第十五話「皇帝、若手官僚を抜擢する」
統一暦一二一六年十二月一日。
ゾルダート帝国、帝都ヘルシャーホルスト、白狼宮。皇帝マクシミリアン
本日、グラオザント会戦の戦勝式典が行われた。
帝都の外にある駐屯地では第一軍団を除く三つの軍団九万弱の兵士だけでなく、数万の帝都民が参加した大規模なものだ。
この式典は経済官僚であるハンス・ゲルト・カーフェンが企画したものだ。
余もエーデルシュタインから式典の準備を行うよう軍務府に命じていたが、それを待つことなくモーリス商会に接触し、具体的なプログラムの策定だけでなく、祝勝会の準備まで行っていた。
独断専行ではあるが、皇帝補佐官として余が行うであろうことを想定し、ごく短期間で完璧な準備を行ったことは称賛に値する。
また、財務官僚のコンラート・ランゲは式典に掛かる費用について、帝都の商人や民から寄付を募ることで国庫からの支出を抑えている。
その方法だが、商務府の設立を余が考えているという情報を積極的に流し、ここで余の心象をよくしておけば、商人に有利な形に持っていけると思わせたらしい。
その際に各地区の顔役と呼ばれる有力者と関係が深い法務官僚のヨハン・ベーベルを使い、寄付が多い地区には恩恵があると思わせることで、商人以外からも寄付を集めている。
その恩恵とは余が直接声を掛けるというもので、これに関しては一マルクも掛かっておらず、その手腕にヨーゼフ・ペテルセン元帥と共に感心していた。
「なかなか使えますな。あの三人を見出しただけでもダニエル・モーリスが有能であることが分かります」
ペテルセンが白ワインを飲みながら満足そうに話している。ダニエルが有能ということは現在行われているグリューン河流域での酒造産業復活も成功するということだから満足なのだろう。
「卿が見てもあの三人は使えるということか」
「そうですな。少なくとも現在の尚書たちより使えます。彼らのお陰で式典に掛かった費用は当初の三分の一以下で済んでいますし、演出などを含め、陛下のご期待に沿っているのですから」
「確かにそうだな。カーフェンはモーリス商会の使い方が上手い。祝勝会はモーリス商会が計画したものだろうが、十数万人が参加するイベントをあの若さで成功させたことは素直に称賛できる」
余の言葉にペテルセンが大きく頷く。
「そうですな。モーリス商会ならこちらからの要請があれば協力するでしょうが、積極的に協力させた手腕は瞠目に値します」
「うむ。ランゲも思っていた以上に考えが柔軟だ。余も商人から寄付を募るという方法は考えていなかったからな。それにカーフェンとランゲの二人が協力し合っている点も評価できる。ベーベルも二人に隠れているが、僅か半年で帝都に人脈を作っている。三人はあのシュテヒェルトを凌駕していると言えるだろう」
父コルネリウス二世を支えた内務尚書、ヴァルデマール・シュテヒェルトは優秀な文官だったが、彼でさえその手腕を発揮し始めたのは三十代になってからだ。二十代半ばの三人の有能さは抜きんでているということだ。
「そろそろ補佐官から上に引き上げた方がよいと思うが、卿の意見はどうだ?」
余の言葉にペテルセンが僅かに考え込む。
「まだ半年ですので本来ならもう少し様子を見るべきですが、彼らが優秀であるという情報が千里眼殿の耳に入ると厄介です。潰される前に一定以上の地位に引き上げておくのはよい考えかもしれませんな」
余と同じ懸念を抱いていたようだ。
「その通りだ。これまで優秀な文官を何人も潰されている。その轍を踏むことは避けねばならん」
明確な証拠はないが、これまで分かっているだけでも十人近い官僚が不可解な理由で解任されたり、辞任したりしている。
その者たちは優秀であったという者が多く、現在呼び戻そうと探しているが、消息が分からない者がほとんどだった。そのため、ラウシェンバッハの謀略だと確信していた。
幸い、奴も出征で手が回らないのが、今のところ三人の若手に食指を伸ばしてはいないようだが、当面は小競り合い程度しか起きないから、奴が自由に動けることになる。その前に三人を引き上げておきたいと考えたのだ。
