第七話「軍師、第三王子を誘導する」
統一暦一二一五年四月二十六日。
グランツフート共和国西部ズィークホーフ城。ジークフリート王子
作戦会議の後、私は城内に与えられた部屋に向かった。
城が小さいため、城内に部屋を与えられているのは、王国軍では私の他にマティアス卿とイリス卿だけだ。ラザファム卿とハルトムート卿は王国軍の野営地に戻っている。
私も兵たちと一緒にいたかったが、マティアス卿の提案を受け入れた形でここにいる。
『殿下には王族として軍事以外にも目を向けていただく必要があります』
『軍事以外にも?』
『今回我々王国軍は共和国を救援するために派兵されました。同盟国であり、派兵は当然と思っていらっしゃると思いますが、そうではありません』
マティアス卿の言葉に首を傾げる。
『どういうことなのだろうか? 同盟国の危機に救援に向かうことは当たり前のことだと思うのだが?』
『個人としてはその考えで問題ありません。ですが、殿下はグライフトゥルム王家を代表してここに来ておられます。つまり、王国の利益を第一に考えなければならない立場なのです』
『それは分かるが……』
『今回、我が軍の活躍で勝利を得たとしましょう。その成果を国益に繋げる必要があります。ですが、今のままでは私とラザファムの名声が高まるだけで、共和国民はグライフトゥルム王国に対して恩義を感じることは少ないと思います』
確かにその可能性はあると思い頷く。
『ですので、殿下はご自身の顔を共和国軍の将兵に売らなければなりません。王家の代表が共和国の危機に駆け付けた。それもまだ若い王子が身の危険を顧みずに戦場に立っていたと認識させなければならないのです』
『つまり、私がいたという印象を共和国軍に植え付けろと卿は言いたいのか?』
『その通りです。殿下にとっては不本意かもしれませんが、王国を守るためには王家が共和国救援を推進したと思わせる必要があるのです。言い方は悪いですが、私もラザファムもケンプフェルト閣下との友誼がありますし、目立ちますから印象が強くなります。もし、王国に戻った後、私たちが排除されれば、共和国は恩人を見捨てた王国を救援しようと考えなくなるかもしれません。一方で第三王子である殿下の印象が強ければ、万が一私たちが排除されたとしても、共和国は王国への恩を忘れず、支援してくれるでしょう』
マティアス卿は王家の一員として、積極的にアピールしろと言ってきたのだ。
具体的にはケンプフェルト元帥を始め、ヒルデブラント将軍らに教えを請い、共和国軍将兵と可能な限り交流するようにということだった。
マティアス卿の言っていることは理解できたので、ズィークホーフ城に入り、可能な限り共和国軍将兵と交流することにした。
■■■
統一暦一二一五年四月二十六日。
グランツフート共和国西部ズィークホーフ城。マティアス・フォン・ラウシェンバッハ子爵
作戦会議が終わった後、イリスと護衛のカルラとユーダと共に与えられている部屋に向かう。
執務室と寝室、従者の部屋があるスイートルームのような立派なもので、滅多に来ないが政治家などのVIPが使う部屋らしい。
部屋に入ったところでイリスが話しかけてきた。
「身体の方は大丈夫と聞いたけど、今後はどうするつもりなのかしら。戦場に立つと言っても前線に出るわけじゃないわよね」
私が無茶をしたと思って釘を刺しにきたようだ。
「もちろん前線には出ないよ。今回はランダル河で迎え撃つから、この城の城壁の上で全体を見ながらラズに助言するだけだ」
ズィークホーフ城の城壁は五メートルほどとそれほど高くないが、戦場として想定しているランダル河まで二百メートルほどと近く、障害物もないことから見晴らしはいい。
「そうなると兄様も城の上から指示を出すの?」
「いや、ラズの性格を考えれば、ラウシェンバッハ騎士団かエッフェンベルク騎士団のいずれかに同行するはずだ。なので、通信の魔導具を使って助言することになる」
「それがよさそうね。私はハルトと突撃兵旅団と一緒に別行動だから、安全なここにいてくれる方が安心できるわ」
イリスにはハルトムートが指揮する突撃兵旅団の参謀をやってもらう。そのため、開戦当初は主戦場から大きく離れた場所にいることになるし、その後も機動力を生かして動き回るから現場での意見が重要になるためだ。
