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第六話「軍師、旧友たちと合流する」

 統一暦一二一五年四月二十六日。

 グランツフート共和国西部ズィークホーフ城。マティアス・フォン・ラウシェンバッハ子爵


 ラザファム率いるグライフトゥルム王国軍がズィークホーフ城に到着した。


「久しぶりだな、マティ」


 馬を降りたラザファムが声を掛けてきた。

 彼とは四年ぶりの再会で、以前より落ち着いた感じがする。


「熱を出したと聞いたのだけど、大丈夫なの?」


 私がラザファムに応える前に、妻のイリスが不安そうな表情で聞いてきた。


「長旅の後で三日ほど横になっていたけど、カルラさんとユーダさんのお陰で問題はなかった。それに今は体調もいいし、戦いにも出られるよ。それより久しぶりに四人揃ったね」


 私がそう言うと、ハルトムートが明るい声で応える。


「そうだな。四人で一緒の戦場に立つのはヴェヒターミュンデ以来か。もう十年になるんだな」


 ゾルダート帝国軍の第三軍団をヴェヒターミュンデ城に誘い込み、二個師団を捕虜にした戦いは統一暦一二〇五年九月だから、ほぼ十年前だ。


「みんな立場が変わったけど、今度の戦いは楽しみだわ。ようやく昔言っていた形になるのだから」


 イリスの言葉に私たちは頷く。

 当時の私はまだ王立学院の助教授でイリスは私の助手、ラザファムとハルトムートは大隊長に過ぎなかった。


 今回はラザファムが王国軍の主将、私が副将で、ハルトムートが別動隊の指揮官、イリスがその参謀となる。


「兄上、私たちのことも忘れないでください」


 そう言ってきたのは実弟のヘルマン・フォン・クローゼル男爵だ。

 その隣にはラザファムとイリスの実弟、ディートリヒ・フォン・ラムザウアー男爵も頷いている。いずれも私たちが家督を継いだ後、他家に養子に入っている。


 ヘルマンはラウシェンバッハ騎士団の団長、ディートリヒはエッフェンベルク騎士団の団長だ。今回はそれぞれが五千の兵を指揮する。


「私たちのことも忘れないでほしいのだが……」


 二人の後ろから護衛の偉丈夫アレクサンダー・ハルフォーフを従えたジークフリート王子が声を掛けてきた。言葉よりも明るい表情で、ここに来るまでにヘルマンたちとも打ち解けているようだ。


「積もる話は後だ。まずは兵たちを休ませないとな」


 ラザファムの言葉にハルトムートたちが頷く。


「聞いていると思うけど、王国軍はズィークホーフ城の北の丘の向こう側に野営する。水と食糧は充分にあるし、一ヶ所に固まっているわけじゃないが、四万人を超える兵士がいるからトラブルにならないように注意してほしい」


 ズィークホーフ城周辺はランダル河があるため、水には困らない。また、食糧は事前にズィークホーフ城に運び込まれており、質はともかく、量は充分に確保されている。


 王国軍は城の北側、共和国軍は城の東側に野営するが、いずれもランダル河からは見えない場所だ。


「ヴァルケンカンプの駐屯地でも合同演習をやっているが、問題は起きていない。それに法国軍が来るのは数日後だ。準備に忙しくてトラブルになることもないだろう」


 ラザファムもここまでの行軍で王国軍を完全に掌握しているらしく、自信を持っていた。


「今回の作戦については、この後の作戦会議で説明する。各部隊の指揮官と参謀長はズィークホーフ城の会議室に集まってほしい」


 私が真剣な表情でそう言うと、ラザファムたちの表情も引き締まる。


 二時間後、ズィークホーフ城内の会議室にグライフトゥルム王国軍とグランツフート共和国軍の主要な指揮官たちが集まった。


 王国軍はラザファム、ハルトムート、イリス、ヘルマン、ディートリヒに加え、騎士団参謀長とジークフリート王子が出席する。


 共和国軍はゲルハルト・ケンプフェルト元帥、第一師団長のロイ・キーファー将軍、第二師団長のフランク・ホーネッカー将軍、参謀長であり総司令官代行のダリウス・ヒルデブラント将軍と各師団の参謀長がテーブルについている。

 そのテーブルには周辺の地形を模したジオラマが鎮座していた。


 最初に全軍の総司令官であるケンプフェルト元帥が発言する。


「まずは敵より早く行軍を終えたことに感謝する。これで敵の機先を制することができる。マティアス、ここから先はお前が仕切ってくれ」


 全員と気心が知れているためか、演説をするでもなく、私に話を振ってきた。

 何となくこうなることは分かっていたので、頷いてから話し始める。


「今回の戦いは共和国のみならず、王国にとっても国の存亡を左右する重要な戦いだと認識してください。そのため、今回の作戦の目的はレヒト法国軍の東方教会領軍を徹底的に叩き、今後十年は侵攻作戦を行えなくすることです。目標は聖竜騎士団の半数以上、世俗騎士軍の三割以上を討ち取ること。こちらの戦力は敵の三分の二ほどですので、大胆な目標ではありますが、成しえないこととは考えておりません」