「その通りですな。若さ故に積極的になりすぎる可能性はありますが、そこは陛下や私が見ておけばよいだけでしょう。それに万が一失敗するようなことがあっても、今より悪くなることはありますまい」
ペテルセンも同じ考えであり、余は三人を重職に就けることに決めた。
■■■
統一暦一二一六年十二月二日。
ゾルダート帝国、帝都ヘルシャーホルスト、モーリス商会帝都支店。ヨルグ・ネーアー支店長
皇帝が三人の若手官僚を重職に就けようとしているという噂が流れてきた。
経済官僚のハンス・ゲルト・カーフェンは新たに設立される商務府の次官に抜擢されるらしい。
(我が商会が全面的に実行したが、すべてカーフェンの指示に従ったことだと噂を流したことが効いたようだな。まあ、我々もマティアス様のご指示に従っただけだが、皇帝にしてみれば、戦いに勝ったのだと大々的に見せることができたのだから、評価してもおかしくはないか……)
帝国軍が出征した後、マティアス様からのご指示で祝勝会用の物資を手配していた。また、祝勝会の企画も我が商会とカジノを経営するガウス商会で行い、それに従って準備を行っている。
十月に入った頃、マティアス様から十一月下旬以降に皇帝が帰還するのでカーフェンを操れと直接ご指示があり、計画が実行された。
財務官僚のコンラート・ランゲも財務府の次官に内定している。
(商人から寄付を募る話は私が巧妙に誘導したんだが、帝都の商人たちの多くが我が商会の傘下に入っているから、誰が話を持っていっても確実に寄付を出しただろう……)
そこまで考えたところで苦笑が浮かぶ。
(彼にそのことを気づけるはずもないが、あれほど無邪気に自分の功績を誇るとは笑いを抑えるのに苦労したものだ。それよりもカーフェンに協力させる方が面倒だったな。プライドだけは高いから、こうした方が皇帝は評価すると言ってもなかなか言うことを聞かなかった……)
ちなみに多額の寄付を行ったが、祝勝会で使用した酒や食材は我が商会が用意したものであり、その費用分は回収しているから、それほど大きな損失が出たわけではなかった。
法務官僚のヨハン・ベーベルは内務府に新設される治安維持局の局長になることが決まった。
(まさか治安維持局のトップに据えられるとは思っていなかった。マティアス様の計画を知った時には、さすがにこれは無理だと思ったのだが……)
マティアス様は帝国内の治安維持に関わる組織を二つにする策を考えられた。これまで帝都の治安維持は内務府から情報を受けた帝国軍が警邏隊を出動させていたが、それを内務府自らが部隊を持ち、治安維持にあたるように提案させたのだ。
実際、内務府内にある諜報局と連携すれば対応は早いし、情報の管理も有利だ。
しかし、内務府が実働部隊を持ったとしても内務府の役人の方が軍人より能力は低いため、対応が後手に回ることは間違いない。
軍はこれまでの実績を盾に治安維持局に任せておけないと言い出すだろうし、治安維持局は自分たちの権限を侵すとして揉めることは容易に想像できる。
それに諜報局と軍の連携を断ち切ることにも使える。
現状では諜報局を動かしているのはペテルセンだ。彼のような切れ者に諜報局を自由に使われると面倒だとマティアス様はお考えだ。
(まあ最初のうちは軽微な不正を行っている者の情報を流してやって手柄を立てさせてやれば、いい具合に力を持ってくれるはずだ。自己顕示欲の強いベーベルなら諜報局も巻き込んで帝国の諜報能力を下げてくれるだろう……)
そんなことを考えながら、次の段階に移行するよう部下たちに指示を出した。
下に前作のリンクがあります。こちらもご興味があれば、よろしくお願いします。
また、地図や世界設定などを集めた設定集もありますので、興味のある方はご確認ください。
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