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第二十三話「ヴィーク防衛戦:前編」

 統一暦一二一六年九月二十九日。

 ゾルダート帝国西部、シュヴァーン河東ヴィーク付近。アレクサンダー・ハルフォーフ少将


 午後四時を過ぎ、陽が傾き始めた。

 王国軍の渡河は順調で、残り一万を切っている。


 今は中央軍第一師団が渡河しているが、残りは殿(しんがり)であるエッフェンベルク師団三千、義勇兵団三千、そして俺が率いる近衛連隊八百だけだ。


(あと一時間も掛からないはずだが、全員が渡河を終えることは無理だな……)


 三十分ほど前、マティアス殿の予想通り、南に放った斥候隊が遊牧民の騎兵を見つけたと報告してきた。距離は十キロメートルほどで、そろそろ見えてきてもいい頃だ。


 更に東を警戒している斥候隊が第一軍団の騎兵の動きを報告しており、こちらもあと一時間ほどで到着すると聞いている。


『南より敵が接近! 武器を構えよ!』


 拡声の魔導具を使ったマティアス殿の声が聞こえてきた。


「近衛連隊、戦闘準備! マティアス殿の前で恥ずかしい戦いは見せるなよ!」


「「オオ!」」


 うちの連隊にはラウシェンバッハ領出身の獣人族が多く、マティアス殿の名を出すと反応がいい。


 俺も剣を引き抜き、切っ先を地面に差す。

 普段は騎乗で指揮を執るが、今回は敵を迎え撃つため、徒歩の方が戦いやすいためだ。


 その直後、敵の姿が見えてきた。

 距離は五百メートルほど。こちらに馬防柵などがないと気づいたのか、槍を振り回しながら蛮族さながらに突撃してくる。


『第二列射撃用意。第一列は合図とともに膝を突け』


 マティアス殿の冷静な声が聞こえてきた。


「近衛連隊、構えろ! 敵が混乱したら突撃するぞ! 間違っても味方の射線に出るなよ!」


「「オオ!」」


 相変わらず戦意は旺盛だ。


 敵との距離が百メートルを切った。

 既に数千の騎兵の馬蹄の音がうるさいほど聞こえている。


『第一列、膝を突け! 第二列、狙え!』


 後ろで義勇兵たちが一斉に膝を突く、がさっという音が聞こえる。

 その直後、マティアス殿が鋭い声で命令を発した。


『放て!』


 バシュッという太矢が放たれる音が響き、突撃中の遊牧民戦士の多くが馬ごと倒れた。

 戦士たちの悲鳴や馬の嘶き、敵は大混乱に陥っている。

 どうやら馬を狙うように指示してあったようだ。


「近衛連隊、突撃!」


 俺の命令の直後、第三列が太矢を放ち、更に混乱は大きくなる。


『第一列、抜けてきた敵を迎え撃て! 第二列、第三列、味方に当てないように射撃を継続!』


 俺たちが突っ込んでいる間にも弩弓による射撃は行われている。

 ほとんど弓による連射に近い間隔で放たれており、敵の混乱は収まる気配がない。

 これは膂力が強い獣人族だからできることだ。


 通常の弩弓なら巻き上げ機により弦を引くことになるが、力自慢で更に身体強化が可能な獣人たちは腕力だけで引いてしまう。構えて狙うという手順がある分、多少は弓に劣るが、弩弓とは思えぬほど速い。


『第一列、中央に集まれ! 突破しようとする敵を迎え撃て! 第二列は右へ移動! 第三列は左へ移動! 中央突破を図る敵を狙い撃て!』


 俺からは見えないが、俺たちを目指している敵がいるらしい。


「義勇兵ばかりに手柄を挙げさせるな! 大陸一の精鋭の力を皆に見せ付けろ!」


 そう言いながら、目の前に現れた敵騎兵を叩き切る。


(思ったより混乱していないな。左右であんなことがあれば、パニックになってもおかしくないのだが……ゴットフリートの直属だけあって精鋭ということか……)


 そんなことを考えていると、目の前に百騎ほどの集団が現れた。

 そこにはゾルダート皇室の旗が靡いている。


「ゴットフリートの本隊だ! 奴を討ち取れば、俺たちの勝ちだぞ!」


 部下を鼓舞するために叫んでいるが、討ち取る気はない。これはマティアス殿から頼まれていたからだ。


『できればゴットフリート皇子は殺さないようにしていただきたいんです。もちろん、アレク殿や近衛兵の命を優先してほしいのですが、殺してしまうと皇子に忠誠を誓うヒンメル族が玉砕覚悟で攻め続けます。そうなると帝国軍本隊が到着してしまいますので』


 ゴットフリート皇子と直接話したヘルマンからの報告にもあったが、草原の民、特にヒンメル族は皇子に絶対的な忠誠を誓っているらしい。


『それにこの先のことを考えると、帝国に混乱を与えるために生かしておいた方がよいと思っています……』


 マティアス殿は皇帝マクシミリアンが失政を行ったら、ゴットフリートを焚き付けて帝国に内戦を起こさせることを考えているらしい。


 その時は一応考慮すると答えたが、敵の動きを見て簡単でないことは明らかだった。


■■■


 統一暦一二一六年九月二十九日。

 ゾルダート帝国西部、シュヴァーン河東ヴィーク付近。ゴットフリート皇子


 グライフトゥルム王国軍への追撃のため、俺はヒンメル族の戦士五千を率いている。

 帝国軍第一軍団と第四軍団は北公路(ノルトシュトラーセ)沿いを進んでいるが、俺たちは草原の中を駆けていた。


 シュヴァーン河の河畔に辿り着き、川沿いに北上する。


(あと一キロほどだな。敵の斥候の姿が見えん。上手く出し抜けたようだな……)


