第二十六話「グラオザント会戦・決戦:その一」
統一暦一二一六年九月三十日。
シュッツェハーゲン王国西部グラオザント城東、シュッツェハーゲン軍防衛陣地内。ラザファム・フォン・エッフェンベルク侯爵
グラオザントでの戦いも今日で六日目だ。
昨夜の夜襲の影響がどう出るかは分からないが、後方に不安がある状況では積極的に動くしかないはずだ。
朝食を摂った後、総司令部になっている天幕に入る。
既にイリスとハルトムートは来ており、総司令官であるシュッツェハーゲン軍のタンクレート・アイゼンシュタイン侯爵と話をしていた。
「イリス殿はこれまでと違った動きを見せるとお考えか……具体的にはどのようなことを想定しているのだろうか?」
どうやら今日の戦いに関し、帝国軍がどう動くか話し合っていたようだ。
「それは分かりませんわ。ですが、無策ということはないでしょう。ハルト、あなたが皇帝ならどうやって攻めるかしら?」
「難しい質問だな……そうだな、素直に攻撃することだけはないな……俺なら一番の難敵、ケンプフェルト閣下を攻撃する。そんな感じだな」
「それにはどういう意味があるのかしら?」
「帝国軍の戦略目的は我々三ヶ国同盟軍に対して圧倒的な勝利を得ることだ。そうすることで国内の不穏分子を大人しくさせ、同時に帝国民の強い支持が得られるから国内が安定する。皇帝としては絶対に勝つという強い意志を見せ、兵たちの奮起を促すことを考えるだろうな」
「それはあるわね」
「それに閣下の隊が数倍の敵に攻撃されている様子を見れば、フランク殿の騎兵部隊はもちろん、ロイ殿の歩兵部隊も黙って見ていられないだろう。そうなったら、我々も救援部隊を出さざるを得ない。その結果、この防御陣形が崩れ、帝国軍得意の野戦に持ち込める」
フランク・ホーネッカー将軍の騎兵部隊は当然だが、グラオザント城とシュッツェハーゲン軍の防衛陣地の間を守るロイ・キーファー将軍の将兵も気が気ではないだろう。
ありそうなことだと思い、会話に参加する。
「確かにその可能性はあるな。閣下が敗れるとは考え難いが、集中的に攻撃されたら救援に向かわざるを得ない。行けば野戦を強要されることになるし、行かなければ共和国軍の将兵に不満が募る。シュッツェハーゲン王国軍には救援を送ったのに共和国軍の軍神ケンプフェルト閣下を見殺しにするのかと」
そこでいつの間にか入ってきたケンプフェルト閣下が会話に入って来られた。
「我が軍のことは気にせんでもいいぞ。その程度でグダグダ言うような兵はおらぬからな」
そう言って笑みを浮かべている。
共和国軍の中央機動軍の将兵はケンプフェルト閣下に心酔しているが、ロイ殿やフランク殿が一喝すれば不満に思わないかもしれない。
「それよりもシュッツェハーゲン軍の防衛陣地に総攻撃を仕掛けてくるのではないかと儂は考えておる。土塁を越えてしまえば、両側からの支援は受けられぬし、騎兵による救援もできんからな。それにグライフトゥルム王国軍との混成軍になっている点をあの皇帝なら突いてくるだろう。狭い場所なら統一した指揮命令系統の帝国軍の方が有利だからな」
閣下の意見にイリスが疑問を呈する。
「ですが、土塁を乗り越えるまでに、大きな損害を受けることは容易に想像できますわ。そこまでの覚悟をもって攻めてくるでしょうか?」
私も妹の意見に賛成だが、閣下は「来る」と断言し説明する。
「マティアスの後方撹乱作戦の情報は届いておろう。届いていなくとも伝令が届かぬ状況になっていれば、強い危機感を持っているはずだ。皇帝としては強気に出ざるを得ぬ」
閣下の言葉に私たちは頷いた。
そんな話をした後、配置に着くが、いつもの時間になっても帝国軍は現れない。
斥候隊からの情報では野営地から出てくる気配はなく、周囲の警戒を強めているだけという報告が入ってきた。
午後になり、対応について協議するため、主要な将が集まった。
「この帝国軍の動きについて、どのように考えるべきか、皆さんの意見を伺いたい」
アイゼンシュタイン殿がやや困惑した表情で全員に意見を求めた。
しかし、私はもちろん、イリスですら皇帝の思惑を推測することはできなかった。
「皇帝の思惑は分かりませんが、情報不足の状態で無理に結論を出してもよいことはないと思います。今日は休養ができたと考え、明日以降に備えるべきでしょう」
私の意見にアイゼンシュタイン殿が頷くが、懸念も示してきた。
「夜襲に対する警戒はどう考えますか、ラザファム殿」
