第十二話「アイゼンシュタイン、査問会に臨む」
統一暦一二一六年十一月二十九日。
シュッツェハーゲン王国中部、王都シュッツェハーゲン、王宮内大会議室。タンクレート・アイゼンシュタイン侯爵
一昨日、王都シュッツェハーゲンに帰還した。
大勝利だったという情報を流したことが幸いし、我が軍は王都に近づくにつれ、民衆から熱狂的な歓迎を受けている。
『王国軍、万歳!』
『よくやってくれた!』
大陸公路沿いには数キロメートルにわたって民衆が並び、兵士たちに声を掛けていた。
そのお陰もあって、グラオザントを出発した際には敗残兵のような覇気に乏しい兵たちであったが、王都に入る頃には胸を張って、その歓声に応えていたほどだ。
昨日は戦勝報告が行われた。
その場では陛下から労いの言葉があったが、論功行賞については精査した後に行われるとのことで、後日行われる戦勝記念式典の際に発表されるらしい。
その間を縫って、私はグライフトゥルム王国から派遣された者たちと会談を行っている。
軍関係ではグライフトゥルム王国北部方面軍第一師団長ベルトホルト・フォン・シャイデマン中将とラウシェンバッハ師団参謀長クルト・ヴォルフ大佐の二人と主に協議していた。
二人の名を聞いた時にグラオザントでイリス卿から聞いた話を思い出した。
『夫は軍制改革のために誰もが納得する人物を派遣するはずです。一人は爵位を持ち、参謀としての経験が長い指揮官、恐らくシャイデマン男爵か、グライナー男爵でしょう。それに加えてラウシェンバッハ師団からも参謀が送り込まれるはずです。こちらはクルト・ヴォルフで間違いないでしょう。彼らの能力は保証します。アイゼンシュタイン殿には彼らの名声を最大限に利用していただきたいと思います……』
そう言いながら、改革の計画案と工程表を渡された。
『王都にも同じものを送っていますので、行軍中の暇つぶしにでも読んでください。もっとも夫がもっと詳細な物を作って送っているはずですが』
暇つぶしにと言われたが、とんでもなく完成度の高いものだった。
二人に会った印象だが、非常に好感が持てた。
シャイデマン中将はマティアス卿やイリス卿のような“切れる”というタイプではないが、堅実で緻密な人物だと感じた。また、実績も十分で、彼なら頭の固い我が軍の将たちも話を聞くだろうと思った。
ヴォルフ大佐はマティアス卿の子飼いの黒獣猟兵団出身の猛者だそうだが、若い頃からマティアス卿の下で学んだだけあって、問題点の指摘や対応策の提案が的確だ。
この二人に加え、士官学校の教官も二人派遣されており、具体的な改革案の策定と実行では頼もしい存在になることは間違いない。
その改革案だが、イリス卿から聞いていた通り、マティアス卿が作った素案が陛下のところに持ち込まれていた。
それを見せてもらったが、その完成度の高さに戦慄している。
(我が軍が保有する兵力だけじゃなく、どの貴族がどの程度の兵力を持っているかまで把握している。その貴族たちについても誰の派閥で何に関心を持っているのかまで調べ上げられている。いつの間にこのような調査をしたのだろうか……)
陛下も同じように感じられたらしく、初めて見せられた時には驚くより呆れたとおっしゃっていた。
そして、更に重要なことは、特使であるヴェンツェンツ・フォン・レベンスブルク侯爵令息と我が国の喫緊の課題について協議したことだ。
彼はラウシェンバッハ伯爵から直接指示を受けていた。
その内容は恐るべきもので、話を聞いた私は一瞬言葉を失っている。
『……そのようなことをせねばならぬと……』
『はい。帝国の侵略を防ぐためには閣下にも覚悟を決めていただく必要がございます。もちろん陛下と宰相閣下もご了承済みです』
『ならばやるしかあるまい』
私は頷き、覚悟を決めた。
そして本日、エンゲベルト・メトフェッセル侯爵らに対する査問会が王宮の大会議室で開かれる。
