第二十九話「軍師、新年を友人たちと祝う」
統一暦一二一七年一月二日。
グライフトゥルム王国中部、王都シュヴェーレンブルク、エッフェンベルク侯爵邸。マティアス・フォン・ラウシェンバッハ伯爵
新年二日目ということで今日も休みだ。
今日はラザファムの屋敷で仲の良い者たちが集まって新年を祝うパーティを行う。
集まったのは私たちラウシェンバッハ家とハルトムート一家、ヴィルヘルム・フォン・ノルトハウゼン伯爵、アルトゥール・フォン・グレーフェンベルク伯爵、ヘルマンとディートリヒたちだ。基本的に同世代で集まり、親世代は私の屋敷でパーティをすることになっている。
エッフェンベルク侯爵邸のホールでの会食だが、幼い子供が多くてにぎやかだ。そのため、あいさつなどもなく、適当に座って食べながら飲んでいる。
「久しぶりにゆっくり話ができるな」
ハルトムートが私たちにそう言ってきた。
彼は普段、東部方面軍副司令官としてヴェヒターミュンデ城に常駐している。
今回は司令官であり義理の父であるヴェヒターミュンデ伯爵が強引に送り出した。
『せっかく平和になったのだ。久しぶりに王都で羽根を伸ばしてこい。ここは俺とグスタフがいれば十分だ。敵が近づいてくるようなら、千里眼殿が教えてくれるだろうからな』
確かに帝国軍の動きを見る限り、奇襲攻撃の可能性は皆無だから、実質的な司令官であるハルトムートがいなくても問題はない。
「ラザファム先輩たちの活躍の話を聞かせてくださいよ。ラザファム先輩もイリス先輩も報告書を見ろっていうだけで、教えてくれないんですよ」
軍務卿であるヴィルヘルムが学生時代のような口調でハルトムートに絡んでいる。まだ正午になったくらいだが、既に酒をたっぷり飲んでいるようだ。もしかしたら、昨夜から呑み続けているのかもしれない。
「それ、私も聞きたいです」
アルトゥールが遠慮気味に会話に加わる。
彼とは十年以上の付き合いがあるが、私たちより十歳くらい若いからだ。
「なんでラズとイリスは話してやらないんだ?」
ハルトムートの言葉にラザファムが答える。
「マティにあれだけお膳立てしてもらったのに、いいところがなかったからな。お前もそう思わないか、ハルト」
「そうだな。皇帝がマティの策に嵌まったから撤退してくれたが、あれを看破されていたらヤバかった」
そこで妻も話に加わる。
「シュッツェハーゲン軍が不甲斐ないこともあったけど、帝国軍は予想より優秀だったわ。ラウシェンバッハ師団とエッフェンベルク師団がいるならともかく、遊撃軍でもう一度戦いとは思わないわね」
「そこまで凄かったんですか? 第一軍団と戦いましたが、そこまで強いという印象はないですけど」
実弟ヘルマンの言葉にハルトムートとイリスが同時に突っ込む。
「「それはマティと一緒だったからだ(よ)」」
二人の息の合った言葉に周囲から笑いが漏れる。
「言いたいことは分かるな。私もマティがいてくれたらと何度思ったことか」
ラザファムが苦笑している。
「確かに兄上がいらっしゃったから不安はなかったですね。不安があったとすれば、兄上の体調だけでしたよ」
「ヘルマンさんが羨ましいですよ。マティアスさんの指揮下であの酔っ払い元帥と帝国軍一の精鋭第一軍団とやりあって翻弄したんですから。私なんてほとんど戦わずに走ってばかりだったんですよ」
義弟のディートリヒが笑顔でヘルマンに突っ込む。
彼の指揮するエッフェンベルク師団は帝国軍を引きずり込むため、帝国領に深く入り込み、敵が現れたと知ると大急ぎで撤退している。
「確かに気の毒だな」
ヘルマンはそう言って笑った。
「ディートの方こそ、マティアス先輩の指揮を間近で見ていたんじゃないのか?」
ヴィルヘルムが言う通り、ゴットフリート皇子率いるヒンメル族との戦いでは近くにいた。
「見ている余裕なんてありませんよ。あの名将マウラー元帥の騎兵部隊がいつ現れるのかと、東にばかり気を取られていたんですから。それを言ったらウルスラさんの方がしっかり見ておられたんじゃないんですか?」
