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新グライフトゥルム戦記~運命の王子と王国の守護者たち~  作者: 愛山 雄町
第九章:「暗闘編」

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第十六話「軍師、対帝国経済戦略について協議する:前編」

 統一暦一二一六年十二月三日。

 グライフトゥルム王国中部、王都シュヴェーレンブルク、ラウシェンバッハ伯爵邸。マティアス・フォン・ラウシェンバッハ伯爵


 長距離通信の魔導具によって、帝都ヘルシャーホルストから最新の情報が入った。

 皇帝が補佐官ある三名の若手官僚をそれぞれ要職に就けることを決めたという情報だ。


「情報を操作するまでもなかったわね。皇帝もずいぶん焦っているみたいね」


 妻のイリスがそう言って笑う。


「ネーアーさんの工作が見事に嵌まったみたいだね。私の漠然とした案を上手く形にしてくれたよ」


 モーリス商会のヨルグ・ネーアー支店長にいろいろな策を提案していた。

 特にグラオザント方面に帝国軍が侵攻すると決まった後は、皇帝が帝都に戻って行うであろう式典について準備を行うようにお願いしている。


 勝っても負けても戦勝式典は行われるだろうし、その目的は皇帝の支持率アップであることは分かっている。皇帝が気に入るような策を提案し、それを三人に実行させたのだ。


 ネーアーは苦労したようだが、それが皇帝の目に留まり、帝都に赴任してから僅か半年で若手三人はそれぞれ昇格することになったのだ。


「三人に対するネガティブな情報操作だけど、これは続けるよ。皇帝の耳に入れば、より三人を信任するだろうから」


「それがいいわ。あなたが悔しがっていると思ってくれれば、この後の策にもいい方向に働くでしょうから」


 彼女の言う通り、本日帝国に対する謀略を話し合うため、モーリス商会の商会長ライナルトと長男のフレディと協議を行う。


 二人は明日行われる商務省と商人組合(ヘンドラーツンフト)との会合に出席するため、王都に来ているためだ。


 午後三時頃、ライナルトたちが屋敷にやってきた。

 訪問の名目は対帝国戦の勝利と勲功第一位に対する祝福で、昼過ぎから商人組合の役員たちが次々と屋敷を訪れており、その中の一人という位置づけだ。


「戦場でのご活躍、そして無事なご帰還、おめでとうございます」


「ありがとうございます。今回は何とか上手くいきました」


 挨拶を交わし、互いの近況を話し合った後、本題に入る。


「帝国から追加融資の話が来ていると思いますが、そのことについて相談したいことがあります」


 予想していたのか、ライナルトとフレディは同時に頷いた。


「貴商会の資金に余裕があるようでしたら、受けていただきたいと思っています。いかがでしょうか?」


 現在、帝国は総額百二十億帝国マルク、日本円に換算すると六千億円にも及ぶ債務を抱えている。これは帝国の国家予算の八割に相当する。


 そして、そのほとんどをモーリス商会が出していた。

 世界一の大商会とはいえ、これほどの融資を行っていることは大きなリスクだ。


「我が商会としては全く問題ございません。ですが、よろしいのですか? ここで融資を止めれば、帝国財政は一気に悪化します。帝国軍は動けなくなるどころか、縮小せざるを得ない状況に追い込めますが」


 現在、一年間に十億マルクほどが償還されており、ここ数年はその穴埋めを含めて毎年十億マルク程度借入金が増加している。


 昨年の帝国の軍事予算は約三十億マルク。融資を止めれば、軍事予算の三分の二に当たる二十億マルクが不足する計算だ。


 軍事費だけを削るわけではないが、大規模な軍事作戦はもちろん、軍団の移動すらままならず、ライナルトが言うように軍縮も余儀なくされるはずだ。


「ここで融資を止めれば、貴商会が疑われます。勝利の後になぜ融資を止めるのだと。最悪の場合、貴商会の帝国内の資産を没収することになるでしょう」


「それは構いません。我が商会の帝国内の資産は額面上、総資産の五割程度ですが、帝国マルクは帝国内でしか使えませんから帝国から全面撤退するのであれば、失ったとしても商売に影響はほとんど出ません。それに現在の融資の原資はこれまでの金利で得たものがほとんどです。それ以外でも帝国からは十分な利益を得ていますから、トータルで見れば十分に元は取っています」


 帝国マルクの現在の価値は国際通貨である組合(ツンフト)マルクの半分程度だが、実際には交換することができないため、帝国内限定の通貨だ。


 また、低利といっても年利十パーセントであり、二十年も続ければその利子だけでも膨大な金額になる。


 それだけではなく、南部鉱山の希少金属の採掘権も有しており、そこで得られた金属を帝国外に持ち出すことで十分な利益を得ていた。


「融資を続けていただきたい理由は他にもあります。融資を断られた帝国が貴商会の財産を没収したとしても、すぐに緊縮財政に移行するでしょう。そうしなければ保有資産と税収だけではすぐに資金が尽きてしまうからです。財政の収支バランスを取るということは健全化することを意味します。私としては帝国財政の傷口をもっと広げ、緊縮財政程度では財政が健全にならないところまで追い込みたいと思っています」


