第二十二話「軍師、親友の結婚を利用する:後編」
統一暦一二一六年十二月十六日。
グライフトゥルム王国中部、王都シュヴェーレンブルク、王宮内。マティアス・フォン・ラウシェンバッハ伯爵
ラザファムから相談を受けた後、ジークフリート王とエルミラ皇女に報告を行った。
『リーゼの願いがようやく叶うのですね。私だけが幸せになるのは心苦しいと思っていたのです』
『私もラザファム卿には幸せになってもらいと思っていた。彼と同じように最愛の人を失うという経験をした者として気になっていたが、本当によかった』
二人にはややこしい話はしていない。
ただ、メンゲヴァイン家の相続問題を片付ける必要があるとだけ国王に告げ、その許可をもらっている。
そして、本日次男であるハインリッヒ・フォン・メンゲヴァインが王宮にある私の執務室に現れた。
ラザファムの話を聞いた後、メンゲヴァイン領にいた彼を呼び出したためだ。
ハインリッヒは二十三歳、背はあまり高くないが美男子と言ってもいい。しかし、常に神経質そうに眉間に皺を寄せているため、あまりよい印象は持たなかった。
「国王特別顧問であるマティアス卿が私に話があるとのことだが、どのような内容だろうか」
ハインリッヒは前当主オットーと同じく尊大だ。
仮にも私は伯爵家の当主であり、国の要職にも就いている。爵位を持たない者が敬語を使わないなど通常はあり得ない。既に名門侯爵家の当主になったつもりでいるらしい。
「私はメンゲヴァイン前侯爵閣下に引き立てていただきました。そのことはご存じでしょうか」
反マルクトホーフェン侯爵派の筆頭であったメンゲヴァイン前侯爵を私はよく利用したが、周りからは私がメンゲヴァイン侯爵と仲が良かったように見えた。
「無論知っている。父は卿の才能を見抜き登用した。それがどうしたのだ?」
都合よく考えていることに笑いそうになったが、それを堪えて鎮痛な表情を作る。
「今のメンゲヴァイン家の状況を前侯爵閣下が見られたらどう思われるだろうかと、私は心を痛めているのです。一年半にもわたり当主が決まらないなどあってよいこととは思いません」
「その通りだ。だが、カウフフェルト宮廷官房長官に言ったが権限がないとしか答えぬ。宰相にも陛下に具申してほしいと頼んだが、来年一月の国政改革が始まるのを待てとしか言わぬのだ」
宮廷官房長官は以前の宮廷書記官長と違い、宮廷の諸事を取り仕切る役職で貴族の相続に対する権限はない。
貴族の相続や貴族間の訴訟に関して権限を持つのは国王だけだ。これは貴族の力を削ぎ国王の権力を強める措置だが、その国王にメンゲヴァイン家の相続は放置するように私が頼んでいる。
「それは問題ですね」
「卿から陛下に言上してくれぬか。卿の言葉なら陛下も聞いてくださるはずだからな」
「そうですね……」
そこで少し考えたふりをする。
「その前にお聞きしたいことがございます。妹君のナスターシャ嬢をエッフェンベルク侯爵の後添えにお考えだという噂を聞きました。それは本当でしょうか?」
ハインリッヒは私が知っていることに驚く。
「さすがに耳が早いな! その通りだ。エッフェンベルク侯爵家に相応しいのは五大侯爵家である我がメンゲヴァイン家のナスターシャだけだ。クラース家にも年頃の娘がいると聞くが、マルクトホーフェンに与したクラース家から妻を迎えることはなかろう」
「確かにクラース家は候補になりませんね。ですが、問題がございます」
そこで彼は苦々しい表情を浮かべる。
「我がメンゲヴァイン家の当主が決まっていないことであろう」
「いいえ」
私の言葉にハインリッヒの顔に疑問が浮かぶ。
「エッフェンベルク侯爵はリヒトロット皇国のリーゼル・ヴァルデンフェラー伯爵令嬢と結婚したいと考えています。これは本人から聞いたことですので間違いありません。そして、リーゼル嬢はジークフリート陛下の婚約者、エルミラ皇女殿下が姉と慕っている方です。このままでは年内にリーゼル嬢で決まるでしょうね」
「亡国の貴族、それも国を捨てて逃げてきた者が我が国の侯爵家の夫人になるだと! そのようなことを認めることはありえん!」
「話を戻しますが、ハインリッヒ殿が家督を相続するためにはエッフェンベルク侯爵家の後ろ盾が必要でしょう。ラザファムは王国軍のトップですし、陛下の信頼も篤いですから。問題はリーゼル嬢の存在です。そして彼女には後ろ盾となる実家がありません」
「何が言いたいのだ……」
