第二十一話「軍師、親友の結婚を利用する:前編」
統一暦一二一六年十二月十一日。
グライフトゥルム王国中部、王都シュヴェーレンブルク、ラウシェンバッハ伯爵邸。マティアス・フォン・ラウシェンバッハ伯爵
商人組合との打ち合わせも終わり、ようやく落ち着いてきた。
今日は週に一度の休日ということで、屋敷でのんびりと過ごしている。
のんびりと言っても三人の子供の相手をするため、寛いでばかりいるわけではないが、これまで子供たちとの時間がなかなか作れなかったことを考えると、これはこれでいいものだと思っている。
午後になり子供たちが昼寝のために子供部屋に向かった後、執事姿の影ユーダ・カーンがリビングに入ってきた。
「ラザファム様がお見えになりました。ヴァンデルフェラー伯爵令嬢もご一緒です。ご相談があるとのことです」
リヒトロット皇国の亡命貴族リーゼル・ヴァルデンフェラー伯爵令嬢が一緒ということに少し驚く。
「兄様がリーゼル殿と一緒に? 何の相談かしら」
一緒にソファに座っていたイリスが声を上げるが、何となく分かっているようだ。
「応接室に通してください」
子供の頃から入り浸っていたラザファムだけならここでもいいが、落ち着いた場所の方がいいだろうと思ったためだ。
ラザファムがリーゼルと共に応接室に入ってきた。
いつものような気さくさはなく、少し緊張している感じだ。隣にいるリーゼルも表情が硬い。
「相談があるんだが……」
「遂に決めたのね!」
はしゃぐイリスを無視して静かに確認する。
「リーゼル殿と身を固める気になったということかな?」
「そうだ……だが、父上を含め、まだ誰にも話していない。王国軍の司令長官であり、侯爵である私が自分の思いだけで決めていいものでもないことは分かっているからだ」
「そうだね。それで相談したいと言うのはリーゼル殿と結婚しても問題ないか、問題があるならどうしたらいいかということでいいかい?」
ラザファムは私の問いに小さく頷く。
「問題なんてないでしょ。陛下は認めてくださるでしょうし、お父様もお母様も反対なんてしないわ」
「そう言うことじゃないよ。君も分かっているんだろ」
そう言って妻を嗜める。
ラザファムはイリスがはしゃいでも真剣な表情を崩さない。
「リヒトロット皇国という国家がなくなった以上、ヴァルデンフェラー伯爵家は存在しない。国家の重鎮である私が亡国の貴族と結婚するというリスクがどの程度のものか教えてほしいんだ」
エッフェンベルク侯爵家は五大侯爵家の一つとなり、レベンスブルク侯爵家、ケッセルシュラガー侯爵家と並ぶ王国屈指の有力貴族だ。その侯爵が政治的な思惑を抜きに結婚などできない。
ちなみにメンゲヴァイン侯爵家とクラース侯爵家も残っているが、どちらも大きく力を落としている。特にクラース侯爵家はマルクトホーフェン侯爵派であったため、降爵こそされていないが、子爵家並みにまで領地を大きく削られていた。
「分かったよ。まずリスクだけど、それほど大きなものはないと思っている。イリスが言った通り、国王陛下はエルミラ殿下とご結婚されるから間違いなく賛成される。それに現在の王国貴族でエッフェンベルク侯爵家に匹敵する力を持つ家はケッセルシュラガー家とうちくらいだ。いずれも反対する理由がないから政治的には大きな問題にはならない」
私の言葉にラザファムとリーゼルは安堵の表情を見せる。
「問題があるとすれば、君の後妻に自らの娘を送り込もうとしていた家だろうね。君の王国での地位は武の頂点であり、宰相に匹敵する。縁戚になれれば、これほど心強いことはないし、家の発展にも繋がるからね」
「そうなると、私ではなく、リーゼに対して何らかの動きがあるということか」
「そうだね。リーゼル殿には後ろ盾となる実家がない。それに王国の宮廷内で明確に味方と言えるのはエルミラ殿下だけだ。その殿下は大人しい方だと認識されている。つまり、宮廷内にリーゼル殿の味方はいないと考え、エッフェンベルク侯爵家のためにならないとか何とか言って邪魔をしてくる可能性はあるね」
そこでラザファムは顔を歪める。
「面倒な話だな」
「そうだね。でも、現在君の跡を継げるのはフェリックス君だけだ。まだ九歳だから何があるか分からない。それに君も戦場に立つことが多い。上手くいけば、君の次の代にエッフェンベルク家を牛耳ることができると考える人がいてもおかしくはないね」
「そんなことは私が認めないわ」
イリスが憤懣やるかたないという表情を浮かべている。
