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新グライフトゥルム戦記~運命の王子と王国の守護者たち~  作者: 愛山 雄町
第九章:「暗闘編」

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第三話「軍師、グラオザント会戦の結果を知る」

 統一暦一二一六年十月十七日。

 グライフトゥルム王国中部王都シュヴェーレンブルク、王宮内国王執務室。マティアス・フォン・ラウシェンバッハ伯爵


 ジークフリート王とグラオザント会戦後について話し合っていた。

 国王が政治面も含め、どの程度理解しているのか確認する意味もあったが、十分に理解しており、満足している。


 そんな話をしていたところに、ラザファムが送ってきた伝令である(シャッテン)がやってきた。


「報告いたします。去る十月六日の夜間、帝国軍が防衛陣に対し、執拗な攻撃を仕掛けてきました……」


 帝国軍は防衛陣地を奪取すると、城を中心とした防御陣形に対し、妻イリスが守る陣に攻撃を集中した後、シュッツェハーゲン王国軍に夜襲を仕掛けた。


 その結果、シュッツェハーゲン王国軍は大きな痛手を負ったが、ハルトムートが指揮する少数の特殊部隊が隙を突いて敵陣に潜入し、物資を焼いた。

 更に敵の水源である水路を封鎖し、敵に防衛陣地を放棄させるように仕向けた。


 翌十月七日の朝に帝国軍より捕虜交換の申し出があり、捕虜交換が行われたが、戻ってきた捕虜に情報操作を仕掛けられた。急遽撤退する帝国軍に対し、シュッツェハーゲン王国軍が追撃して逆襲にあい、その多くが討ち取られてしまった。


「……シュッツェハーゲン王国軍を救出すべく、我が軍は敵の防衛陣地に突撃を敢行。出発準備を行っていた敵輜重隊に大きな損害を与え、帝国軍は物資のほとんどを放棄しました。また、翌十月八日の朝に我が軍と共和国軍が撤退を偽装すると、皇帝は勝利を宣言し、帝国軍は北に移動を開始しました。同盟国軍と帝国軍の双方の損害についてはこの書面に記載してございます。私からの報告は以上です」


「ご苦労様でした。書面を確認しますので、少し待っていてください」


 そう言ってから書面に目を通す。

 私は思わず天を仰いだ。それほど厳しい結果だったのだ。


(シュッツェハーゲン王国軍の戦死者が一万五千を超えたか……壊滅的な損害を受ける可能性があると思っていたが、まさか本当になるとは……我が軍も二千人近い戦死者が出ているし、共和国軍も三千以上だ。全軍の戦死率が二十三パーセント、大打撃を受けたと言っていいだろう。シュッツェハーゲン王国軍に至っては三十七パーセントを超えている。組織として成り立たないレベルだろうな……)


 一方の帝国軍は推定される戦死者数は七千。戦死率十二パーセント弱だ。決して小さくない数字だが、同盟国軍の半分だから帝国の勝利と言ってもおかしくはない。


 指揮官クラスの損害だが、我が軍と共和国軍では大隊長以上に戦死者はいなかった。

 帝国軍については、連隊長以上は討ち取れなかったものの、大隊長以下は積極的に狙いにいったことから、八十人以上討ち取ったと報告にあった。


 シュッツェハーゲン王国軍については、指揮官の半数以上を失ったとあり、この面からも組織として機能しないことは明白だ。


 書面をジークフリート王に渡す。

 国王はそれに目を通し、厳しい表情を浮かべた。


「これは敗北と言っていいのではないか」


「戦術的には我が方の完全な負け戦、帝国の大勝利と言えます。ですが、戦略的には引き分けか帝国の辛勝と言ったところ、政略的も引き分けと言っていいでしょう。もっとも政略についてはこれから勝利になるように動きますが。ただシュッツェハーゲン王国がこの後どうなるかで政略的にも戦略的にも大敗北となりかねません」


「シュッツェハーゲン王国だが、これほどの敗北の後に立ち直れるものなのだろうか? 早急に立ち直れねば、厳しい状況に陥るのではないか?」


「陛下のおっしゃる通りですが、中途半端に敗北するより、よかったかもしれませんね」


「どういう意味だろうか?」


 私の言葉に国王と護衛のアレクサンダー・ハルフォーフ連隊長が首を傾げている。


「無能な指揮官が多く死んでくれたことは悪いことだけではありません。軍制改革もそうですけど、国政改革でも邪魔をしてきたはずの古い貴族たちが減ったことはレオナルト陛下にとって助かるはずですから」