「君の方が危険だから無茶はしないでほしいね」
「大丈夫よ。私はあくまで参謀。ハルトに助言することが任務だから極力戦闘には参加しないわ。それにサンドラたちが守ってくれるから危険はないし」
サンドラ・ティーガーは黒獣猟兵団の班長で、イリスの護衛を担当している。女性だけで構成された班だが、精鋭である黒獣猟兵団に抜擢されただけのことはあり、その実力は獣人族でも指折りだ。
「それよりもジークフリート殿下はどうするつもりなの? まさか兄様と一緒に戦場に送り出すわけじゃないわよね」
「私の横にいてもらうつもりだ。そのために別の理由で納得してもらっている」
「共和国軍の将兵と交流を深めなさいというあれね。この城が総司令部になるなら、ヒルデブラント将軍もいらっしゃるし、不自然さはないわ。でも、安全な場所にいてもらうという理由だけじゃないのでしょ?」
そう言って私の目を覗き込んでくる。
我が妻だけあってなかなか鋭い。
「殿下には共和国軍に名を売ってもらうつもりだ。既にケンプフェルト閣下たちには私たちの弟子という肩書で説明しているから、私の横にいても不自然ではないし、今後を見据えて共和国軍の将兵から学ぶという理由なら、積極的に接触してもおかしくはないからね」
「王位争いで優位に立つための布石ということね。フリードリッヒ殿下は共和国に留学していたから、それに取って代わるような行動は共和国の上層部の受けが悪い。だから、フリードリッヒ殿下を押しのけて王位に就こうとしても反発を受けないように共和国軍に顔を売る。そういうことね」
「その通り。まだ全く確証はないのだけど、今回の法国の侵攻にマルクトホーフェン侯爵が絡んでいるのではないかと思っている。そうなると、目的はグレゴリウス殿下の王位継承だから、打てる手は打っておかないと後手に回ってしまうから」
マルクトホーフェン侯爵は王国の西の要衝ヴェストエッケの防衛体制を故意に弱体化している。それがグレゴリウス王子の即位にどう繋がるのかは分からないが、目的はそれしかない。
「殿下には何も言っていないのでしょ。本人の意向を無視して進めても本当に大丈夫なの?」
「その点は分からない。ただ、殿下本人の意思にかかわらず、今後王位争いに巻き込まれることは間違いない。それに今は王位のことを気にせず、純粋に王国のために動いてもらった方が後々の工作はやりやすい。だから、王家の一員として王国のために努力してほしいとだけ言っているよ。これはある意味、今時点の私の本心でもあるからね」
「下手に王位を意識されるよりいいということね。兄様とハルトにも言えないわね」
「そうだね。二人とも理解はしてくれると思うけど、今は戦いに集中してほしいからね」
ラザファムもハルトムートもマルクトホーフェン侯爵の息が掛かったグレゴリウス王子はもちろん、優柔不断なフリードリッヒ王子が王位に就けば、グライフトゥルム王国の存続が危ういということは理解してくれるだろう。
しかし、彼らは王国の武人としての矜持を持っているから、正統な後継者であるフリードリッヒ王子を排除するような行動はためらうはずだ。
「こうなると王国騎士団がいないことが悔やまれるわね。ラウシェンバッハ騎士団にしてもエッフェンベルク騎士団にしても、私たちが支持すればジークフリート殿下に忠誠を誓うことは間違いないわ。王国騎士団に殿下の思いが伝われば、騎士団の中にも支持が広がったはずよ」
「それはどうかな。今の王国騎士団は以前とは違う。編成表を見たけど、大隊長以上の多くがここ三年で入れ替わっている。兵士たちはともかく、指揮官はマルクトホーフェン侯爵の手先と考えた方がいいだろうね」
「そこまで酷いのね……クリストフおじ様が生きていらっしゃったら悲しまれるわね……」
初代王国騎士団長、クリストフ・フォン・グレーフェンベルク伯爵はイリスにとって子供の頃から知っている身近な存在だった。
その彼が心血を注いで改革した騎士団がボロボロになっていることに落胆したのだ。
「まずは今回の戦いに勝つことが大事だ。先のことは手を打っておくけど、先走らないようにした方がいい」
「そうね。まずは目の前の戦いに集中しましょう」
その後、今後のことについて話し合った。
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