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新グライフトゥルム戦記~運命の王子と王国の守護者たち~  作者: 愛山 雄町
第九章:「暗闘編」

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第二十七話「軍師、新年祝賀会に出席する」

 統一暦一二一七年一月一日。

 グライフトゥルム王国中部、王都シュヴェーレンブルク、王宮内。マティアス・フォン・ラウシェンバッハ伯爵


 統一暦一二一七年が明けた。

 王宮の謁見の間には着飾った貴族や軍人たちが、新年祝賀の儀に参加するため、序列に従って並んでいる。その傍らには煌びやかなドレスを纏った女性たちがおり、いつになく華やかだ。


 私も軍人側の列の二番目に並び、私の横には妻イリスがいる。今日は彼女も軍服ではなく、ドレス姿だ。

 もっとも最初はいつも通りの軍服で出かけようとした。しかし、母ヘーデに咎められた。


『今日の式典に相応しいとは思いませんよ、イリスさん』


『私は軍人として参加するつもりなのですけど……』


 妻も母には弱く、いつものような毅然とした態度ではなかった。


『それは昨日まででしょう。軍を辞めたのですからマティアスの妻として参加しなくてはいけませんよ』


 母の言う通り、イリスは昨日付で即応軍司令官の職を辞している。

 もっとも予備役に編入されただけで軍人としての籍は残っており、妻の言う通り軍人として参加しても問題ない。軍務卿のヴィルヘルム・フォン・ノルトハウゼン伯爵は予備役中将として軍服で参加している。


 予備役になったのは本格的に国政改革に携わるためだ。

 そのため、本日付で宰相府の特任補佐官に任命され、各省の調整を行うことになっていた。


 結局、妻も姑である母に反論できず、仕方なくドレスで出席したのだ。

 私としては美しい姿の妻が横にいてくれる方が嬉しい。


 謁見の間の扉が開かれ、宮廷官房長官のシュテファン・フォン・カウフフェルト男爵が国王の入来を告げる。


「グライフトゥルム国王ジークフリート陛下、御入来!」


 その言葉でざわめいていた場は一気に静まり、全員が頭を下げる。


 ジークフリート王は漆黒の偉丈夫、近衛連隊長のアレクサンダー・ハルフォーフ少将を引き連れて、颯爽と謁見の間に入ってきた。

 そして玉座の前に立つ。


「頭を上げよ」


 その言葉で全員が顔を上げる。


「新たな年を諸君らと迎えられた。誠に喜ばしいことだ。昨年、一昨年と激動の年であったが、今年は穏やかであってほしいと願っているし、そうなるように努力したい。諸君らも我が国、そしてこの世界が平穏であるよう全力を尽くしてもらいたい」


 僅か一年前に即位した十八歳の王とは思えないほど堂々としている。


「今年は国政改革の始まりの年だ。我が国はこの年より飛躍したと言われるように努めたいと思っている。その記念すべき年に私は妃を迎える。新たなグライフトゥルム王家が生まれることになるのだ。私は民と共にある王家にしたいと考えている。そのために諸君らの力を貸してほしい……では、よりよい年になるよう四聖獣様に祈りを捧げよう」


 国王のあいさつが終わると拍手が巻き起こる。


 その後、文武の代表者があいさつを行う。

 文官の代表として宰相が、武官の代表として司令長官であるラザファムがあいさつを行った。


 それが滞りなく終わると、謁見の間から祝賀会場である大ホールに向かう。

 昨年は大陸会議で国王が不在だったため、王室主催の祝賀会は行われなかったが、今年は帝国の侵略を防いだこともあり大々的な式典が行われることになっていた。


「陛下は堂々とされていたわね」


 会場に向かう途中、妻がそう言ってきた。


「大陸会議で一皮剥けたという感じだね。このまま真っ直ぐに伸びてくださればいいのだけど……」


 私が懸念じみた言葉を口にすると、妻が小声で聞いてくる。


「あなたは不安を感じているの?」


「歴史が動いていることは間違いない。そして、その中心に我が国がいる。陛下がどのような君主になられるのか、不安がないと言えば嘘になるかな」


 この世界ではグランツフート共和国が独立した統一暦八百年頃から三百五十年以上、大陸の勢力図に大きな変化はなかった。


 エンデラント大陸の大きさはヨーロッパとほぼ同じだから、これほど長期間勢力図が変わらない状況は地球ではありえないだろう。


 しかし、ここ五十年ほどで新興国ゾルダート帝国が急拡大し、長い歴史を誇るリヒトロット皇国が滅ぶという大きな変化が見られた。


 ジークフリート王は名君の片鱗を見せているが、暴君は名君から生まれることが多い。

 それに管理者(ヘルシャー)のこともある。大賢者らがどの程度関与するのか不安は尽きない。


「そうね。我が国だけじゃなく、多くの国が変わりつつあるわ。歴史的な敗北を喫した法国はもちろん、帝国も共和国もシュッツェハーゲンもこれまでの考え方では危険だと考え始めている。そのきっかけを作ったのはあなたよ」


