第十一話「レオナルト王、軍師の策を聞き戦慄する:後編」
統一暦一二一六年十一月二十五日。
シュッツェハーゲン王国中部、王都シュッツェハーゲン、王宮内。国王レオナルト三世
グライフトゥルム王国の特使、ヴェンツェンツ・フォン・レベンスブルクと密談している。
ヴェンツェンツ卿は千里眼のマティアス卿の言葉として、改革に反対する大公らを排除する覚悟が必要だと訴えてきた。
私と宰相であるパスカル・ゲーレン公爵に覚悟が見えないと思ったのか、恐るべきことを言ってきた。
「我が軍の情報部でございますが、全面的に協力する用意がございます。反対派に対し、彼らが行っているであろう不正の証拠を集め、正当な方法で排除することはもちろん、帝国と通じているという証拠の捏造や商人組合を使って家臣を買収するなど、あらゆる手段に支援を惜しみません」
「捏造に買収……そこまでしなくてはならんのか……」
「もちろん、それらは最終の手段ですが、陛下にはそのくらいのお覚悟をいただきたいというのが、ラウシェンバッハ伯爵の、そして我が国の考えでございます」
そこまで聞いて恐ろしくなってきた。
(皇帝が危険視し、大賢者殿もそれを認めたことを実感する……待て! もし私が帝国に対抗できぬ国王だとマティアス卿が判断したら、玉座を追われるのではないか……あの皇帝ですらマティアス卿の謀略を受け、即位の際に大きく揉めている。私や側近たちにマティアス卿とその配下に対抗できるはずがない……玉座を追われたくなければ、死ぬ気になって改革を推し進めろと言っているのか……)
そのことを聞くことはできなかったが、ゲーレンも同じことを考えたようで憤りを抑えながら質問する。
「その覚悟がなければ、覚悟がある人物に任せることもあり得るということですかな?」
そこでヴェンツェンツ卿は首を大きく横に振る。
「陛下や宰相閣下を排除することをご懸念されているようですが、そのようなことは考えておりません。これは私がラウシェンバッハ伯爵に直接確認しておりますから間違いございません」
「では、私に覚悟がなければどうするのだろうか? そのことを聞いているのであれば教えてもらいたい」
「聞いております」
そう言ったものの、言いにくそうにしている。
しかし、すぐに覚悟を決めたのか、私の目をしっかりと見つめて話し始めた。
「その場合、貴国が帝国に攻め滅ぼされる前提で戦略を練り直すとのことです。具体的には現在リヒトロット市周辺で行われているような市民や軍の生き残りによる抵抗運動を組織する準備を始めます。また、帝国に人材を奪われないよう、役人はもちろん、優秀な職人なども密かにグランツフート共和国に移住させるなど、帝国の国力を落とす策を実行するそうです」
「我が国の王の首を挿げ替えることはせぬということかな」
「はい。今の段階でどなたが玉座に座られても国内が混乱することは明らかです。しかしながら、少なくとも三年以内にゲファール河の防衛部隊の強化は必要ですし、全軍の指揮命令系統の改革は五年以内に終わらせなくてはなりません。陛下が改革を実行されない場合、つまり、すぐに改革に着手できない場合、どなたになろうとも時間切れで意味がないのです」
つまり時間がないからやらないだけで、時間があるならやるかもしれないということだ。そのことに一瞬苛立ちを覚えたが、すぐに疑念が沸いた。
「このような話をしてもよいとマティアス卿は言っていたのだろうか? このことを余に話せば、心証を悪くすることは容易に想像できる。その程度のことを彼が見逃すとは思えないのだが」
ヴェンツェンツ卿は驚いたのか、少し目を見開いた。
「これはラウシェンバッハ伯爵からの指示です。陛下に自分の考えを率直にお伝えしてほしいと言われました」
「理由は聞いているのだろうか」
「はい。伯爵は大陸会議の際に陛下とお話しし、聡明かつ剛毅な方であることは知っているから、このような話をしてもきちんと聞いてくださると断言しました。それに現状を正しく認識していただければ、不退転の覚悟で改革に邁進してくださるはずだと。ただ、直接脅威に感じねば現状を正しく認識していただくことは難しいだろうと。そのためにどれほど悲観的かをお伝えした方がよいと言っておりました」
あのラウシェンバッハ伯爵がここまで考えていたということは、我が国は存亡の危機に立たされているということだ。そのことを痛いほど感じた。
