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第二十七話「グラオザント会戦・決戦:その二」

 統一暦一二一六年十月五日。

 シュッツェハーゲン王国西部グラオザント城北東、ゾルダート帝国軍野営地内。皇帝マクシミリアン


 グラオザント会戦が始まってから十一日目に入っている。

 夜明けまであと二時間ほど。空には弱々しい光を放つ細い三日月が浮かんでいるだけで、松明の光が届かない場所は足元が覚束ないほど暗い。


 そんな中、兵士たちは出撃準備を進めていた。余も鎧を身に付け、簡単な食事も摂り終わっている。


 この五日間、我らは野営地に篭っていた。

 理由は三ヶ国同盟軍を油断させるためだが、エーデルシュタイン方面との連絡が途絶えたことで、兵たちに動揺が見られたからだ。

 そのため、彼らの間を回り、不安の解消に努める必要があったためだ。


『エーデルシュタイン近くで王国軍が動くことは想定内だ。そのためにマウラーとペテルセンを残したのだからな』


『今頃、シュヴァーン河ではゴットフリート兄上が率いる草原の民が王国軍に襲い掛かっているだろう。そのための工作も行っているのだ』


『ここで勝利すれば、グライフトゥルム、グランツフート、シュッツェハーゲンの三国は主力を失うことになる。あとはじっくり攻め取ればよい』


 余が自信満々に言っても、最初のうちは兵たちの不安は消えなかった。しかし、繰り返し伝えることで徐々に不安は解消されていった。


『あとはここで勝つだけですね!』


『帝都に凱旋する日が楽しみです!』


 休養を摂ったことで万全の体制となり、危険な強襲作戦に着手することが可能となった。



 準備が終わったところで、第三軍団長カール・ハインツ・ガリアード元帥が話し掛けてきた。


「敵の偵察隊は気づいているでしょうか?」


「敵の監視部隊は二百メートル以内に入っていないが、獣人族の視覚や聴覚なら何らかの兆候は掴んでいるだろう。だが、確信までは持てぬはずだ。敵はいつでも通信の魔導具で連絡できるのだ。出撃を確認してからでも充分に余裕があると考え、報告を遅らせる可能性は高い」


 味方の士気を下げぬために、あえて楽観的な見通しを口にする。

 余の発言に対し、第二軍団長ホラント・エルレバッハ元帥も頷いた。


「私も陛下のお考えに賛同いたします。仮に兆候を掴んだところで報告したとしても、早朝に強襲を行えば、完全な迎撃準備は難しいはずです。それにもし敵が準備を終えているなら、攻撃しなければよいだけです。リスクはそれほどでもありません」


「その通りだ。敵の斥候隊を排除できぬ以上、完全な奇襲は不可能なのだ。ケンプフェルトらが油断するとは思えぬが、シュッツェハーゲン軍は慌てるだろう。その隙を突く」


 今回の目標はシュッツェハーゲン軍の防衛陣地だ。


 ケンプフェルトが率いるグランツフート共和国軍やラウシェンバッハ子飼いのグライフトゥルム王国軍の獣人族部隊と異なり、シュッツェハーゲン軍の練度は低い。夜明けと共に強襲を受ければ、的確な対応はできないだろう。


 それでも主力である共和国軍と獣人族部隊は健在だが、共同戦線を張っている軍の一画が崩れれば、ケンプフェルトやエッフェンベルクといった名将であっても戦線を維持することは難しい。


 特に中央の防衛陣地はシュッツェハーゲン軍とグライフトゥルム軍の混成部隊であり、シュッツェハーゲン軍が崩れれば、グライフトゥルム軍だけで支えることは至難の業だ。それを狙っている。


 午前五時頃。夜明けまであと一時間というところで出陣を命じた。


『敵の準備が整う前に強襲する! すぐに空は白み始める! それまでは足元が見えづらいが、敵陣まで急ぎ移動せよ!』


 まだ深夜と言えるほど暗いが、松明の明かりを頼りに出発する。


 歩兵たちは駆け足より少し遅い程度の速度で歩を進める。

 余を含め、騎兵はこの暗闇の中で馬を走らせるわけにはいかないため、歩兵が手綱を持って先導する。

 馬の上から見ると、松明の列が長く伸びている様子が見えた。


 四十分ほどで敵陣が見えるところまでやってきた。

 既に空は白み始め、敵の土塁の上では篝火に照らされた人影が慌ただしく動いている。


「成功したようだな。エルレバッハ、シュッツェハーゲン軍の陣地を攻撃せよ」


「御意!」


 エルレバッハは軽く頭を下げると、命令を発し始める。


「キューネル将軍は歩兵を率いて正面より攻撃を開始せよ! フィッシャー将軍は弓兵を率いてキューネル将軍を支援。エーリング将軍は騎兵を率い、グライフトゥルム軍と共和国軍の騎兵に対処せよ!……」