 その言葉に苦笑が浮かぶ。

 私としてはこの国を守りたいと思ったからいろいろと手を打った。それがさまざまなところに影響を与え、今の状況になっていることは間違いないからだ。


「その意見には同意するよ。もっとも私も変革を望んだわけじゃなかったんだけどね」


「今のところ、いい方向に向かっているわ。帝国が経済的に窮地に陥って、旧リヒトロット皇国領が独立してくれたら、我が国はもっと安全になるのだけど……その辺りはどう考えているの?」


「そうだね……そろそろ会場だ。この話は後でしよう」


 話を続けてもよかったのだが、祝賀会場でする話でもない。


 国王の簡単なあいさつで新年の祝賀会が始まった。

 立食形式のパーティで、爵位を持った貴族や軍の関係者ら二百人以上がグラスを片手に話をしている。


 以前のような大貴族たちが派閥争いをすることもなく、和やかな雰囲気だ。

 もっとも私のところには多くの人がひっきりなしにやってくるので、ゆっくり味わう暇がない。


 その多くが本格的に始まる国政改革や帝国の動向に興味を持っており、祝賀会という割には生臭い話が多かった。


「北部への投資はどうなるのでしょうか。航路の活性化をお願いしたいのですが……」


「皇帝はシュッツェハーゲンに向かうと聞きましたが、シュヴァーン河方面は当面安全ということでしょうか?」


 そんな質問がよく来た。

 多くの人が来るが、遠巻きに見ている人も多い。メンゲヴァイン家に対する謀略に納得していない昔ながらの貴族たちだ。


 人が途切れたところでイリスが彼らに視線を向けながら小声で話しかけてきた。


「あの人たちにもそろそろ退場してもらった方がいいわね。国政改革でも邪魔をしてくるでしょうし、帝国が行う謀略の足掛かりにされかねないわ」


「彼らに帝国が接触するなら好都合だね。少ない人的資源(リソース)を無駄に使ってくれるのだから」


 古い価値観の貴族たちを残しているのは帝国の謀略を誘うためだ。


「彼らを餌にするの? 法務卿が渋い顔をしそうね」


 妻はそう言って笑った。妻は形式主義的なシュタットフェルト法務卿を嫌っている。


 私の周りにも人が多く来たが、ラザファムのところも同じくらい多い。

 但し、彼の婚約を祝福するためのようで、私のところのような散文的な話は少なそうだ。


「兄様とリーゼル殿はお似合いね。明日のパーティが楽しみだわ」


 今日は国王主催の祝賀会があるが、明日は各貴族家が個別に開催する。私たちもエッフェンベルク侯爵家のパーティに呼ばれており、気の置けない仲間たちを楽しむ予定だ。


「相変わらず人気だな、マティアス卿は」


 ジークフリート王が婚約者であるエルミラ皇女と共に、私のところにやってきた。国王はいつも通りの生真面目そうな表情だが、皇女は幸せそうな笑みを浮かべている。


「皆さん今後のことに興味がおありのようです。千里眼(アルヴィスンハイト)などと呼ばれていますが、未来が見えるわけでもないのですけど」


「そうなのですか? シュヴァーン河ではぴったりのタイミングで現れ、草原の民を撃退したと聞きましたけど」


 皇女が無邪気に聞いてきた。

 彼女は我が家が預かっていることもあり、年の離れた妹のような感じで物怖じすることはない。


「あれは偶然ですよ。余裕を持って到着したつもりが、ゴットフリート皇子とマウラー元帥にしてやられてギリギリになっただけですから」


 苦笑していると、イリスが話を変えてくれた。


「エルミラ様も慣れたようですわね。陛下とご一緒なのがとっても自然ですわ」


「そ、そうでしょうか……ジーク様は堂々とされておられるので……」


 まだ十五歳にもなっていない少女であり、顔を真っ赤にしている。


「私もそう思います。陛下もそう思っていらっしゃるのでしょう?」


 私が振ると、国王も照れる。


「そ、そうだといいのだが……」


 そのはにかむような表情に、まだ十八歳の若者なのだと改めて思った。


「何の話で盛り上がっておるのじゃ? 儂にも聞かせてくれぬか」


 大賢者マグダが話に加わってきた。

 私は聞いていなかったが、彼女も祝賀会に呼ばれていたようだ。


「王都におられたのですか……新年あけましておめでとうございます」


 慌てて新年のあいさつをすると、妻も一緒に頭を下げた。


「おめでとう。今年は王も妃を娶る。よい年になるじゃろう」


 そう言うと、国王と皇女に優しげな目を向けた。


「大賢者殿にも結婚の式典に出席してもらいたいのだが、どうだろうか?」


「うむ。できれば出席したいが……マティアスよ、後ほど時間をくれぬか」


 大賢者はそれまでの和やかな表情を引き締める。


「構いませんが」


 場の雰囲気が硬くなったことに気づいたのか、大賢者が笑みを浮かべる。


「大した話ではないのじゃ。今日でなくともよいぞ」


 そう言っているが、今日中に話をした方がよいと思った。


「お急ぎでないようですが、ネッツァーさんにも挨拶にいく予定でしたので、後ほどお伺いしますよ」


「マルティンも喜ぶであろう」


 そんな話をし、大賢者は別の場所に向かった。

 彼女の後姿を見ながら、どのような話なのだろうと考えていた。


下に前作のリンクがあります。こちらもご興味があれば、よろしくお願いします。

また、地図や世界設定などを集めた設定集もありますので、興味のある方はご確認ください。


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