「なるほど。これもマティアス卿の考え通りということか……確かに現状はしっかりと認識できた。不退転の覚悟で挑ませてもらう」
そこでヴェンツェンツ卿が表情を緩めて息を吐いている。
「ようやく肩の荷が下りました。伯爵から話を聞いた時には陛下のお怒りを買い、交渉は失敗に終わるものだとばかり思っていましたので」
彼と同じようにシャイデマン中将とヴォルフ大佐も表情を緩めている。
「シャイデマン中将はほとんど発言しておりませんでしたが、このような話になることはご存じだったのでしょうか」
ゲーレンが私の気にしていることを聞いてくれた。
「聞いておりましたし、マティアス殿から陛下からお覚悟を聞くまでは、純軍事的な質問以外、ヴェンツェンツ卿の話に加わらないように指示を受けております」
「それはなぜでしょうか?」
私も聞きたいと思った。
シャイデマン中将は苦笑しながら教えてくれる。
「軍事的なことを申し上げると、ゲファール河での防衛は五年程度という短期間だけを考えるなら、現状の体制でもできないことはありません。渡河可能地点は無数にありますが、帝国軍の出撃箇所は限定できますから、水軍の増強と連絡体制の強化でも守れないことはありませんので」
「そうなのか? 先ほどまでの話とずいぶん違うようだが」
先ほどまでと違う話に不信感が湧き、憮然とした口調になった。
「皇帝も帝国軍の上層部も愚かではありませんから、必ず新たな戦術を考え使ってくるでしょう。そうなった場合に今の体制では間違いなく守り切れません。ですが、私の口から五年程度なら守り切れるという言葉が出れば、陛下はどのようにお考えになったでしょうか」
その言葉で考えてみた。
「うむ……中将ほどの将が言うのであれば、五年もの猶予があるのだと考えただろうな。当然、大公らとの対決でもそのことが頭に浮かび、腰砕けになったかもしれぬ……」
そこでようやく理解できた。
「しかし今はマティアス卿の悲観的な予想を聞いているから、大公らに配慮している時間などない、すぐにでも着手せねばならんと腹を括っている……恐らくこれを狙ったのであろうな」
「私もそう思います。あの方は相手がどのような性格で、情報を得た時にどのように考えるのか、どのような話の持って行き方が最善なのか、そのようなことを常々考えておられます。今回も陛下の性格を考慮されたのでしょう。慣れたつもりでしたが、今回も驚かされました」
マティアス卿の情報操作は皇帝マクシミリアンが恐れていると聞いていたが、情報の伝え方ひとつでここまで変わることに戦慄するものがあった。
「いつも思うのですが、あの方が味方でよかったと思っています。私なら情報操作だけで一戦も交えることなく敗走するでしょうから」
中将の実感が篭った言葉に、ここにいる全員が頷いていた。
「今一度言おう。余は覚悟を決めた。どれほど汚い手であろうと、祖国を守るために必ず実行する。その上で我らにできること、するべきことを話し合いたい」
私の言葉で具体的な策についての話し合いが行われた。
「これがマティアス殿の作られた改革案です」
シャイデマン中将はそう言って五十ページほどの冊子を取り出した。
「具体的な方策ですが……」
中将の説明の後、私は溜息を吐くのを必死に堪えていた。
(我が国のことをどこまで知っているのだ、彼は。私より軍の問題点に詳しい。それに障害となるであろう貴族たちの情報も正確だ。本当に敵に回られなくてよかった……)
そんなことを考えたが、すぐに話し合いに集中する。
これまで一言も話していなかったヴォルフ大佐も加わり、具体的な方策が練られていく。
「では、喫緊にすべきはグライフトゥルム海軍の軍船に対する協力体制の強化ということか。それならば大公らも反対はできぬし、東部の海岸とゲファール河流域は我が王家の領地が多いから邪魔もできぬ。あとはアイゼンシュタインが戻り次第、実行に移す」
「それがよろしいでしょう。敵は分断して叩くべきです。三大公家に団結する時間を与えることなく、一気に推し進めましょう」
ゲーレンは晴れ晴れとした表情で話している。先ほどまでの悲壮な表情は何だったのかと思うほどだ。
こうして私は大公たちと雌雄を決することを決めた。
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