第十九話「グラオザント会戦・前哨戦:その十三」
統一暦一二一六年九月二十八日。
シュッツェハーゲン王国西部グラオザント城東。皇帝マクシミリアン
四日目の戦いが始まった。
カール・ハインツ・ガリアード元帥率いる第三軍団がグランツフート共和国軍の防御陣に攻撃を掛けると、シュッツェハーゲン軍の防衛陣地から激しく矢を撃ち込まれる。その中にはグライフトゥルム軍の獣人兵もいた。
(昨日もあそこにいたのか? あまりに当たり前過ぎる……ケンプフェルトやアイゼンシュタインなら分からぬでもないが、エッフェンベルク、イスターツ、そしてイリスがそのようなことをするだろうか……)
エッフェンベルクたち優秀な将と軍師としても侮れないイリスが、我々の予想通りに動いていることに違和感を抱く。
「ガリアードに何らかの奇策の可能性があると伝えよ」
通信兵がすぐに連絡する。
「陛下はどのような奇策が行われるとお考えですか?」
第二軍団長ホラント・エルレバッハ元帥が聞いてきた。
「分からぬとしか答えようがないな。ただ、油断さえしなければ、大きな痛手を負うような策ではないはずだ。それが行えるなら早い段階で使っているだろうからな」
伏兵を置くにしても隠す場所がないし、火計などの大規模な罠もこれだけ開けた場所ではあまり意味がない。
「確かにそうですな。人の心理を利用した策なのでしょうが、全く想像できません」
知将と呼ばれ、ラウシェンバッハと戦ったことがあるエルレバッハでも分からぬようだ。
左翼側ではグランツフート共和国軍の騎兵部隊が牽制のために出てきたが、ゲールノート・エーリング麾下の騎兵部隊が迎え撃つ姿勢を見せたことで、大きく迂回し始めていた。
グランツフート共和国軍の防御陣を攻撃している第三軍団の歩兵たちだが、馬防柵に辿り付き、引き倒そうとしていた。
敵兵は長槍を繰り出して必死に防ごうとしているが、進入するのは時間の問題だろう。
もっとも第三軍団も余の命令を受けて慎重になっており、数で圧倒するような乱暴な動きは見せていない。
(この状況でどんな奇策を見せてくれるのかな?)
余には笑みを浮かべる余裕があった。
「グラオザント城とシュッツェハーゲン軍の防衛陣地からの矢が激しさを増してきました。支援のために防衛陣地への攻勢を強めます」
エルレバッハはそう言うと、麾下の歩兵部隊に命令を出す。
グランツフート共和国軍の防御陣はグラオザント城からも防衛陣地からも百メートルほどしか離れていない。そのため、前進すればするほど両側から激しく矢を撃ち込まれることになる。
「第三師団は前に! 敵の目をこちらに引き付けるのだ!」
第三師団の歩兵が前進すると、シュッツェハーゲン軍の防衛陣地からの攻撃対象が変わった。
その時、グランツフート共和国軍の防御陣で動きがあった。
■■■
統一暦一二一六年九月二十八日。
シュッツェハーゲン王国西部グラオザント城東。イリス・フォン・ラウシェンバッハ伯爵夫人
私は天幕が並ぶ防御陣の中央付近から前線の戦いを見ていた。
(やはり一筋縄ではいかないわね……もう少し力押ししてくると思ったのだけど……)
帝国の状況を考えれば、もう少し強引に攻めてきてもよいはずだが、こちらに何か策があると考えているのか、思った以上に慎重に攻撃してくる。
「兄様に繋いで」
副官であるエルザ・ジルヴァカッツェ中佐にそう命じると、すぐに兄ラザファムが通信機に出る。
『何かあったか? 以上』
「敵が罠を警戒しているわ。ここまで引き込むつもりだったけど難しそう。このままだとロイ殿の隊に大きな損害が出てしまうわ。この策を破棄して、前に出ようと思うのだけど、どうかしら? 以上」
本来の作戦では数で押してくる帝国軍に対してロイ殿の部隊が抗しきれず、そのまま陣地に踏み込まれたように見せて私たちのところまで引き込み、奇襲を仕掛ける予定だった。
しかし、数に任せて攻撃してくるものの、慎重に前進してくることから、ロイ殿の隊が撤退しても無謀な追撃が行われる可能性は低い。
『さすがは皇帝と軍団長たちだな。ここから見ても策が成功するとは思えない。ただ、ロイ殿の隊に余裕がないわけじゃない。ハルトに後方から援軍に回れるよう準備を命じた。厳しいようなら、まずはハルト師団が支援に向かう。お前の師団は命令があるまでそのまま待機だ。但し、お前はハルト師団が到着したら前に出てくれ。ハルト師団だけじゃなく、イリス師団も援軍に出たように見せたいからな。以上だ』