そこでハルトムートの妻ウルスラに話を振る。
彼女はヴェヒターミュンデ伯爵の娘であり、当時はヴェヒターミュンデ城にいた。
「確かに城壁の上から見ていたぞ。遠いから細かなところは分からなかったが、兵たちの動きは見事だったな。もっとも無事に戻れるのかと当時はハラハラしていたがな」
男勝りな言葉遣いのウルスラだが、今は二歳になる次男ヴァルターを構いながら話している。
「私自身よく生き残れたと思っているよ。前線で指揮を執るのは初めてだったし、相手があのゴットフリート皇子率いるヒンメル族だったからね。アレク殿がいなければ正直危なかったと思っているよ」
正直な思いを吐露する。
「ヒンメル族と戦ってどう思われましたか、兄上」
ヘルマンが真剣な表情で聞いてきた。
彼はヒンメル族を始めとする草原の民と交流があり、彼らの実力を知っているからだ。
「準備の時間があれば別だけど、平地では二度と戦いたくない相手だね」
そこでアルトゥールが真面目な表情で聞いてきた。
「草原の民というか、ゴットフリート皇子は帝国に協力するのでしょうか? マティアスさんが戦いたくない相手だとすると、私たちでは苦戦で済まない気がします」
「恐らく協力することはないと思うよ。それに帝国は厳しい状況になるから出兵自体難しいだろうから」
「帝国に対してはどうするつもりなんだ? ヴェヒターミュンデにいるとその辺りがよく分からんのだが」
ハルトムートの問いに、ラザファムとイリス以外が興味津々という感じで私を見ている。
「まだ正式に決まった方針はないよ」
「お前ならどうするんだ?」
「そうだね……旧皇国領のうち、リヒトロット市から西側、グリューン河の北側の地域を独立させるための謀略を仕掛けるかな。あの地域を独立させれば、帝国が我が国に直接侵攻してくる可能性は一気に減るから」
この方針は参謀本部で検討しているところだ。
ただ、こちらから手を出すにはリスクが高すぎるので、どのような方針が最善か精査している。
「独立か……その時は俺の出番だな。いつでもリヒトロット方面に派遣してくれていいぜ」
ハルトムートがそう言って獰猛そうな笑みを浮かべている。
「何を言っているのよ。あなたは東部方面軍副司令官なのよ。あり得ないわよ」
イリスが呆れた表情で窘める。
「帝国が攻めて来ないなら問題ないだろう。それに非正規部隊の指揮ってやつを一度やってみたいんだよ。俺が最適だと思うだろ、マティ?」
ハルトムートは私に振ってきた。
「まあ、君が適任だという点については同意するけど、そんな賭けに近い作戦で君を危険に晒すことはないと断言しておくよ」
そう言いながら肩を竦める。
実際、彼なら今活動している小部隊を鍛え上げ、決戦を挑めるくらいには皇国軍をまとめられるだろう。
「シュッツェハーゲン方面はどうなんですか? レオナルト陛下が大公家の一つを潰しましたが、シュッツェハーゲン軍の再編には時間が掛かると思うんですが」
先ほどまで酔っていたヴィルヘルムが聞いてきた。
この情報は一昨日に入ってきたばかりで、軍務卿として気になっていたらしい。
「どうだろうね。まだ第一報が入ってきただけだし、シャイデマン殿やクルトから情報が入るまでは何とも言えないね」
シュッツェハーゲン軍改革のため、北部方面軍第一師団長ベルトホルト・フォン・シャイデマン男爵と東部方面軍第二師団参謀長クルト・ヴォルフ大佐を派遣しているが、ある程度方向性が見えるには最低でも三ヶ月は必要だろう。
「もう、真面目な話ばかりしないでよ。そんなことより飲みましょうよ」
妻の言葉に全員が頷き、グラスを手に取った。
(二年前にはこんな時間が来るとは思っていなかったな。このまま続いてくれればいいんだが……)
そんなことを思いながら、私もグラスに口を付けた。
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