞きたい。皇帝はカーフェンとランゲの策を採用すると思うか?」
ネーアーは即座に頷いた。
「採用するでしょう。というより、他に選択肢がございません。それに既に二人から皇帝に話は持っていっていますし、感触は悪くないと聞いております」
「感触は悪くないか……それにしてはすぐにその話を切り出さなかったが、何か問題でもあるのか?」
「二人の策が斬新過ぎると政府内に反発する声があるようです。特に財務尚書と商務尚書が強く反対していると聞きます。幸い、同時に昇進したベーベルが昨日手柄を挙げていますので、皇帝も強引に進めることができるはずです」
ヨハン・ベーベルは内務府の治安維持局長となったが、発足から一週間も経たずに密輸組織を摘発するという功績を上げている。
これはネーアーが誘導したことだが、皇帝は大いに喜んでいると聞いた。
「なら、明後日は私が二人を褒めちぎらないといけないな。皇帝に対して強気で出たモーリス家の長男が手放しで賞賛すれば、帝国の高官たちも黙らざるを得なくなるだろうからな」
「そのことですが、あまり派手にやらない方がよいでしょう」
「皇帝やペテルセン元帥が気づくからか?」
「はい。ここは斬新だが計画の見通しが甘く、本来なら融資を認めるべきではないが、帝国とのこれまでの付き合いを考え、若い優秀な官僚に期待するという感じで認めるべきでしょう。その方が信憑性は増しますし、帝国の資産を奪いやすくなります」
さすがは父が帝都を任せるだけのことはあると感心する。
「確かにそうだな。ダニエルが胆力で皇帝を唸らせたのなら、私は緻密さによって皇帝を唸らせてやろう。父さんや母さんに言ったら、“お前のどこが緻密なのだ”と言って、大笑いされそうだが」
「それはないでしょう。マティアス様の教えを受けられたフレディ様、ダニエル様のことを旦那様は大変評価されています。緻密さもマティアス様を基準に考えなければ充分におありだと思いますよ」
「そう言ってもらえると自信になるよ。では、明後日に向けて準備を始めようか」
そう言って私たちは準備を始めた。
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