表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
284/296

第二十二話「軍師、王国東部に戻る」

 統一暦一二一六年九月二十九日。

 グライフトゥルム王国東部、ヴェヒターミュンデ城内。マティアス・フォン・ラウシェンバッハ伯爵


 今日の昼過ぎ、エーデルシュタインから王国東部の要衝ヴェヒターミュンデ城に戻ってきた。


 国境であるシュヴァーン河ではルートヴィヒ・フォン・ヴェヒターミュンデ大将率いる帝国進攻軍が撤退のため、渡河を始めていた。


(何とか間に合ったが、ギリギリのタイミングだったな。もう少し余裕があるはずだったのだが……)


 城に戻っていた東部方面軍司令部の参謀に聞くと、国境から百キロメートルほど東にある城塞都市タウバッハを包囲していたが、四日前に第一軍団と第四軍団が四十キロメートル地点まで接近してきたため撤退したそうだ。


 私は常識的な行軍速度を前提に、一昨日くらいに敵を発見し、明後日くらいにて撤退を始めると予想していた。

 それが大幅に早まったことに驚きを隠せないでいた。


 ローデリヒ・マウラー元帥率いる第一軍団二万がエーデルシュタイン付近を出発したのは九月四日。つまり、五百五十キロメートルもの距離を僅か二十一日間で移動したことになる。


 一日当たりに直せば、約二十六キロメートル。

 そのほとんどが街道ではないただの草原であり、補給の困難さも考えれば、私の想定はおかしなものではない。


(さすがは名将マウラー元帥といったところか。しかし、対応する時間がほとんどない……)


 現在は帝国軍の騎兵部隊二万ほどが二十キロメートルほど東にまで迫っているらしい。但し、その軍の中にゴットフリート皇子と遊牧民戦士の姿はなく、ディートリヒ・フォン・ラムザウアー中将率いる中央軍第二師団、通称エッフェンベルク師団の斥候隊も発見できずにいた。


(ゴットフリート皇子が別行動を採ることは想定済みだが、斥候隊が見つけられていないことが気になるな。草原を突っ切り、南から攻撃してくるつもりなのだろうか?)


 元々遊牧民部隊が別行動を採ることは想定し、エッフェンベルク師団の斥候隊は広範囲を索敵できるように命じてあった。

 その索敵網を掻い潜られたことに不安を持つ。


「ルートヴィヒ卿はヴィークの渡しで渡河の指揮を執っているのだな?」


 参謀に確認するとその通りだという答えが返ってきた。


「エッフェンベルク師団はどの辺りにいるか分かるか?」


 先ほど見た感じではエッフェンベルク師団の旗がなかったため確認したのだ。


「先ほどフェアラートを通過したと報告がありました。あと一時間ほどでヴィークに到着するはずです」


「ディートリヒ卿に通信を繋いでほしい。大至急だ」


 すぐに通信兵が現れ、ディートリヒが通信機に出る。


『義兄上、お戻りだったのですか? 以上』


 私が戻ってくるという情報はまだ入っておらず驚いたようだ。


「エーデルシュタインの作戦が上手くいったから戻ってきたよ。それより南からゴットフリート隊が来る可能性がある。斥候隊を回すことは可能か。以上」


『私も気になっていたので既に斥候隊を送り込んでいます。ただ、一時間ほど前に移動させましたので、まだ十キロほどしか離れていないと思います。以上』


 十キロメートルという距離にまずいと思った。


「了解した。斥候隊が敵を見つけたらすぐに東部方面軍司令部に連絡を頼む。私もルートヴィヒ卿に合流するつもりだ。以上」


 それだけ言うと、私は護衛と私専属の輸送小隊と共に船を使って対岸に向かう。

 横に見える浮橋では中央軍と北部方面軍の兵士たちが急ぎ足で渡河を行っているが、対岸には多くの兵が残っており、まだ二、三時間は掛かりそうだと焦りを覚えた。


 対岸に渡ると、すぐにルートヴィヒ卿に面会する。


「戻ったと聞いたが、身体の方は大丈夫なのか? 森の中での長期間の作戦だったが」


「多少疲れてはいますが、問題ありません。それよりも渡河の完了見込みはいつでしょうか」


「あと三時間は掛かるだろうが、日暮れまでには終わるはずだ。敵の騎兵も急いでいるようだが、ギリギリ間に合うと見ている」


「ゴットフリート皇子の部隊についてはどうお考えですか?」


「これまで遊牧民たちの姿を一度も見ていない。皇帝が説得に失敗したのではないかと考えている。念のため、ディートが警戒を強めてくれているが、何か問題でもあるのか?」


 遊牧民を見ていないから、楽観的に考えているようだ。


「私がゴットフリート皇子なら、守りが難しい渡河中のこのタイミングを狙います。彼なら帝国軍の騎兵と我が軍の行軍速度は分かっていますから、マウラー元帥麾下の騎兵部隊が来るまでの時間を稼ぐことを考えるでしょう」


「確かにあり得るが……未だに姿を一度も見ていないのだが」


「彼らは草原を熟知していますから、哨戒線に引っかからないように南側に大きく迂回して接近してくるはずです。最悪の場合、既に二十キロ以内に接近していると考えます」


「そこまで危機的なのか……」


 この時点で姿を見せないということは説得に失敗したか、こちらの移動速度を見誤った可能性がある。しかし、第一軍団の騎兵と連携するなら、このタイミングで来るはずだ。


「分かりません。私の思い過ごしという可能性もありますので。ただ、東側はエッフェンベルク師団が殿(しんがり)として守ることになっていますが、南側が手薄です。そこを突かれ、浮橋を破壊されたら、残っている部隊が孤立します。私がラウシェンバッハ領の義勇兵を指揮してそこを守ります」