「私も同じ気持ちだよ。だけど、そんな都合のよいことを考える人は必ずいるからね」
そこでラザファムが私に聞いてきた。
「そこまで言うということはそれらしき人物がいるということか?」
「ああ。一番やりそうなのはメンゲヴァイン侯爵家の次男ハインリッヒ殿だね。前侯爵の三女ナスターシャ殿は現在十七歳。一年半前に前侯爵がアラベラ王妃に殺されたこともあって嫁ぎ先が決まっていない」
宰相であったオットー・フォン・メンゲヴァイン前侯爵は昨年の五月に第二王妃アラベラに殺された。その後、マルクトホーフェン侯爵派を排除したが、メンゲヴァイン侯爵家では相続を巡って長男ユスティンと次男ハインリッヒが争っており、未だに決着していない。
長男が次の侯爵に決まらなかったのは妾腹の出だからだ。ハインリッヒは正妻である前侯爵夫人と一緒にユスティンの相続手続きは無効だと訴え出ているが、戦争が続いていたことから放置されている。実際にはメンゲヴァイン侯爵家の力を削ぐために混乱を長引かせていたのだ。
そのハインリッヒの同母妹ナスターシャは十五歳の時に父オットーが暗殺されたことと当主が決まらない状況ということで、結婚の話が来なかった。その妹をハインリッヒは利用しようと考えている節がある。
「確かにハインリッヒ殿からそれとなく話はあったが、それどころではなかったからな」
彼にも思い当たる節があったようだ。
「メンゲヴァイン家は名門だ。亡国の伯爵令嬢よりエッフェンベルク家に相応しいと言っているようだね」
メンゲヴァイン家はマルクトホーフェン家やケッセルシュラガー家ほど大きくはないが、王都のすぐ西に領地があるということで王家との関係が深く、何人も宰相を輩出している。
「どうすればいい?」
「私に任せてくれないか。悪いようにはしないから」
そこでラザファムは表情を緩めた。隣に座るリーゼルも安堵の表情を見せる。
「君が関わってくれるなら安心だ」
「そうですわね」
そこでイリスが話に加わってきた。
「兄様の結婚を利用してメンゲヴァイン家の力を削ぐつもりなの?」
「そうだよ。ハインリッヒ殿を支持する寄り子や家臣は多いけど、ユスティン殿を支持する者はほとんどいない。ハインリッヒ殿と一緒に無能な寄り子たちを排除できれば、財力も武力もあまりないメンゲヴァイン家は力を失うから」
私の言葉にラザファムが頷く。
「君が利用できると考えるなら遠慮なく利用してくれ。その方が王国のためになる」
「それもあるけど、後から同じようなことが起きることを防ぐ意味もあるんだ。親友の幸せを邪魔するなら私が相手になると宣言することになるからね」
「何をするつもりかは聞かないが、それなら安心だ。マティを相手にしたいと思う者がこの国にいるとは思えないからな」
そこで話題を変えた。
「ところでいつ決めたんだ? 軍制改革と出征で会っている時間なんてほとんどなかったと思ったんだが」
そこでイリスが笑いながら話し始めた。
「千里眼のマティアスでも気づかなかったなんて。リーゼル殿、これは凄いことよ」
私が首を傾げていると、リーゼルが話し始めた。
「私がエッフェンベルク家に押し掛けたからです。フェリックス君が寂しがっていたので……」
ラザファムは五年半ほど前、最愛の妻シルヴィアを病で失い、その失意の隙を突かれて失脚した。それを機に思い出が多い王都を離れ、辺境のネーベルタール城の城代となった。その際、長男であるフェリックスも連れていっている。
リーゼルは四年前に皇国が滅びた後、エルミラ皇女と共にネーベルタール城に匿われていた。五歳だったフェリックスは母を失った悲しみを抱えていたが、リーゼルが献身的に世話をしたことから、母親のように慕うようになったらしい。
その後、王都に戻ってきたが、ラザファムは軍制改革や戦争で忙しく、エッフェンベルク家の屋敷にいることが少なかった。そのため、フェリックスはリーゼルが屋敷を訪れることを喜んだ。元々ラザファムもリーゼルに好意を持っており、息子が慕っているならと求婚したらしい。
「イリス殿のお陰です。できるだけエッフェンベルク邸に顔を出すようにと助言してくださったので」
「見ていて歯痒かったのよ。兄様もリーゼル殿も好意を持っているのになかなか一緒にならないんだもの。エルミラ様と一緒に何とかしなくてはと思っていたんだから」
どうやらエルミラ皇女と妻がキューピット役だったらしい。
その後、父たちも交じり、二人を祝福した。
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