 そこでイリスが話に加わった。


「金遣いを荒くして豊かになったように思わせる。一度豊かになったら、貧しい状態には戻れないから、借金を重ねるしかなくなる。それを国レベルで狙っているのよ」


 彼女の直截的な言い方にライナルトは笑みを浮かべて頷いた。


「なるほど。その点は理解いたしました」


「その上でお願いですが、単に引き受けるのではなく、帝国の財政に不安があることを訴え、渋々引き受けたという印象を与えてください。実際、ライナルトさんほどの大商人なら帝国財政に不安を持ってもおかしくはありませんから違和感はないでしょう」


「そうですね。マティアス様に協力するという理由がなくなれば、帝国に投資しようとは思いません。渋々引き受けた後ですが、それと引き換えに何を得ればよいのでしょうか?」


 付き合いが長いから、私のことをよく分かっていると笑みが浮かぶ。


「帝国の富を更に流出させるための下準備です。まずはグリューン河流域で行っている酒造産業復活事業を担保とし、帝国が投資を終えた段階で借金の代わりに奪い取ります」


「担保とした上で回収ですか……既に帝国はこの事業に十四億帝国マルクほど投資しています。私が担保として要求すれば、将来奪われる可能性が高いと考えるでしょう。皇帝が追加の資金を投入しない決断をするのではありませんか?」


 元々の計画では一二一四年から三ヶ年で二十億帝国マルクを投資させた上、十年ほどかけて失敗させるつもりだった。

 そのため疑問に思ったのだろう。


「ここまで投資して途中でやめることは失敗を認めたことになりますから、皇帝がその決断をすることはありません」


「あのベトルンケン(酔っ払い)元帥がやめさせないわ」


 妻の言葉にライナルトは頷いたが、更なる懸念を伝えてきた。


「そうなると担保を認めない可能性も考えられますが」


「帝国に提出した計画案、つまり非常に楽観的な計画でも資金の回収が始まるのは五年後以降で、回収し終えるのは十五年以上先です。つまり、すぐに金にはならないので、担保としてなら認めるはずです。もっとも実際には順調にいっても三十年以上掛かるのですが」


 計画書では単年度黒字は投資が終わった五年後、累積損失解消、すなわち資金の回収完了は事業開始から十五年後としている。しかし、帝国経済は悪化の一途を辿るから、このままでは資金の回収に三十年以上掛かるはずだ。


 このことはライナルトもフレディも分かっており小さく頷いている。


「それに貴商会からの融資が受けられなければ計画は失敗し、資金の回収はできませんし、無理に続けても帝国財政が破綻すれば、結局手放すことになります。それならば貴商会の心証を良くして更なる融資を得る方が有効だと考えるでしょう」


「確かにその通りですが、そもそもあの事業は長期的に失敗するように計画していたはずです。事業としての価値はあるのでしょうか?」


 その言葉に「あります」と断言する。


「失敗する大きな要因は総督府の横槍です。事業のことを知らない役人に口を出させ、失敗させる。それによって旧リヒトロット皇国領の民衆の対帝国感情を悪化させるつもりでしたが、貴商会が手に入れた後は、帝国に干渉させません。これによって失敗の可能性は一気に下がります」


「なるほど」


「更に事業が本格化する前に本事業に係る税の優遇措置などを約束させます。こうすることで帝国政府が収入を得る手段を縮小することができますし、帝国資本でないなら我が国や共和国に売ることも可能ですので充分な収益が見込めるはずです。それに収益性が上がるように輸入関税での優遇など、我が国も配慮するつもりです」


 元々の計画では大消費地である帝都での需要を見込んでいるが、景気後退で需要の増加は見込めない。


 しかし、モーリス商会の傘下であり、更に帝国の利益になりにくいのであれば、私が説得すれば我が国やグランツフート共和国で流通させることは充分に可能だ。


「販路が帝都だけではすぐに頭打ちになるでしょうが、王国と共和国に売れるのであれば、収益見通しを上方修正できますね」


 フレディがそう言って頷いている。


「それに事業に協力した我が領の職人たちを通じ、旧皇国民の親王国感情を高め、グリューン河流域での帝国の支配を遅らせることができます。ですので、この事業は充分に価値があるのです」


「収益はもちろん収益以外も考慮して価値があると」


 ライナルトの言葉に大きく頷く。


「その通りです」


「問題はどうやって帝国に認めさせるかですね。皇帝もペテルセン元帥も経済に強いわけではありませんが、愚かではありません。我が商会が今おっしゃった方向で話を持っていけば必ず疑います」


「その点についても考えてあります」


 そう言った後、具体的な方策について説明を始めた。


下に前作のリンクがあります。こちらもご興味があれば、よろしくお願いします。

また、地図や世界設定などを集めた設定集もありますので、興味のある方はご確認ください。


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