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第九話「ランダル河殲滅戦:その一」

 統一暦一二一五年四月二十九日。

 レヒト法国東方教会領東部、法国軍野営地。デュオニュース・フルスト白竜騎士団長


 国境まで三十キロメートルというところで、不可解な情報が入ってきた。

 国境を監視していた部隊が忽然と消えたというのだ。


 当初は共和国軍が先手を打って、こちらの目を潰してきたと思ったが、調査した者の話では人の気配は全くなく、戦闘の形跡もなかった。それどころか、朝まで人がいた痕跡があったらしい。


(どういうことなのだ? 朝までは異常がなかったということなのか? だとしたら、なぜ定期報告が途絶えたのだ? 監視部隊が裏切ったのか? 五百名すべてが寝返るとは思えんが……)


 疑問に思ったが、国境付近に共和国軍の姿はなく、問題はないと判断し出発を命じた。ただし、奇襲を受けないように周囲の警戒を厳重にするよう命じている。


 斥候隊を多数先行させたが、結局敵の姿は全くなく、計画通り、国境から十キロメートルの場所で野営する。


「敵が夜襲を掛けてくる可能性がある。警戒を緩めるな!」


 私の命令に西方教会領の黒鷲騎士団長オトマール・カルツ殿が異を唱えてきた。


「敵と接触するのはまだ百キロ以上先だったはずだ。無駄に兵を疲れさせることはないのではないか?」


 カルツ殿の言う通り、これまでの共和国軍の動きから、国境を越えて百キロメートルほど共和国側に入ったところで敵と激突すると予想していた。


「既に国境に近い。それに監視部隊のこともある。敵が何らかの手段で情報を入手し、奇襲を仕掛けてくる可能性は否定できない」


 自分でも過剰に反応していると思わないでもないが、監視部隊が殲滅されたわけでもなく、姿を消しただけということに不気味さを感じていた。


「国境にも敵はおらんのだ。それは貴公が確認させたことであろう」


 ズィークホーフ城付近まで斥候隊を先行させて確認したが、共和国軍の姿はなかった。また、西公路(ヴェストシュトラーセ)の南北十キロメートルの範囲にも斥候隊を出し、大軍がランダル河を渡ったという痕跡がないことも確認している。


 国境であるランダル河の東に斥候隊を送り込もうと思ったが、ズィークホーフ城から敵が出撃してきたため断念した。しかし、ランダル河には斥候隊を張り付け、警戒は強めている。


「国境は近いのだ。ここで油断して悲願達成にケチをつけるわけにはいかぬ。いずれにしても国境を越えれば、警戒を強化する。それが一日早くなったというだけだ」


「うむ。貴公が総司令官だから、その命令には従おう」


 カルツ殿は納得したわけではないが、とりあえず従ってくれた。


 その夜は敵襲もなく、朝を迎えた。

 春の爽やかな風が吹き抜け、敵国に侵攻するには絶好の天気だ。


 出発準備を終えた後、全軍を前に訓示を行う。


「これよりグランツフート共和国に侵攻する! 敵の位置は不明だが、既に我らが出陣したことは聞いておろう。敵は多くても我らの半数程度だが、油断することなく進軍し、敵を見つけ次第、撃破する!」


 私の訓示に、兵たちが武器を上げて応える。

 出発の直前、慌てた様子の早馬が本陣に駆け込んできた。


「ランダル河東岸に共和国軍が現れました! その数は二万以上! 元帥旗が掲げられており、ケンプフェルトが率いていると思われます!」


「既に共和国軍が到着していたのか……敵は渡河しようとしているのか?」


「追い払われましたので確認はできておりません。ですが、共和国軍の兵士は馬防柵に使うための丸太を抱えている者が多く、川岸に防御陣を構築するのではないかと思われます」


「川を使った防御陣か……」


 私はその報告に引っかかりを感じていた。

 あのケンプフェルトがこれほど不利な状況にもかかわらず、常識的な対応をしてくることに違和感を覚えたのだ。


「おかしなことでもあるまい。敵は我が方の半数なのだ。川と馬防柵でこちらの攻勢を押しとどめようということなのだろう」


 私が疑問を感じていることに気づいたのか、カルツ殿がそう言ってきた。


「ケンプフェルトは知っての通り、共和国軍で最も有能な将であり、長年我が軍と戦ってきた経験がある。六万五千の我が軍を川と馬防柵で防げるとは思ってはおるまい。それに監視部隊のこともある。何かを企んでいることは間違いない」


「ならば、斥候隊を周囲に出して伏兵なり奇襲部隊なりを探り出せばよいのではないか? 我が軍の方が圧倒的に数で優っているのだ。百騎ほど騎兵を出して周囲を警戒すれば、この地形なら奇襲を受ける前に見つけられるだろう」