 私の言葉に二人が少し引いている。


「もちろん、今回の敗北でアイゼンシュタイン侯爵を任命したレオナルト陛下の責任を追及する声が上がることは間違いありません。ですが、武断派の貴族が減っているのですから、強引に改革を推し進めることはできなくもないでしょう。懸念があるとすれば、レオナルト陛下が断固たる態度で改革を進めるかどうかです。今回の件で負い目を感じ、抵抗勢力に妥協すれば、帝国に飲み込まれる可能性があるのですから」


 以前聖都で話をした際、レオナルト三世は帝国に対抗するために改革が必要だと言っていた。しかし、シュッツェハーゲン王国内に目が向きがちで、強い批判を浴びれば腰砕けになる可能性がある。


「しかし、レオナルト陛下にそこまで厳しいことができるのだろうか? 我が国では卿やラザファム卿たちがマルクトホーフェンと一緒に抵抗勢力を排除してくれたから改革が進められたが、内戦になったからこそできたことだと思っている。しかし、シュッツェハーゲンには卿もラザファム卿もイリス卿もいないし、内戦という非常時でもない。この状況で可能なのだろうか」


 国王の見立ては悪くない。

 実際、我がグライフトゥルム王国でもマルクトホーフェン侯爵派が慎重に行動していたら、未だに揉めていた可能性は否定できないからだ。


「その懸念はございますが、私が皇帝なら次の標的はシュッツェハーゲン王国にします。我が国との国境に比べ帝都からの距離は近いですし、海運による補給も難しくありません。それに懸案となっている帝国南東部の経済の活性も見込めますから」


 シュッツェハーゲン王国とゾルダート帝国との国境にはゲファール河という天然の要害がある。また、シュッツェハーゲン王国は我が国より人口が多く、動員できる兵力は充分にあった。これまではゲファール河方面に戦力を集中させれば帝国軍と互角以上に戦えたのだ。


 しかし、今回の戦いで王国の西にも戦力を割く必要が出てきた。

 更にシュッツェハーゲン王国軍の弱点が露呈され、帝国軍の上層部は野戦に持ち込めば勝利は難しくないと考えるだろう。


 この他にも数万の軍を貧困に喘ぐ帝国南東部に移動させれば、その膨大な需要を満たすために経済が大きく動くことは間違いない。

 それらのことから、帝国の目が西から南東に向く可能性は十分にあった。


「そのことをレオナルト陛下は分かっておられるのだろうか? もし気づいておられなければ、危険だと思うのだが」


「恐らくですが、今回の戦いを見て、イリスかラザファムがアイゼンシュタイン侯爵に話していると思います。念のため、陛下からレオナルト陛下に親書を送られた方がいいでしょう。今後の同盟関係強化のために絶対に必要なことだと伝えれば、レオナルト陛下やアイゼンシュタイン侯爵、宰相であるゲーレン公爵も無視はできないでしょうから」


「そうしよう。その際、卿の名を使わせてもらう。千里眼(アルヴィスンハイト)のマティアスが帝国の次の狙いは貴国だと考えていると伝えれば、レオナルト陛下たちだけでなく、抵抗している貴族たちも危機感を持つだろうから」


 その言葉にアレクサンダーが突っ込む。


「ジーク様もマティアス殿の使い方が上手くなってきましたね。頼もしい限りですよ」


 国王はその軽口に乗らず真面目な表情で答える。


「今回の戦いでマティアス卿の名声が更に高まったことは間違いないんだ。グラオザントで見事な防衛計画を立て、エーデルシュタインでは自らが指揮して後方を攪乱し、更にシュヴァーン河防衛では皇帝の思惑を完全に潰している。そのマティアス卿が警告したと言えば、信じぬ者はいないだろう」


 私の虚名を最大限活用するつもりのようだ。

 グラオザントはラザファムたちの功績だ。水の手を切る策は考えていたが、単に陣地を利用されないためのもので、陣を移したのは帝国軍のミスに過ぎない。


 それにシュヴァーン河では帝国軍の行軍速度を大きく読み違えている。ギリギリで間に合ったのは運に助けられたからだ。

 そのことを言うが、二人とも信じてくれなかった。


下に前作のリンクがあります。こちらもご興味があれば、よろしくお願いします。

また、地図や世界設定などを集めた設定集もありますので、興味のある方はご確認ください。


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