 私の言葉を全員が静かに聞いている。

 共和国軍には既に伝えてあるからだが、ラザファムたちも私の考えを理解しているためだ。


 完膚なきまでに叩く理由はゾルダート帝国に付け入る隙を与えないためだ。まだ情報は入っていないが、王国の西の要衝ヴェストエッケ城が陥落しているはずで、その対応に最低でも三ヶ月、下手をすれば今年いっぱい掛かる可能性がある。


 そのため、帝国が動き出す可能性が高く、それを防ぐためには共和国軍が王国の東の防衛に参加できるようにしなければならない。


 仮に法国軍を中途半端な形で撃退した場合、共和国軍が長期間王国に駐留すればその隙を突いてくることを警戒しなくてはならなくなる。その懸念を払拭するため、東方教会領軍に壊滅的な打撃を与える必要があるのだ。


「法国軍は我々の動きを察知できていません。ここで共和国軍が待ち受けている可能性は考えているでしょうが、王国軍が援軍として間に合うとは考えていないでしょう。その隙を突き、一気に叩きます。また、その後に法国内で政争を起こすため、東方教会と西方教会の間に楔を打ち込むつもりです……」


 レヒト法国は東西南北の四つの教会領がそれぞれ独立国のように統治している連合国家に近い。


 国外に武力をもって勢力を伸ばしたいのは東方教会と北方教会だが、南方教会と西方教会は他国との交易で国力を高め、更に国教であるトゥテラリィ教を広めることで、他国への影響力を強めるべきと考えており、以前から対立関係にあった。


 今回の侵攻作戦は北方教会領軍のニコラウス・マルシャルク白狼騎士団長が法国のトップの法王と西方教会のトップである総主教を説得したが、二人は必ずしも賛成ではなく、半ば脅されて渋々認めたという情報が入っている。


 そのため、東方教会領軍が大敗北すれば、法国内の政情を不安定にすることは難しくないだろう。


「作戦の概要を説明する前に、王国軍の諸君はこの辺りに詳しくないため、地形について説明しておきたいと思います。この模型を見てください。見ての通り、この辺りはごく低い丘があるだけの平地です。また、国境であるランダル河は水深が浅く川幅も狭い。この時期は多少水量が増えているとはいえ、深いところでも一メートル程度しかなく、ほとんどの場所で渡河が可能です……」


 私の説明を聞きながら、ラザファムたちが食い入るようにジオラマを見ている。


「このように数万の軍が衝突するような戦いでは、せいぜい川を障害とする程度で、地形を利用した策は用いられてきませんでした。これは百人程度の小部隊なら隠せても、戦局に影響を与える数千の兵を隠すことが現実的でないためです。奇襲を仕掛けようとしても容易に察知できますから、無駄に戦力を分散させるより集中した方がよいという結論になったということです」


 ラザファムたちは納得した様子はないが、ケンプフェルト元帥たち共和国軍側は小さく頷いている。


「しかし、平地と言っても十メートル程度の丘はありますし、小さいながらも雑木林が点在しています。仮に敵が伏兵を警戒したとしても戦闘が始まれば戦場に意識が行きますから、徒歩の獣人族なら一キロメートル以内に近づくことも不可能ではありません」


 そこでラザファムが頷いた。


「我々が到着していることを知られなければ、共和国軍が三万なら全軍だと思いこむ。その心理的な隙を突くということか」


「エッフェンベルク伯爵のおっしゃる通りです。伏兵に適した地形ではなく、想定される軍のすべてがいると思い込み、更にケンプフェルト元帥閣下が前線に立っておられれば、奇策を使ってくるとは思わないでしょう」


「なるほど。そこで俺たちの出番というわけか」


 ハルトムートが好戦的な表情で呟く。


「イスターツ将軍の突撃兵旅団(シュトースブリガーデ)は突進力に優れた部隊です。直前で気づかれても対応することは難しいですし、更に難しくする手は考えています」


「そうなると、我が軍の役目は敵を引き付けることか?」


 ケンプフェルト元帥が聞いてきた。元帥には説明してあるが、共和国軍にも知らない者もいる。そのため、王国軍にいいところを持っていかれるのではないかと思う者が出ないように確認してきたのだ。


「それだけではありません。今回の主役はあくまで貴軍です。王国軍が敵陣を崩した後に敵を粉砕していただく予定です。そのための策も考えてありますので、ご心配なく」


「楽しみにしているぞ!」


 元帥の満足そうな声で、共和国軍側の表情も緩む。

 その後、細かな作戦を説明した。いろいろと質問が出たが、大きな変更が必要なものはなかった。


「……以上が作戦の骨子です。いろいろと小細工をお願いすることになりますが、勝利のために全力で当たっていただければと思います。ケンプフェルト閣下、何かございますでしょうか」


 元帥は私に頷くと、ゆっくりと立ち上がった。


「我らの勝利は約束されている! それも共和国建国以来の最高の勝利がだ! 諸君らの活躍に期待しているぞ!」


 その言葉で全員が立ち上がり、腕を振り上げて応えた。


下に前作のリンクがあります。こちらもご興味があれば、よろしくお願いします。

また、地図や世界設定などを集めた設定集もありますので、興味のある方はご確認ください。


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