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新グライフトゥルム戦記~運命の王子と王国の守護者たち~  作者: 愛山 雄町
第九章:「暗闘編」

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第十八話「軍師、対帝国経済戦略について協議する:後編」

 統一暦一二一六年十二月三日。

 グライフトゥルム王国中部、王都シュヴェーレンブルク、ラウシェンバッハ伯爵邸。フレディ・モーリス


 マティアス様、イリス様、父と私の四人での話し合いが続いている。

 ザフィーア湖とグリューン河を結ぶという事業についてマティアス様は失敗すると見ておられるが、イリス様を含め、私たちは納得できなかった。


「まず帝国軍が主体になれば、兵士たちに不満が溜まる。そう考えると、場所的に労働者は旧皇国領の人たちが主体になるだろうね。彼らが積極的に協力するとは思えないし、旧皇国軍の非正規部隊も邪魔をするだろう。それに資金の問題もある……」


 そこでマティアス様はメモ用紙に数字を記入していく。


「例えば年間十万人を投入する場合、労働者の人件費を二万帝国マルク(日本円で百万円)と考えても、毎年二十億帝国マルク(日本円で一千億円)も必要だ。これに警備と補給のために軍を動かし、諸々の資材を用意すれば、三十億マルクで収まればいいほうだろう。つまり帝国の軍事予算と同じ国家予算の二割に当たるんだ。シュッツェハーゲン王国への侵攻を考えている皇帝が、これだけの予算を認めるとは思えないね」


 イリス様は少し考えた後、頷かれた。


「そうね。その金額なら皇帝も認めないと思う。でも、まずはシュッツェハーゲン王国を併合してから運河の建設を考えるということもあり得るのではなくて? 何といっても国内の移動が格段に楽になるのだから」


「それはあるかもしれないけど、シュッツェハーゲン王国が併合されたとしてもすぐに安定することはないんだ。帝国軍をシュッツェハーゲンに派遣すれば、工事の予算を捻出することは難しいと思う」


「それはそうね。あなたがそれを許すはずがないから」


 イリス様と同じく私たちも納得した。


「経済振興策も絵に描いた餅だよ。商務府に企業支援局を作っても役人たちに融資の判断なんてできないだろう。無駄に金をばらまいて失敗するのは目に見えている。ニーズの掘り起こしなんて言われても役人たちは頭を抱えるだけだろうね。まして人材育成なんて無理に決まっている。それができるくらいなら、内務府や財務府で人材不足なんて起きないんだからね」


「それは分かるけど、帝国にまともな文官が出てきたら、このアイデアを使おうとするはずよ」


 イリス様のご懸念は理解できる。私も同じことを考えたからだ。

 父も懸念を口にした。


「低利の融資制度は王国の商務省で行う政策にもあったはずです。役人に判断できなくとも王国の真似をして融資を乱発すれば、運よくやる気のある者に当たり、優秀な商人を育てることになるかもしれません。それでもよろしいのでしょうか?」


「構いませんよ。というより、一つか二つは短期間で成功するように誘導するつもりです。そうすれば、カーフェンの手柄になりますので。それに共和国やシュッツェハーゲン王国でも実施すべきという意見が出るようになってくれればいいですね」


 マティアス様は皇帝へのアピールだけでなく、同盟国への導入まで考えておられた。


「それに軌道に乗り始めたところで、融資額の大きな案件を失敗に導くつもりです。そうすれば、帝国財政に大きな穴を開けられますから。もっともカーフェンに任せておけば、勝手に失敗してくれそうですけど」


 マティアス様はそう言って笑われた。


「分かりました。カーフェンらに積極策を進めさせ、私の方ではそれに懸念を示しつつ、協力の意思を見せましょう。そうすれば、酒造事業を手に入れても警戒はされないでしょうから」


 父の言葉にマティアス様が大きく頷かれる。


「そう言っていただけると助かります。帝国への戦略については以上ですが、明日の商人組合(ヘンドラーツンフト)との打ち合わせについて話したいと思います」


 本日、この屋敷を訪れたのは明日の商務省と組合の協議のために王都を訪問したついでということになっている。


「明日の協議では父から来年以降行う予定の商務省の政策について説明し、組合(ツンフト)の意見を聞くことになっています。一応事前に政策の概要は渡していますが、組合所属の商人たちの反応はいかがでしょうか」


