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第八話「軍師、西の危機を知る」

 統一暦一二一五年四月二十八日。

 グランツフート共和国西部ズィークホーフ城。マティアス・フォン・ラウシェンバッハ子爵


 グライフトゥルム王国とグランツフート共和国の連合軍はレヒト法国の東方教会領と西方教会領の連合軍との戦闘に備え、順調に準備を進めていた。


 法国軍の動きを探るため、叡智の守護者(ヴァイスヴァッヘ)の情報分析室に属する(シャッテン)を西に派遣し、今のところ予定通り五月一日に国境に到着するという報告を受けている。


(マルシャルク団長は恐ろしいほど優秀な企画者だな。これまで二万の兵ですら満足に補給を行えなかった東方教会領軍が計画通りに動いている。それも自身がいない遠方で、六万五千という膨大な数の兵士に対してだ。補給計画書を見たいものだ……)


 一連の作戦を考え、実行させたニコラウス・マルシャルク白狼騎士団長の優秀さを改めて感じていた。


 ジークフリート王子だが、私と共に準備に参加し、共和国軍の将兵たちに認知されつつある。今のところ、王子という高い身分にしては腰が低く、真面目な若者という印象が強いようだが、総司令官のゲルハルト・ケンプフェルト元帥を始め、好意的な目で見る者が多い。


 そんな中、情報分析室からある情報が届いた。


「去る四月二十一日、ヴェストエッケが北方教会領軍の夜襲を受け陥落しました。長距離通信の魔導具を回収したため、その後の情報は入っておりませんが、守備兵団はほとんど抵抗することなく降伏した模様です。通信の魔導具を始め、機密文書は回収し、継続して情報収集に当たる(シャッテン)三名を除き、情報分析室関係者の撤収は完了しております」


「対応ありがとうございました。では引き続き、情報収集をお願いします。特にケッセルシュラガー侯爵軍の動向は注視しておいてください」


 ケッセルシュラガー侯爵には遅滞行動を頼んでいるが、若い侯爵が逸る可能性がある。その場合、王国の西側を完全に奪われることになるので、注意が必要だった。

 その後、更に情報が入ってきた。


「四月十七日、国王陛下は王国騎士団七千、貴族領軍五千と共にヴェストエッケ奪還に向けて出陣されました。これで先行した王国騎士団一万を合わせれば、二万二千となります」


 北方教会領軍がヴェストエッケに向けて出陣したという情報を受け、王都から奪還のための軍を派遣することが決まっていた。


 国王フォルクマーク十世が出陣し、王国として不退転の意思を見せているが、北方教会領軍三万五千はヴェストエッケでほとんど抵抗を受けなかったため、損害は軽微だろう。そうなると、王国軍は戦力的に大きく劣り、勝利の可能性は限りなく低い。


「分かりました。王都のマルクトホーフェン侯爵の動向に注意してください。特に外部との接触があれば、すぐに連絡をいただきたいと思います。それとこれから言う場所に連絡をお願いします……」


 そう言ってすぐに手紙を複数書き、それを届けてもらうよう依頼する。


「承りました」


 そう言って(シャッテン)は立ち去った。


「マルクトホーフェンが行動を起こすと考えているの?」


 イリスが聞いてきた。

 彼女も王国軍が敗れると思っているのか、勝敗の見込みについては聞いてこなかった。


「わざわざ陛下を出陣させたんだ。何も企んでいないわけがない。最悪の場合、王都を占領し、貴族たちを人質に取って、グレゴリウス殿下の即位を強行する可能性すらある。それを防ぐことは難しいけど、予め手を打っておけば、後で楽になるからね」


「そうね。どうせこっちが片付かないと王国には戻れないんだから、情報収集と事前にできることをするだけで充分だわ」


 彼女の言う通り、千キロメートル以上離れた場所にいるのだから、焦っても仕方がない。

 これらの情報についてはラザファムたちには共有しているが、末端の兵士には伝えていない。


 ラウシェンバッハ騎士団とエッフェンベルク騎士団は精鋭ではあるが、兵士たちに動揺が起きれば、作戦の失敗に繋がりかねないためだ。


 翌日の午前中に、レヒト法国軍の斥候隊の騎兵十騎が近づいてきたという報告が入る。

 事前に二十キロメートル西に通信兵と共に監視部隊を派遣しており、そこからの報告だった。


 すぐにゲルハルト・ケンプフェルト元帥に連絡し、ランダル河で作業していた共和国軍の兵士を隠してもらう。


 こうしておけば、斥候隊は共和国軍が到着していることに気づかず、監視部隊の駐屯地を調べるだけで戻っていくからだ。


 私の予想通り、斥候隊は駐屯地を確認した後、ランダル河の川岸まで見にきただけで、そのまま西に走り去った。


■■■


 統一暦一二一五年四月二十八日。

 レヒト法国東方教会領東部クルッツェン。エリク・ブロイッヒ十竜長


 昨日、東部の町クルッツェンに到着した。

 ここまでは何も問題は起きなかったが、駐屯する守備隊から国境を監視する部隊から連絡が途絶えたという情報が入ってきた。


 上官から調査隊を送り込むと聞き、俺は即座に手を上げた。

 今回の侵攻作戦では六万五千という大軍を投入するから、少しでも目立っておかないと今後の出世に響くと思ったからだ。


「ブロイッヒか……貴様はまだ二十歳になったばかりだったな。今回の目的は理解しているのか?」


 千人の部隊を預かる千竜長は俺が手を上げたのを見て、僅かに顔を歪めている。

 俺が若すぎると不安に思っているようだ。


「もちろんです。監視隊との連絡が途絶したということは国境で異常があったということです。考えられるのは共和国軍が先手を打ってこちらに奇襲を仕掛けてくること。そのためにまず目である監視隊を排除したと考えれば、敵がどこにいるのかを探ることも任務の目的だと考えています」