 カルツ殿はこの辺りで戦ったことがないため、常識的な提案をしてきた。

 しかし、この程度のことはケンプフェルトも分かっているはずだ。そう思うが、対案を示せない以上、彼の提案を受け入れるしかない。


「カルツ殿のおっしゃる通りだ。世俗騎士軍の騎兵部隊から斥候隊を出させよ。範囲は西公路の南北十キロ。敵を発見したら、即座に報告に戻れと命じるのだ」


 仮に騎兵部隊が潜んでいても十キロメートルも離れていれば、戦場に到着するまでに三十分は掛かる。もっと短時間で移動できないこともないが、それ以上の速度では戦場に着く頃に馬が疲れてしまうからだ。だから、この範囲を押さえておけば、問題はない。


 進軍を開始し、三時間ほどでランダル河に到着した。

 対岸では共和国軍がズィークホーフ城を中心に展開しているが、兵士が馬防柵を大急ぎで作っているところだ。


 しかし、馬防柵が揃っていないためか、中途半端な防御陣しかできていない。

 こちらの姿を見つけたため、指揮官が大声で叫び、兵士たちは大慌てで丸太を捨て、陣形を整え始める。


(どうやら本当に到着したばかりのようだな。数はおよそ三万といったところか。想定範囲内で最大。つまりここに全軍がいるということだな……)


 そこで監視部隊が消えたことの意味を理解した。


(そうか! 数で劣っているから時間を稼ごうと小細工をしてきたのだ! 総司令官である私を惑わせ、到着を遅らせることができる。その間に馬防柵を設置し、防御を固めようとしたのだろう。ケンプフェルトとあろう者が小細工をせねばならぬほど追い詰められたということだな……)


 疑問が解消し、すっきりしたところで、命令を出す。


「敵軍に相対する形で展開せよ! 中央は黒竜騎士団、左に青竜騎士団、右に赤竜騎士団……」


 三十分ほどでこちらの陣が完成した。

 敵の正面に我が聖竜騎士団を当て、南側である右翼に東方教会領の世俗騎士軍、北側の左翼に西方教会領軍を配置する。


 敵もこちらに相対する形で三つの集団に分かれて陣を作っていく。正面にケンプフェルトの元帥旗がたなびき、奴がそこにいることが分かった。


 共和国軍は数で圧倒的に劣るため、北側が手薄だ。ただ、北側には馬防柵が設置されており、渡河したとしてもそれだけでは防御を崩せない。


「カルツ団長に伝令! 渡河した後、敵の右翼を攻撃していただきたいと伝えよ! 聖竜騎士団及び世俗騎士軍は正面から敵を叩き潰せ! 敵は我らの半数! この一戦で決めるぞ!」


「「「オオ!!」」」


 私の言葉に周囲の兵士が武器を上げて応える。


 午前十一時頃、戦いが始まった。

 敵との距離はおよそ五百メートル。ゆっくりと前進し、三百メートルほどの近づいたところで、矢を放つよう命じた。


『放て!』


 拡声の魔導具によって伝えられた私の命令により、数千本の矢が一斉に放たれた。矢は弧を描いて敵陣に向かう。


 敵陣では盾を構えた兵士がそれを受け止めるが、運が悪かった兵に当たり、微かに悲鳴が聞こえてきた。


「前進しつつ矢を放ち続けろ!」


 命令に従い、矢が放たれるが、数名の不幸な兵士が倒れるだけで敵陣に乱れはない。


(さすがはケンプフェルトといったところだな。しかし、どこまで耐えられるかな……)


 この時、私には余裕があった。

 ケンプフェルトには何度も煮え湯を飲まされているが、二倍以上の戦力で戦うのは初めてであり、ケンプフェルトでもこれだけの戦力差をひっくり返せるほどの力はない。


 すぐにランダル河の川岸に到着する。

 敵からも矢が放たれているが、数はそれほど多くなく、被害はほとんどない。


「歩兵隊! 渡河を開始せよ!」


 まずは盾を構えた歩兵が川を渡り、橋頭堡を築いた後に騎兵部隊を突入させる。

 左手を見ると、カルツ殿指揮する西方教会領軍のうち、青鷲騎士団五千が渡河を開始していた。


(順調なようだな……やはり監視部隊を消したのは私を混乱させるためだったようだな……敵に打つ手はない。勝利はもらったぞ……)


 この時、私は勝利を確信していた。

 しかし、すぐにそれが誤りだと気づかされることになる。


下に前作のリンクがあります。こちらもご興味があれば、よろしくお願いします。

また、地図や世界設定などを集めた設定集もありますので、興味のある方はご確認ください。


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