 王国軍の偵察隊の騎兵とは一度も接触していない。第一軍団の方に気を取られ、奇襲が成功したと思っていた。


 しかし、渡し場に近づいたところで、浮橋を渡っている王国軍が見えた。


(王国軍の行軍速度を見誤ったか……いや、まだ間に合う! このまま突っ込めば敵は混乱するし、浮橋を固定するロープを切れば、こちらに取り残される部隊が出るはずだ……)


 本来の計画では王国軍より先に到着し、浮橋を破壊することになっていた。

 しかし、王国軍の行軍速度が思った以上に速く、渡河中に襲撃することになってしまった。


 更に接近すると、渡河の順番待ちをしていると思われた敵が、隊列を組んで待ち構えていることに気づく。


「無暗に突っ込むな! 東へ、右へ向かえ!」


 俺の直属が旗を振って命令を伝えるが、敵が見えたことで戦士たちは興奮し、合図に気づいていない。


 まずいと思ったが、敵に馬防柵を設置する余裕はなく、更に長弓兵の姿も見えなかったので、それほど悲観的ではなかった。


 更に接近したところで首筋がピリッとする感じがあり、思わず手綱を緩めた。


 敵の中央には千人弱の集団があり、その後ろにはユリの花のようなラウシェンバッハ家の旗が靡いている。

 更に椅子の付いた輿のようなものに乗った男が指揮を執っていた。


(あの旗はラウシェンバッハ家のものだ。それに馬ではなく、あのようなものに乗っているとすれば、奴がラウシェンバッハだ……だとすれば、どこかに必ず罠がある……)


 私が手綱を緩めたため、ヒンメル族の族長、セリムが驚いている。


「どうしたんですか? ツェーザル」


 セリムは十二年前初めて会った時には戦士長だったが、先代族長トルゲが引退したことから族長に就任していた。

 ツェーザルとは草原の民の伝説的な英雄の名で、彼らは俺のことをそう呼んでいる。


「敵の罠だ!……敵の中央を突破するぞ! このままでは戦士たちの多くが命を落とす! 敵中央に向かえ!」


 そう言うと、再び左に針路を変える。


「罠に飛び込むんですか!」


「あの突出した部隊は敵の主力ラウシェンバッハ騎士団だ。奴らを突破できれば、あとは烏合の衆。我らの勝利だ」


 当初考えでは接近したところで左右に分かれ、側面から矢を放って混乱させるつもりだった。

 しかし、罠が何か分からないが、左右に分かれることは危険だと感じ、命令を変える。


 左右に向かえないなら、最も危険だと思われる中央に向かった方が活路を開くことができると考えたのだ。


 セリムを始めヒンメル族の戦士たちは俺の命令に従い、隊列を細くし中央突破の隊形を作っていく。


 前衛では弩弓によって戦士たちが次々と落馬していく。

 しかし、中央付近だけは突出した部隊がいるため、僅かだが攻撃されない場所があった。


「一気に踏みつぶせ!」


 勢いに任せた突撃を命じる。

 草原の民の中でも勇猛で知られるヒンメル族の戦士たちは、仲間がやられても全く気にすることなく敵陣に向かう。


 敵からの射撃も中央付近は密度が低い。

 これならいけると思った時、集団の速度が落ちる。


「ツェーザル、危険です! 物凄く強い奴らが待ち受けているみたいです!」


 セリムが焦りを含んだ声で叫ぶように伝えてきた。


 味方の隙間から戦場を見ると、漆黒の偉丈夫が巨大な剣を振り回してヒンメル族の戦士たちを馬ごとなぎ倒していた。

 彼の周囲でも巨躯の獣人族戦士が同じように獅子奮迅の戦いを見せている。


(なんだあれは……ケンプフェルトの再来ではないか……)


 二十年前のフェアラート会戦で見たグランツフート共和国軍のゲルハルト・ケンプフェルトのことを思い出した。


 グライフトゥルム王国軍とグランツフート共和国軍の連合軍が我が帝国騎兵による奇襲を受けて壊滅的な状況になった時、ケンプフェルトは直属の猛者たちと共に前線に出て我が軍の猛攻を跳ね返した。あの名将ローデリヒ・マウラーが直接当たるのをためらったほどだ。


「グライフトゥルム王国近衛連隊長、アレクサンダー・ハルフォーフだ! 死にたい奴から掛かってこい!」


 漆黒の偉丈夫は返り血で真っ赤になりながら挑発する。しかし、勇猛なヒンメル族戦士ですら、死の化身となったハルフォーフに近づくことができず、我が軍の足が止まる。


 そこに左右から太矢が撃ち込まれる。いつの間にか移動していたようだ。


「ヒンメル族の者たちよ! 貴様らは草原の覇者であろう! 臆せず敵に立ち向かえ! 突撃!」


 俺は無謀ともいえる命令を出した。

 今更横に逃げても弩弓によって数を減らされるだけだ。そんなことなら数に任せて突破する方がヒンメル族の気質にも合っている。


「敵の中に入り込めば矢は撃てぬ! 千にも満たぬ敵に恐れを成して逃げたと言われてもよいのか!」


 その言葉で戦士たちは雄叫びを上げて馬を駆け始めた。


下に前作のリンクがあります。こちらもご興味があれば、よろしくお願いします。

また、地図や世界設定などを集めた設定集もありますので、興味のある方はご確認ください。


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