 俺の答えに千竜長は少し考えた後、大きく頷いた。


「いいだろう。貴様の隊は馬の扱いも上手い。敵の先遣隊に見つかったとしても逃げ切れるはずだ。ブロイッヒ十竜長、先行して国境監視部隊の駐屯地を調査せよ」


「了解しました! 直ちに出発します!」


 それから部下九名を引き連れ、西公路を東に進んでいく。

 クルッツェンからランダル河西岸までは約五十キロメートル。替え馬も用意して今日中に到着するように馬の脚を速める。


 馬に無理をさせるが、替え馬があれば、途中で敵の先遣隊に見つかっても逃げ切れるし、今日中に到着できれば、明日の朝いちばんに出発し、昼頃には報告できるからだ。


 馬を進めるが、街道に懸念していた敵先行部隊の気配は全くなかった。

 午後四時頃に駐屯地近くに到着するが、遠目に見ても建物に異常はない。


「人の気配がありませんね。それに馬もいません」


 駐屯地の周囲を確認してきた部下の一人がそう報告してきた。


「確かにそうだな……」


 五名の部下に駐屯地内の調査を命じた。

 部下たちは慎重に近づいていくが、特に何も起きない。そのまま駐屯地に入り、三十分ほど調査した後、戻ってきた。


「誰もいません。ちょっと前まで人がいたのか、竈には夕食用の鍋が掛けられていました。馬小屋も馬がいた感じでした」


 ちょっと前まで人がいたという報告に困惑する。


「争ったような跡はなかったか? 血糊が残っているとか、多くの足跡が残っていたとか」


「言われていたので最初に確認しましたが、全くありませんでした」


 その話を聞き、自分の目で確認に行く。

 慎重に調べていくが、部下の報告の通りだった。


(何が起きたんだ? 全員が煙になって消えたみたいだが……)


 不思議に思ったが、共和国軍が奇襲を仕掛けてきた可能性を考え、ランダル河まで足を延ばす。

 駐屯地からは二キロメートルほどしかなく、すぐに川岸に着くが、対岸にはズィークホーフ城があるだけで、人の気配はない。


(共和国軍が来たわけじゃないのか? ズィークホーフ城の炊煙も特別多いわけじゃなさそうだ……)


 対岸から調べるが、異常は発見できなかった。そのため、渡河して共和国側に入ろうとしたが、川に入ったところで敵の監視部隊が出てきたため、慌てて引き返す。

 敵も川を渡ってまで追撃する気はないようで、川岸でこちらを見ていた。


「すぐに本隊に戻るぞ!」


 部下から驚きの声が上がる。


「今からですか! 夜の移動になりますよ」


「分かっている。だが、早急にこの情報を騎士団長閣下に報告しなくてはならない」


 それから強行軍で西に戻っていく。

 途中で馬を休めるために何度か休憩を入れたが、翌朝に行軍を開始する直前の本隊に帰還できた。


 すぐに上官である千竜長に報告する。

 見たことをできるだけ客観的に説明した。


「……以上が報告になります。不審な点が多いため、フルスト団長閣下に直接報告すべきと愚考いたします!」


 千竜長は訝しげな表情で聞いていたが、俺の提案に頷く。


「現地を見た者が直接報告した方がよかろう」


 団長閣下に直接説明する機会が与えられ、俺は手を上げてよかったと思っていた。

 フルスト閣下は朝食を終え、装備を整えているところだった。

 千竜長が概要を報告した後、俺が更に細かく報告するが、閣下は顔をしかめている。


「何が起きているのかさっぱり分からん。人や馬が忽然と消えることなどなかろう。共和国の連中に襲撃を受けて全滅したのではないのか?」


 俺の調査の仕方が悪いと思っているようだ。


「その点については私も注意深く確認しました。ですが、宿舎の中に戦闘の痕跡は全くなく、街道や周囲の草原に大軍が動いたような足跡もありませんでした。ズィークホーフ城も確認しましたが、異常は見られませんでした」


「信じられんな……まあいい。少なくとも監視部隊が全滅したことは分かった。本隊に戻っていいぞ」


 せっかく手を上げて強行軍で調査したが、団長閣下の印象をよくすることはできなかったようだ。

 残念だが、仕方がないと諦めることにした。


下に前作のリンクがあります。こちらもご興味があれば、よろしくお願いします。

また、地図や世界設定などを集めた設定集もありますので、興味のある方はご確認ください。


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