第一話「国王、今後の戦略を軍師と語り合う:前編」
統一暦一二一六年十月十七日。
グライフトゥルム王国中部王都シュヴェーレンブルク、王宮内国王執務室。国王ジークフリート
十日ほど前の十月六日にマティアス卿が帰還した。
彼の活躍により、帝国中部のエーデルシュタインでの後方撹乱作戦とシュヴァーン河での撤退作戦は成功し、我が国の当面の危機は去った。
しかし、最も重要なグラオザント城での防衛作戦については戦端が開かれ、初戦でシュッツェハーゲン王国軍が大きな被害を被ったという第一報と、その後は一進一退の状況が続いているという続報だけで、戦況がどのように推移しているのか分からず、やきもきしている。
「ラザファム卿たちは無事だろうか……」
政務に励んでいてもそんな独り言が出てくるほどだ。
「昨日も同じことをおっしゃっていましたよ」
マティアス卿に笑いながらそう言われ、苦笑が浮かぶ。確かに昨日も同じようなことを言っていたためだ。
彼は国王特別顧問として国政改革の指揮を執っており、今日も朝から私の執務室に来ていたのだ。
「それに戦いは遅くとも今月中に終わります。陛下の今のお気持ちが戦場に伝わる頃には戦い自体が終わっているのです。つまり、陛下がここで思い悩んでも結果は変わりません。ですので、できることに集中しましょう」
本来なら妻と親友を送り出している彼の方が不安なのだろうが、彼はいつもと変わらぬ表情だ。しかし、護衛であるアレクサンダーはやや呆れた表情を浮かべて見ている。
「確かにその通りだな」
「では、戦後の方針を整理しましょう。勝っても負けてもやるべきことはたくさんあるのですから」
ここ数日、戦後の対応についていろいろと話し合ってきたので、それをきちんと理解しているのか、確認するつもりらしい。
「ケースとしては大きく分けて三つあります。同盟国軍が大勝利を収めたケース。逆に大敗北を喫したケース。そして、そのいずれでもなく、帝国軍をかろうじて撤退に追い込んだケースです」
「まず同盟国軍が大勝利を収めた場合だが、親征を行った皇帝の権威が大きく傷ついたということだ。それを助長するため、敗戦を理由にモーリス商会に帝国から手を引かせ、経済的に困窮させることで揺さぶりをかける。更に帝都で情報操作を行い、先行きに不安を感じている帝都民の不満を増大させる。旧リヒトロット皇国領で民衆の蜂起を促した上で、枢密院議員に接触し、皇帝マクシミリアンの退位を迫る。こんな感じだ」
帝国の民衆の多くが、今でも強い不満を感じている。
国を滅ぼされた旧皇国領の民はもちろん、帝都以外の地方では経済の停滞が深刻化しており、内政を蔑ろにする皇帝に対し、以前より忠誠心が落ちていた。
また、皇帝に忠誠を誓う帝都ヘルシャーホルストの民も、食料供給に不安があり、ちょっとしたきっかけで不満が爆発するだろう。そのきっかけとして帝国内の運輸を牛耳るモーリス商会に帝国から手を引かせるのだ。
モーリス商会は帝国に多額の融資を行っているが、敗戦によって回収の見込み低いとなれば、資金を引き揚げるだけでなく、帝国内での事業そのものから撤退すると言っても誰も不審には思わないだろう。
実際、商人組合に属する商人のほとんどが帝国に進出しておらず、投資に値しない国家であることを示しているから、違和感はないはずだ。
そして重要なことはモーリス商会が帝国内の輸送業務を独占していることだ。特に大消費地である帝都への穀物の輸送では八割近いシェアを誇り、モーリス商会が手を引けば帝都で餓死者が出ると言われているほどだ。
そのモーリス商会が帝国から撤退するという噂が出るだけで、帝都民が暴発する可能性は十分にある。
あとは皇帝マクシミリアンによって権力を奪われた枢密院の元老たちを唆せば、帝国で大きな政変が起きるだろう。
