第九話「イリス、我が家に帰る」
統一暦一二一六年十一月二十三日。
グライフトゥルム王国中部、王都シュヴェーレンブルク、城門前。イリス・フォン・ラウシェンバッハ伯爵夫人
約半年ぶりに、私は兄ラザファム、ハルトムートと共に獣人族で作る遊撃軍を率いて王都に凱旋した。
遊撃軍の後ろには東部方面軍第二師団、通称ラウシェンバッハ師団もいる。彼らは先にラウシェンバッハに帰還していたが、この後の式典に参加するために同行したのだ。
南門の遥か手前から市民たちが街道沿いに並び、私たちを称賛してくれる。
「遊撃軍、よくやってくれたぞ!」
「「ラザファム様、万歳! イリス様、万歳! ハルト様、万歳!」」
城門に近づくと、国王ジークフリート陛下や夫マティアスらが待っていた。
兄ラザファムが馬を降りると、私たちもそれに倣う。
「厳しい戦いだったと聞く。よくやってくれた!」
陛下が兄様の手を取りながら労いと称賛の言葉を掛ける。
「ありがとうございます。ここにいる兵たちが奮闘してくれた結果です。彼らにもお褒めの言葉をいただければと思います」
「そうだな」
陛下はそうおっしゃると、用意してあった拡声の魔導具のマイクを手に取った。
『遊撃軍の諸君! 君たちの活躍のお陰で皇帝マクシミリアンの野望を打ち砕くことができた! よくやってくれた! グライフトゥルム王国の王として、諸君らに感謝の言葉を伝えたい!』
そう言った後、少し間を置き、話を続ける。
『諸君らには十分な恩賞を与えるつもりだ。だが、帝国軍の精鋭を相手に多くの兵が命を落としたと聞く。彼らは私にとっても戦友だ。彼らの冥福を祈りたいと思う……』
そうおっしゃると静かに目を瞑られた。
そこで再び力強い声で話し始められた。
『明日には諸君らの凱旋パレードを、その翌日には戦勝記念式典を行う! 楽しみにしてほしい!』
兵士たちから歓声が上がる。
陛下はマイクを秘書官に返すと、私たちのところに来られた。
「イリス卿とハルトムート卿もよくやってくれた。改めて礼を言わせてほしい」
そうおっしゃると頭を下げられた。
「やるべきことをやったまでですわ」
「俺も同じ思いですよ、陛下」
私たちが明るく答えると、陛下も頭を上げて笑みを浮かべられる。
「帝国も数年は動けないとマティアス卿から聞いている。卿らにも少しゆっくりしてもらえると思う」
昨年の三月から一年半以上、断続的に戦っている。
最初はレヒト法国の東方教会と西方教会の連合軍で、すぐに北方教会領軍と戦い、マルクトホーフェン侯爵派を排除した。
それが落ち着いたと思ったら、マティは大陸会議のために聖都に行くし、私たちは義勇兵を引き連れてグランツフート共和国のヴィントムント市に駐留した後、グラオザントで帝国軍と戦っている。
更に彼は敵国深くに入って後方撹乱作戦を直々に指揮した後、国境まで戻ってゴットフリート皇子率いる草原の民と戦った。
私もマティもよく生き残れたものだと考えてしまうほどだ。
それから兵たちと共に王都の西にある駐屯地に向かう。
以前は草原が広がるだけの演習場だったが、屋台のようなものが多数並んでいた。
「遊撃軍とラウシェンバッハ師団だけじゃなく、中央軍や北部方面軍も参加するからね。前夜祭でもないけど、今日から楽しめるように準備したんだよ」
夫がそう言って笑っている。
今回の戦いに参加したほとんどの部隊が参加するらしい。参加できないのはヴェヒターミュンデ城を守る東部方面軍第一師団とリッタートゥルム城を守る第一旅団の水軍だけだそうだ。
東部方面軍も兵こそ参加しないが、司令官のヴェヒターミュンデ伯爵やハルトの奥方ウルスラ殿が出席するらしい。
「明日は凱旋パレード、明後日はここで戦勝記念式典と論功行賞、明々後日には市民たちが主体となってやってくれる祝勝会だ。商人組合が大々的にバックアップしてくれているから期待していいよ」
後で聞いたが、一ヶ月前にグラオザント会戦の結果を聞いた義父リヒャルト様が組合に掛け合ったらしく、マティと義父上に恩を売りたい商人たちが挙って協力を申し出たらしい。
兵たちと駐屯地で別れ、久しぶりにラウシェンバッハ伯爵邸に帰る。
王都に入ると懐かしさが込み上げてきた。
「半年しか離れていなかったけど懐かしいと感じるわ。これで少しは落ち着くからかしら」