「警戒は緩めるべきではありませんが、新月ですから、月明かりはほとんどないでしょう。この状況で夜襲を仕掛けてくる可能性は低いと思います」
「儂もラザファムの意見に賛成だ。獣人族が多数いる我らに無理に夜襲を仕掛けるほど追い詰められてはおらぬだろう」
結局、帝国軍は野営地から一歩も出ることなく、陽が落ちた。
夜になっても帝国軍は動かず、肩透かしにあったような微妙な空気が将兵の間に漂っていた。
翌日の十月一日も帝国軍は動かず、更にその翌日も出撃はなかった。
但し、野営地の周囲に小隊単位の哨戒部隊を昼夜問わず何重にも出して警戒を強めており、帝国軍の様子を窺うことができない。
十月二日の夕方、イリスとハルトムートの三人で話し合う。
「皇帝は何を考えているんだ? 三日も動かない理由がさっぱり分からん」
肩を竦めて発言するハルトの言葉に、私も頷くことしかできない。
「今夜辺りに仕掛けてくるかもしれないわ」
「どういうことだ?」
「十三年前のヴェストエッケでの戦いを思い出したのよ。あの時、黒狼騎士団は毎日夜襲を仕掛けた後、数日間それをやめて守備兵団を油断させようとしたわ。私たちが到着した後、マティが気づいたから逆に罠に嵌めることができたけど、一歩間違えば守備兵団は大きな損害を受けていたわ。その時と似ている気がするのよ」
十三年前の一二〇三年の夏、王国の西の要衝ヴェストエッケにレヒト法国が攻撃を仕掛けてきた。その際、黒狼騎士団は四日連続で夜襲を仕掛け、その後五日間一切動かなかった。
あの時は運よく我々が到着し、マティアスが策を見破ったが、ヴェストエッケ守備兵団は完全に油断していた。もし我々が到着していなければ危険な状況だった。
「イリスの言う通りかもしれない。実際、兵に油断が見える。引き締めておいた方がいいだろうな」
兵たちに油断するなと引き締めを行ったが、その日も何事も起きなかった。
翌日の十月三日も帝国軍は動かず、夜を迎えた。
「神経戦だな。なかなか嫌らしい手を使ってくる。マティがいれば相手の考えを読んでもらえるんだが、警戒を続けるだけというのは気が滅入るものだな」
ハルトが疲れたような表情を浮かべている。
帝国軍の野営地とは五キロメートルほど離れているから、敵が出撃した情報を受けてからでも迎撃準備は難しくないため、兵たちは休ませている。
しかし、我が軍から斥候隊を出している関係で、私、イリス、ハルトの三人は夜間も交代で指揮を執っており、身体的にはさほどではないが、精神的な疲れが溜まっていた。
「守る側はこれがあるから大変なのよね。もっとも帝国軍の兵士も後方に不安があることに気づいているでしょうから、続けてもあと数日でしょうけど」
夕方、斥候隊から連絡が入った。
『帝国軍野営地の炊煙がいつもより多い気がします。以上』
マティアスの作った教本に夜襲を行う前兆として、炊事の煙が増えるということがあり、斥候隊の隊長もそのことを知っているため、報告を上げてきたのだ。
「よく気づいてくれたわ。敵の動きに更に注意するように。以上」
イリスが監視強化を命じると、その情報をアイゼンシュタイン殿やケンプフェルト閣下に伝える。
報告を聞いたアイゼンシュタイン殿が質問する。
「敵の嫌がらせの可能性はありませんか? 月明かりは弱いですし、普人族の兵士が行動できるとは思えませんが」
その問いに妹が答えた。
「嫌がらせの可能性はゼロではありませんが、移動できないほどではありませんわ。それにこちらの斥候隊がいることは彼らも知っているでしょう。ですから、完全な奇襲よりこちらの迎撃準備が終わる前に強襲する感じで攻撃してくるのではないでしょうか」
ハルトも妹の意見に賛同する。
「俺も彼女の意見に賛成です。俺なら夜明け直前にここに到着するタイミングで走ってきますね。そのくらいの時間なら多少見えるようになっていますから。こっちは斥候の報告を受けて準備を始めても、ギリギリ終わるか終わらないかという感じでしょう。そこから激しい攻撃を加えられたら、兵は動揺していますし、いつもより厳しい状況になることは間違いありません」
二人の意見にケンプフェルト閣下が頷く。
「儂も同じ考えだ。今夜は警戒を強めて万全の準備で迎え撃つべきだろう」
「その点につきましては私に策があります」
私はある策を提示し、認められた。
下に前作のリンクがあります。こちらもご興味があれば、よろしくお願いします。
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