「ところでハインリッヒ殿を支持する寄り子や家臣は多いと聞きました。その中には武に優れた者も多いと……そう言えば、リーゼル嬢はリヒトロット皇国の武の名門ヴァルデンフェラー伯爵家の方ですが、我が妻とは異なり、実戦経験はないと聞きます」
ここまで言えば、ハインリッヒにも私の言いたいことが理解できたようだ。
「その者は卿の屋敷にいると聞く。よく外出するのか?」
「はい。妻に聞いた話ですが、毎日エッフェンベルク侯爵家の屋敷に行っているようです。我が屋敷とエッフェンベルク家は近いですし、安全な貴族街ということで、我が家のメイドと二人で歩いていっていると聞いています。最近では午後五時くらいまで滞在しているそうですよ」
そこでハインリッヒは昏い笑みを浮かべた。
「なるほど……」
「そう言えば、ユスティン殿を推す声があると聞きます」
「何! 誰がそのようなことを言っているのだ!」
「名前は言えませんが、閣僚級の重鎮です。これ以上放置することはよくありませんし、元々マルクトホーフェン侯爵がユスティン殿を嫡男とする申請を握り潰したことが発端ですから、年内に内定し、年明けに公表すべきだろうと」
その言葉にハインリッヒは呆然とするが、すぐに怒りを見せる。
「そのようなことは許さぬ! これは我がメンゲヴァイン家の問題だ! 他の家の者が口を出すべき話ではない!」
怒りに打ち震えながらハインリッヒは出ていった。
ちなみに閣僚級の重鎮とは私のことだ。
私は彼を煽ったが、事実しか話していない。彼が私の言葉をどう解釈しようが、私のあずかり知らぬことだ。
ハインリッヒがいなくなったところで、護衛の影カルラ・シュヴァイツァーに声を掛ける。彼女は執務室の横にある控室に待機していたのだ。
「お手数をお掛けしますが、カルラさんにリーゼル殿の代役をお願いしたいと思っています。もちろん黒獣猟兵団の一班も待機させておきますし、メンゲヴァイン家の屋敷も見張らせます」
リーゼルはエルミラ皇女と一緒にいることが多く、全く露出していないわけではないが、ハインリッヒらが顔を知っている可能性は低い。陽が落ちる直前の明るさなら、女騎士がメイドと一緒にいれば、偽物と気づかれる恐れはないだろう。
「承りました。ですが、貴族街で暴挙に出るのでしょうか? 実家がなくなっているとはいえ、リーゼル様に何かあれば、ジークフリート陛下はもちろん、ラウシェンバッハ家とエッフェンベルク家が黙っていないと考えるのではありませんか? そこまで愚かとは思えませんが」
「時間があればそう考えるでしょうね。ですが、このままでは家督を継ぐことはできず、侯爵になった兄から報復を受けると内心では怯えているはずです。最後の怒りは怯えの裏返しでしょう」
ハインリッヒはユスティンを妾腹と言って徹底的に貶めている。兄として敬うことはもちろん、一族としての扱いすらしていない。
そのことにユスティンは怒っていると聞く。
「寄り子たちがためらうのではありませんか? ユスティン卿が侯爵になっても寄り子に影響はないはずですから」
「その点も大丈夫です。明日くらいから、ユスティン卿はハインリッヒ殿を支持していた者を徹底的に排除するという噂が流れます。それを聞けば動かざるを得ませんから」
先々代の侯爵時代からメンゲヴァイン家の者たちは雰囲気に流される者が多かった。その結果、マルクトホーフェン侯爵家に後れを取り、権力を奪われている。その傾向は今も変わっておらず、自分で裏を取るようなことはないから噂で踊ってくれるはずだ。
「承知いたしました。私の部下と二人で対応いたします」
「すみません。本来の仕事ではないので申し訳ないです」
彼女の本来の任務は私と家族の護衛だ。
このような仕事は任務とは関係ないし、そもそも叡智の守護者が無償で派遣しているので申し訳ない気持ちになったのだ。
「エルミラ様の大切な方を守ることですので、我が組織の存在意義と合致していますから全く問題ありません」
叡智の守護者は管理者の復活のために作られた組織だ。管理者の最有力候補ジークフリート王とその婚約者エルミラ皇女の安全と精神的な安定は下部組織である闇の監視者の任務と言えなくもない。
「そう言っていただけると助かります」
数日後、ハインリッヒとその配下が動き、すぐに捕らえられたという情報が入った。
下に前作のリンクがあります。こちらもご興味があれば、よろしくお願いします。
また、地図や世界設定などを集めた設定集もありますので、興味のある方はご確認ください。
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