「そうかもしれないね」
そんな話をしながら貴族街に入る。
兄様とハルトと別れ、屋敷に到着した。
「「「お帰りなさい! 母上!」」」
オクタヴィアとリーンハルト、ティアラの三人が私に飛びついてきた。
私は子供たちをしっかりと抱き締める。出発前より三人とも大きくなっていることに離れていた時間の長さを感じた。
「ただいま。みんなも元気そうね」
子供たちは私にしがみついたままだ。
「あらあら」
義母のヘーデ様が笑っているが、七歳と五歳の子供なので仕方がないだろう。
屋敷に入って着替えた後、夕食までの間、子供たちとのんびりとした時間を過ごす。
はしゃいでいる子供たちを見ながら幸せを感じていた。
(この幸せを感じられただけでも帰ってきた甲斐があるわ。帝国も当分は動けないだろうし、家族と過ごすことができるはず……)
夕食後、はしゃぎすぎて疲れた子供たちを寝かしつけてから、夫と二人だけの時間を過ごす。
「本当にお疲れさま。君たちが無事に帰ってきてくれて本当によかったよ」
「それを言ったらあなたもよ。私たちみたいに動けないのに一番危険な敵の本拠地近くで指揮を執っていたんだから」
「私の方は全然危なくなかったんだよ。ヘルマンやエレンがいてくれたんだから。何か齟齬があっても彼らと一緒なら何とでもできたからね。まあ、シュヴァーン河では少しヒヤッとしたけど」
「聞いた時には驚いて声が出なかったわ。まさか義勇兵を率いてゴットフリート皇子の精鋭と戦うなんて想像もしていなかったんだから」
これについては本当にびっくりした。
元々の予定では余裕をもって撤退してきた王国軍を迎え、帝国軍がどう動くか確認するだけだった。
それが草原の民の中で最も勇猛と言われているヒンメル族と、指示通りにすら動けない義勇兵を率いて戦うなんて思ってもみなかったから。
「君の方こそ、敵陣に突撃したと聞いたよ。母上や義母上にバレたら大変なことになるんじゃないかな」
結婚前の淑女教育のことを思い出し背筋に冷たいものが流れた。
「それは勘弁して! 私に淑女は無理よ」
「私は黙っているつもりだけど、ハルトが絶対に言いふらすよ。口止めしておいた方がいいんじゃないかな」
「そうね。言いふらしたら貴族に相応しい振る舞いについて、義父様から教育していただくようにお願いするわよって言っておくわ」
ハルトは平民から騎士爵になり、更に男爵に陞爵したが、すぐに出征しているため、貴族としての教育は全くと言っていいほど受けていない。
ウルスラ殿の実家であるヴェヒターミュンデ伯爵家はそう言ったことはあまり気にしないから問題はないけど、義父や義母のように昔から知っている人は貴族らしくするようにと注意していた。
「それがいいかもね。ハルトに貴族は似合わないし、今のままの方が兵たちに人気があっていいから」
そのことは私も感じている。
「それを言ったら私もそうよ。こんな性格だから兵たちに人気があると思っているんだから。あなたもいいと思っているんでしょ」
「そうだね。私はいいと思っているけど、タヴィアとティアラの教育にはどうかな? 特にタヴィアは剣術に興味を持っているみたいだし、リーンと一緒にアレク殿のところに弟子入りしたいと言い始めているよ。私としては本気でやりたいのならやらせてあげたいし、アレク殿が迷惑でなければお願いしたいと思っている」
「アレク殿に弟子入り? 王国最強の戦士に教えてもらえるなら、私も一緒にお願いしたいくらいだわ」
近衛連隊長アレクサンダー・ハルフォーフ殿はグランツフート共和国の軍神ゲルハルト・ケンプフェルト元帥閣下が認める猛者だ。
シュヴァーン河の撤退戦でもヒンメル族の精鋭を子供のようにあしらったと聞いている。
「話は変わるけど、こんな話ができるのは久しぶりだね。これが長く続けばいいのだけど」
夫はしみじみと言っているが、私は力強く宣言する。
「長く続かせるのよ、私たちで」
「そうだね。そのためにいろいろ布石も打っているし、そろそろ皇帝に退場してもらいたいかな」
「そうね。子供たちが大人になるまでに何とかしたいわ」
そんな話をしながら過ごしていた。
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