政変が起きたタイミングで、旧皇国領で反乱が起きれば、帝国が大きく傾くことは間違いない。
私の考えを聞き、マティアス卿は満足そうに頷いた後、次を促した。
「では、同盟国軍が大敗北した場合はどうでしょうか?」
「早急にすべきことは共和国の防衛計画の見直しだ。シュッツェハーゲン王国内に帝国の橋頭堡が築かれたことになるから、帝国軍はシュッツェハーゲン王国だけでなく、共和国にも軍を送り込めるようになる。それに大敗北したということはケンプフェルト元帥の中央機動軍も大きな損害を受けている。我が国と連携しやすいヴァルケンカンプ市を拠点とした防衛体制の再構築が必要だろう……」
グラオザント城とヴァルケンカンプ市はエンデラント大陸の大動脈大陸公路で繋がっている。
グラオザント城に橋頭堡を築かれたら、帝国は東のシュッツェハーゲン王国だけでなく、西のグランツフート共和国にも攻め込めることになる。
シュッツェハーゲン王国に対しては、大陸公路が分断されたことにより、直接援軍を送り込むことができないため、できることは謀略による遅滞作戦くらいしかない。それで稼いだ時間で軍制改革を実行させ、戦力強化を図ってもらうのだ。
一方のグランツフート共和国に対しては、我が国の防波堤とも言えるため、積極的に支援する必要がある。ヴァルケンカンプ市は元々レヒト法国からの侵攻を防ぐ拠点だったが、今度は西からではなく、東からの侵攻に備える拠点とするのだ。
また、ヴァルケンカンプ市は大陸公路とエンテ河を使えば、ラウシェンバッハ領から比較的容易に軍を送り込むことができる。連絡体制さえ構築しておけば、ここで食い止めることは難しくない。
「共和国の防衛体制を確立した上で、帝国経済を混乱させる策で帝国内の政情不安を煽る。更に旧皇国軍に積極的に支援を行い、国外に目を向けられないようにする」
「そうですね。我々にできることは時間を稼いで、これまで仕込んでおいた策で帝国内を掻き回すくらいしかないでしょう。もっとも帝国軍が今回の侵攻ルートである南部街道を使って侵攻してくる可能性は低いと思います」
今回のルートを使わないという意味がよく分からない。
今回の戦いはマティアス卿が侵攻を予想したから対応できただけで、本来ならシュッツェハーゲン王国は単独で防衛せざるを得ず、帝国の侵攻作戦は成功に終わっていたはずだからだ。
「それはどういう意味だろうか」
「補給の困難さを帝国の首脳が嫌うからです。今回の作戦では街道の整備を除いても半年以上前から準備が行われていました。それほど前から準備を始めれば、各国が察知することは難しくありませんので奇襲作戦は不可能です。その割には補給路が長く、兵站に大きな負担が掛かります。それに今回のように街道を遮断されれば、追加の物資だけでなく、情報も届かなくなります……」
マティアス卿がエーデルシュタインで行った後方撹乱作戦は帝国軍の首脳に大きな衝撃を与えたはずだ。
「グラオザント城を奪ったとしても、そこから侵攻できるところはシュッツェハーゲン王国、共和国ともに辺境であり、大都市まで進攻しようとすれば、更に兵站に負担が掛かることになります。そう考えれば、陽動作戦くらいしか使い道はないでしょう」
「なるほど……」
言われてみれば、その通りだと納得した。
まだまだ考えが浅いと自分のことが嫌になるが、マティアス卿は最後のケースについて話を進めていた。
「では、ギリギリで帝国軍を撤退に追い込んだ場合はいかがですか?」
これが一番難しい。
私は頭の中で考えを整理しながら、ゆっくりと答え始めた。
下に前作のリンクがあります。こちらもご興味があれば、よろしくお願いします。
また、地図や世界設定などを集めた設定集もありますので、興味のある方はご確認ください。
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