 剣闘士を思わせる風貌の豪胆な指揮官アウグスト・キューネルに一万の歩兵を指揮させて、シュッツェハーゲン軍の防衛陣地を強襲させる。更にその後方から沈着冷静なヤン・フェリックス・フィッシャーが五千の弓兵を率いて支援する。


 騎兵部隊はゲールノート・エーリングが指揮するが、防衛陣地には近づかず、迂回してくるであろう騎兵や獣人族部隊を牽制する。


 第三軍団は共和国軍の防御陣を牽制しつつ、シュッツェハーゲン軍の防衛陣地に側面から攻撃を行うよう命じてあった。


 今回の作戦の目的はシュッツェハーゲン軍を徹底的に叩くこと。鍵はグライフトゥルム軍や共和国軍にいかに邪魔されないようにするかだ。



 攻撃が開始された。

 シュッツェハーゲン軍の防衛陣地は虚を突かれたのか、組織的な射撃はなく、散発的に矢が飛んでくるだけだ。

 しかし、両側の共和国軍の防御陣からの射撃は的確で、安易に接近できない。


(さすがはケンプフェルトの兵だな。この短時間で迎撃準備を終えていたようだ。だが、距離がある。今のところ、それほどの脅威でもない……)


 距離的には百五十メートル以上あり、盾で充分に防ぐことが可能だ。

 接近してもシュッツェハーゲン軍の防衛陣地から飛んでくる矢の数はそれほど増えない。


(防衛陣地内は未だに混乱している。どうやらグライフトゥルムの獣人族も混乱に巻き込まれたようだな……この状況がいましばらく続けば、陣地を奪取できる……)


 攻撃開始から十分ほどで、早くも空堀を越え土塁に達している兵が出始めた。


「敵は混乱している! 第三軍団も左右からの攻撃は無視して防衛陣地に突入せよ!」


 土塁の中に入ってしまえば、敵味方が入り乱れているから、左右からの援護射撃は不可能だ。そのため、牽制に向かわせていた第三軍団にも突入を命じた。


(問題があるとすれば、グライフトゥルム軍の獣人兵だ。奴らのすべてがこの防衛陣地にいるなら激しい白兵戦になるが、乱戦になることは間違いない。乱戦になってしまえば、いかにエッフェンベルクたちの指揮能力が高くとも、集団戦に慣れた我が帝国軍の敵ではない……)


 これまでの戦いで分かったことだが、グライフトゥルム王国軍の獣人族部隊はエッフェンベルクらの命令によって的確に動いているものの、前線指揮官の命令に従っている様子がなく、数千の兵が一個の戦闘単位になっている。


 つまり、小隊や中隊といった小規模な戦闘単位で戦っていないということだ。

 そこに勝機があると考えている。


 そんなことを考えている間に朝日が差し込んできた。

 既に第二軍団の歩兵二個大隊が正面から突入し、第三軍団の歩兵二個大隊も側面の土塁に取り付いている。


「前線からの報告です! 土塁の内側に獣人族兵士が潜んでいるとのこと! 突入した部隊が次々に討ち取られています!」


 こちらが強襲すると読み、防衛陣地の中に引き込んだようだ。それにまんまと嵌ってしまったようだ。

 その報告に舌打ちしそうになったが、冷静さを失わないように注意しながら命令を出す。


「全軍に一度下がるように命じよ! 下がりながら敵を誘い出すのだ!」


 この状況から下がることは至難の業だ。しかし、敵が待ち受けている以上、被害を最小限に抑える必要がある。


 土塁を登っていた兵たちが慌てた様子で後退してくるが、そこに矢が射かけられ、十人単位で兵が倒れる様子が見えた。


下に前作のリンクがあります。こちらもご興味があれば、よろしくお願いします。

また、地図や世界設定などを集めた設定集もありますので、興味のある方はご確認ください。


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