 マティアス様のお父上、リヒャルト様は商務省を率いる商務卿だ。その商務卿の名で組合長宛てに商務省の政策概要という文書が送られてきた。

 その文書には組合所属の商人たちに開示し、意見を集約しておいてほしいとあった。


「概ね好意的な意見でした。特に関税と港湾使用料の引き下げは全員が喜んでおります。街道整備の話も賛成なのですが、現在保有している馬車が規格に合うのか不安を持っている者もいました。一番の不安は王国政府との取引での談合と役人の買収の禁止ですね。我々は商売に関して常に情報収集を行っています。その行為のどこまでが認められるのか、不安に思っている者が多いようです」


 商務省の政策には先ほど話が出た低利の融資制度の他に、関税や港湾使用料の引き下げ、街道の整備と荷馬車の車輪の規格統一、新規参入者に対する妨害行為の禁止などがある。


 ほとんどの政策が現在の商習慣に大きな変化を与えない現実的なものなので歓迎しているが、“政府との取引での談合と役人への買収の禁止”という項目に反対すべきという意見が多かった。


「馬車については改造費用の補助もありますから、それを利用してもらいましょう。談合と買収の禁止についても基準を明確にしますし、完全導入までの移行期間を設けるつもりですので、その旨を説明しましょう」


「ありがとうございます。他にも気になっていることがございます」


「何でしょうか?」


「貴国の経済戦略会議に商人組合(ヘンドラーツンフト)からも人を出してほしいという点です。文書ではその会議は貴国の経済戦略を決める重要なものであり、国王陛下や宰相閣下もご出席されるとありました。そのような重要な会議に平民である商人が出席してもよいのか、発言して罪に問われることはないのかと不安に思っている者がおりました」


 不安に思っているのは組合長であるインゴ・ヘンケル氏だ。

 ヘンケル氏のヘンケル商会は二十年ほど前まではグロック商会、ニールマン商会と共に三大商会と呼ばれていたほどで、現在も我がモーリス商会に続く第二位の売り上げを誇る。


「経済戦略会議ではオブザーバーとして参加いただくつもりです。故意に情報を漏洩させたり、敵対国の謀略に加担したりしなければ、罰せられるようなことはありません。これについても私から説明しておきましょう」


 私は疑問に思っていたことを聞いてみた。


「そもそもの話ですが、商人組合をそのような会議に出席させてもよろしいのですか? マティアス様は商人が政治に関与することを嫌っておられたと記憶していますが」


「一企業が政治に口を出すことは今でも嫌いだよ。でも商人組合は商人たちの互助組織だ。商人たちが商売をやりやすくするために政治に意見を言うことは悪いことじゃない。もちろん、組合だけが便益を享受できるような意見は認めないけどね」


「つまり、実際に商売をしている者の代表として出席し、意見を出してほしいということでしょうか」


「そうだね。私を含めて商売に縁がない者ばかりでは机上の空論になる可能性がある。実際に商売をしている人の意見は参考にしたいから」


 マティアス様がお作りになる案が机上の空論であるはずはないが、生の意見を聞き、参考にしたいということは理解できた。


「もう一つ気になっていることがございます。財務府に従業員を出向させることと財務府や商務府、工務府からの出向者を受け入れてほしいという点です。特に財務府では出向した商人が各領地から出てきた政策を審査するとありました。我々にそのようなことができるとは思えないのですが」


 父の疑問にマティアス様は苦笑している。


「やっぱり誤解を招きましたか。私としては難しいことを頼むつもりはありません。各領から出てくる事業計画の数字に間違いがないか、現実的なものかを見ていただくつもりですが、事業の必要性や優先度は当然国の方で審査します」


「我々が見積もりを審査する時と同じく、計算が合っているか、前提となる数字におかしな点がないかを確認する程度ということでしょうか?」


「その通りです。もちろん、商人の視点でおかしな点があれば指摘していただきたいですが、そこまで求めるつもりはありません」


「しかし、よろしいのですか? そのような重要な書類を役人でもない商人に見せては情報の漏洩に繋がると思いますが」


「もちろん守秘義務を課しますよ。ただ、この提案は商人側にもメリットがあると思っています。国や地方の政策に直接触れれば、出向終了後の商売に大きく生かせるはずですから」


 その点は私も同じ考えだ。

 酒造産業復活計画の際、マティアス様にラウシェンバッハ領の資料を見せていただいたが、どのような視点で考えているかが分かり、その経験は他にも生かせている。


「基本的には父が対応するはずですが、私と妻も参加します。ライナルトさんとフレディに話を振るかもしれませんが、その時はよろしくお願いしますね」


 どのような話が振られるのかは分からないが、明日が楽しみになった。


下に前作のリンクがあります。こちらもご興味があれば、よろしくお願いします。

また、地図や世界設定などを集めた設定集もありますので、興味のある方はご確認ください。


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