 義勇兵団三千は渡河地点と浮橋を守るためにこちら側にいるが、指揮する者がいないため、渡河を待っているだけだ。


「卿に何かあっては今後の王国の運営に大きな支障をきたす。南側はヴェヒターミュンデ師団に守らせることにしよう」


「ご配慮はありがたいですが、遊牧民部隊に対抗するには歩兵中心のヴェヒターミュンデ師団より義勇兵団の方が戦いやすいと思います。ヴェヒターミュンデ師団は水軍と連携し、船に弓兵を乗せて渡河の支援を行ってはいかがでしょうか」


 ヴェヒターミュンデ師団はヴェヒターミュンデ城での防衛に特化した部隊で、弓兵と弩弓兵、短槍兵が主力だ。馬防柵のない場所で軽騎兵である遊牧民部隊と戦うことは現実的ではない。一方、水軍とは常に連携訓練を行っているため、船の上からの支援の方が有効だ。


「そうだな。ルドルフにそう命じておこう。アレクサンダーも卿の指揮下に入れる。近衛兵団なら遊牧民と対等以上に渡り合えるだろうからな」


 ルートヴィヒ卿は師団長であるルドルフ・フォン・ヴェヒターミュンデ中将にすぐに命令を出した。


「助かります。では義勇兵団に合流します」


 そう言って私はルートヴィヒ卿と別れた。

 義勇兵団に合流すると、私の姿を見て兵たちが喜んでいる。


「ここに遊牧民たちが来るかもしれない! それを食い止める! 連隊長は私のところに集まってくれ!」


 三人の連隊長が集まってきた。

 いずれも元ラウシェンバッハ騎士団の兵士で、腕や足に欠損があり、教官として領地に残っていた者たちだ。


 城壁の上での戦いなら全く問題はないし、浮橋の防衛も少数の奇襲部隊による破壊活動くらいしか想定していなかったため、彼らを指揮官に指名したのだ。


「作戦は簡単だ。千人ずつで三列の横隊を作る。最前列は敵を食い止める。二列目、三列目は弩弓で太矢を敵に撃ち込む。タイミングは私が出すからそれに従えばよい」


 元々、帝国軍の別動隊がヴェヒターミュンデ城に奇襲を仕掛けてきたら、城壁で防衛するために招集されており、今言った戦い方を叩きこまれている。


「あとはアレクサンダー殿の近衛兵の支援だけだ。これも味方に当てなければ、私の指示通りに動けば問題はない」


 そして、周囲に聞こえるように指示を出す。


「王国軍が窮地に陥る可能性がある! それを我らが救うのだ! だが、無理をする必要はない! 私の命令に従うこと、それだけを考えて行動してほしい!」


 私の言葉に義勇兵たちが大声で応える。


「マティアス様のために!」


「帝国の奴らをぶちのめすぞ!」


「ご命令に従います!」


 軍としてはまだまとまりがないため、様々な声が響いているが、私の思惑通り、士気は上がっている。


「ずいぶん士気が上がっているようですな。さすがはマティアス殿だ」


 そんな中、アレクサンダー・ハルフォーフ少将がやってきた。後ろには元黒獣猟兵団の見知った顔があり、笑顔で迎える。


「アレク殿にも期待していますよ。現れるとすれば、あのゴットフリート皇子が率いる遊牧民たちですから。大陸最強のグライフトゥルム近衛連隊の力を世に知らしめましょう」


 近衛連隊は優秀な獣人族戦士を集めた精鋭部隊であり、こういった危機的な状況をひっくり返すために作ったものだ。その際に指揮官候補であったアレクサンダーに“最強の部隊を作ってほしい”と頼んでいる。


「期待してください。貴殿が戦争の天才というゴットフリート皇子の部隊が初陣の相手なら申し分はない。今から楽しみですよ」


 不敵な笑みを見せるが、彼も義勇兵たちの士気を上げるために演技をしているようだ。


「近衛連隊は最前列の中央に配置します。恐らく、我が家の旗と私の姿を見て突っ込んでくるでしょうから、正面から受け止めてください」


 義勇兵団にはラウシェンバッハ家の旗が靡いている。また、私自身は輿に乗っているため、非常に目立つし、馬に乗らずに指揮を執るなど私以外には考えられないはずだ。

 つまり、私を討ち取ろうと遊牧民戦士たちが突撃してくるということだ。


「自らを囮とするのですか。なかなか豪胆ですな、マティアス殿は。だが、陛下の師である貴殿を失うわけにはいかない。ヤバそうならすぐに下がってもらいたいのだが」


「その点は問題ないですよ。私が命じなくとも護衛小隊が危険だと判断したら、輿ごと後退するはずですから」


 その言葉にアレクサンダーは満足し、大きく頷いた。


下に前作のリンクがあります。こちらもご興味があれば、よろしくお願いします。

また、地図や世界設定などを集めた設定集もありますので、興味のある方はご確認ください。


感想、レビュー、ブックマーク及び評価(広告下の【☆☆☆☆☆】)をいただけましたら幸いです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