査問にかけられるのはメトフェッセル侯爵に加え、命令に反し味方に損害を与えた者たちだが、私を吊るし上げることが目的だ。
大会議室に入ると、伯爵家以上の貴族が集まっていた。その数は五十人ほどで、王都にいる者はほとんど出席している。
メトフェッセルらは拘束こそされていないものの、衛兵たちに囲まれて座っていた。
国王レオナルト三世陛下が入ってこられた後、宰相であるパスカル・ゲーレン公爵によって開会が宣言され、査問会が始まった。
「今回の対ゾルダート帝国戦における命令違反及び利敵行為を行ったと告発された者に対する査問会を開催する。告発状ではエンゲベルト・メトフェッセル侯爵らは……」
私が作った告発状を宰相が読み上げていく。
「……以上により、被告人たちの厳正な処分を求めるものである。告発状に記載されていることは以上だが、アイゼンシュタイン侯、付け加えることはあるかな」
ゲーレン公爵の問いに頷き、発言する。
「彼らは自らの名声のみを考え、総司令官の命令を無視した結果、一万を超える兵が犠牲となりました。また、同盟国軍の奮闘により辛くも勝利を得られましたが、一歩間違えば祖国を危うくする危険な状態であったことは明らかです。このような行為を見過ごすことは我が国に大きな禍根を残すと愚考いたします。私からは以上です」
私が着席すると、ゲーレン公は出席者に意見を求めた。
「本告発に意見がある者は発言を許す」
そこでディートヘルム・コーレンベルク大公が手を上げ、発言を始めた。
「その者たちに罪があることは明白だが、そもそも責任は総司令官であるアイゼンシュタイン侯にあるのではないか?」
ゲーレン公がその言葉に反論する。
「責任と言われるが、具体的にはどのようなことでしょうか?」
「軍を統率するのは総司令官の最も重要な務めであろう。総司令官に統率力があれば、このようなことは起きなかったことは明白。そうではないか?」
大公の言葉に拍手が沸いた。その拍手に大公は笑みを浮かべている。
そこで私は発言を求めた。
「コーレンベルク閣下にお聞きしたい。従軍する貴族には独自の指揮権がありますが、その指揮権を認めなかった方がよかったということでしょうか? 小職がその指揮権を安易に認めたため、今回のような事態になったと」
私の発言を予想していたのか、大公は余裕の表情を崩さない。
「そうではない。各貴族領軍の指揮官には独自の指揮権はあるが、最善の方策を提示すれば、その指揮権を乱用することはなかったはずだ。卿の指導力不足が招いたのではないかと言っている」
「同盟国軍の合同作戦会議で最善の方策が決まったにもかかわらず、それを守る気がない者をどう指導すればよいのでしょうか? メトフェッセル侯は出撃に際し、通信兵を同行しませんでした。これは明らかに総司令部の命令を聞くつもりがないということです。また、十月七日の無謀な出撃の前には敵の罠であると警告しております。それでも小職に責任があるとお考えですか?」
私の言葉に大公はニヤリと笑い、反論してきた。
「確かにそう聞いたが、それは真なのか? 私が聞いた話では、メトフェッセル侯は勝機と見て出撃し、その旨を総司令部に伝えているとケンプフェルト元帥らは報告しているそうではないか。十月七日の出撃に際しても総司令部から警告はなかったと本物の意見書にあった。卿は自らの失敗を糊塗するつもりで報告書を作ったのではないか」
「その意見書は存在するのですか?」
そこで大公は勝ち誇った顔で書面を出した。
「これがその意見書だ。ケンプフェルト元帥とエッフェンベルク侯爵の署名も入っている」
その言葉に多くの者が驚き、私を非難する声が上がった。
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