この策はまだ温存するらしい。
「了解したわ。以上」
通信を終了すると、エルザに命令を出す。
「各連隊長に今の話をしておいて。最悪、今日は出番がないかもしれないけど、明日以降で使うためだから我慢しなさいと」
「了解です!」
エルザは元気よく答えると、猫獣人特有の機敏さを見せながら、通信兵に命令を伝えていく。
(このままでは打つ手がないわ。マティに言われていたけど、主導権を握られるということがこんなにきついと思わなかった……)
攻撃側の方が主導権を握りやすいことは分かっていたし、守備側でも何らかの方法で主導権を握らないといけないとも思っていた。
(やっぱり帝国軍の将は優秀ね。レヒト法国軍が相手なら守備側でも主導権を握ることは難しくなかったのに……皇帝と帝国軍の将を相手にどうやって主導権を取り戻したらいいのかしら……)
そんなことを考えていたが、ロイ殿の隊が更に押し込まれたため、ハルトの師団が支援するという連絡が来る。
「エルザ、サンドラ、前線に出るわよ。といっても、私たちは印象を強めるだけ。そのつもりで付いてきなさい」
「「はい!」」
ハルトの師団が天幕の間を通り過ぎたところで、私たちも前線に出る。
後方からではよく見えなかったが、防御陣の馬防柵がところどころで破られていた。
敵兵が見えるところまで出ると、大きな声で命令を出す。
「イリス師団! 共和国軍と共同で押し返すのよ!」
その言葉に周囲の兵士が「「オオ!」」と応える。
予めハルトから命じられていたようで、戸惑う兵はいなかった。
ハルト師団が合流したことで、共和国軍はじりじりと後退していた前線を押し返し始めた。
「中央機動軍の意地を見せろ! 押し返せ! イリス殿、ハルト殿に手柄を奪われるな!」
ロイ殿が大きな声で叫んでいる。
その声には余裕が感じられ、兵たちの顔にも僅かだが余裕が見え始めた。
「ハルト師団、投擲開始! 味方に当てるなよ!」
ハルトの声も聞こえてきた。
その命令の直後、百本以上の槍が敵陣に向かって飛んでいった。
敵兵は盾で受け止めようとするが、矢と違い投槍は重く、受け止めきれない。整然と並んでいた敵の隊列が崩れ始める。
「大剣隊、前へ! 敵を叩き潰せ!」
ロイ殿はそう叫びながら自らも巨大な両手剣を振り上げながら、崩れた敵の前線に突っ込んでいく。
その姿は共和国の軍神ケンプフェルト元帥を髣髴とさせるほどで、兵たちの士気は一気に上がる。
「イリス師団! キーファー将軍に続きなさい! 但し、出すぎないように!」
命令を出し終えたところで周囲をもう一度見る。
シュッツェハーゲン軍の防衛陣地の土塁の上にはラザファム師団の兵が矢を放っているが、その中にシュッツェハーゲン軍の弓兵も交じっている。
(さすが兄様だわ。数を多く見せようということね……)
正確な数は分からないが、ざっと見た限りでは三千以上に見える。ここに来たハルト師団と合わせれば一万程度はいるように見えるから、帝国軍も私の師団がいると思ってくれるだろう。
「それにしても皇帝は何を考えているのかしら」
「どういうことでしょうか?」
私の呟きが聞こえたのか、エルザが聞いてきた。
「マティが後方で撹乱作戦をやっていることは分かっているはずよ。そうであるなら、短期決戦で勝利し、エーデルシュタインに引き返したいはず。でも、今日も強引に攻撃してくるわけでもなく、終始慎重だったわ。罠を警戒していたこともあるのでしょうけど、腑に落ちないよ」
「確かにそうですね」
エルザはそう言うもののそれ以上意見は出てこない。
そんな話をしていると、帝国軍がゆっくりと引き始めた。
ハルト師団とロイ殿の隊は無理な追撃をすることなく見守っている。
その後、何度か小競り合いは起きたが、夕方になると帝国軍は引き返していった。
私はその姿を見ながら、皇帝の意図が分からず困惑していた。
下に前作のリンクがあります。こちらもご興味があれば、よろしくお願いします。
また、地図や世界設定などを集めた設定集もありますので、興味のある方はご確認ください。
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