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新グライフトゥルム戦記~運命の王子と王国の守護者たち~  作者: 愛山 雄町
第二章:「風雲編」

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第四話「白狼騎士団長、要衝を陥落させる」

 統一暦一二一五年四月二十一日。

 グライフトゥルム王国西部ヴェストエッケ城、城主館内。ギーゼルヘール・フォン・ニーデルマイヤー伯爵


 私はカンカンと鳴り続ける不愉快な鐘の音で目覚めた。


「何時だと思っているのだ!」


 窓の外はまだ真っ暗で、深夜であることは間違いない。


「法国軍の夜襲です! 現在、第二連隊が防戦しておりますが、敵の数が多く、城壁を越えられるのは時間の問題とのこと!」


 宿直の士官が慌てた口調で報告する。


「法国軍の夜襲だと! 何かの間違いではないのか!」


 三万五千の北方教会領軍が領都クライスボルンから出陣したという情報が入っていたが、私はそれを信じていなかった。


 グランツフート共和国に六万五千もの大軍を送り込み、更に三万五千の兵を動かすだけの能力がレヒト法国にあるはずがないからだ。


 また、商人たちも北方教会領軍が動くという噂は知らず、そのため、私は我が国を混乱させるための偽情報だと判断していたのだ。


(ここは安全ではなかったのか? 侯爵は法国が攻め込んでくる可能性はないと断言していたのだが……)


 私が兵団長になったのは、ミヒャエル・フォン・マルクトホーフェン侯爵から打診があったからだ。その際、私が兵団長の地位にある三年程度なら法国軍が動くことはないと侯爵は断言したため、それを信じて受諾した。


 偽情報だと思っていたが、守備兵団の幹部たちがうるさく言うから、この城の南にあるクロイツホーフ城周辺の偵察は密にし、警戒はしていた。

 今日の夕方の定時報告でも、敵が接近したという情報はなかった。


「城壁の外は敵兵で埋め尽くされています! 敵は奇襲を仕掛けてきたのです! ご命令を!」


 ようやく敵襲が事実と気づくが、何をしていいのか、全く思いつかない。


『城壁を突破されたぞ! 城内で迎え撃て!』


『敵の数が多い! バラバラに戦うな!』


 そんな声が遠くから聞こえ、時折兵士の悲鳴も聞こえ始める。


「城主館を死守せよ! 義勇兵団に戦闘準備を……」


 そこまで言ったところで、扉が乱暴に開かれる。

 狼の紋章が目を引く、白い鎧を着た騎士が現れた。その鎧にはところどころ赤い染みがあり、それが返り血だと気づくのに時間が掛かった。


「守備兵団長とお見受けする。直ちに降伏してもらおう」


「な、なに……」


「降伏しないのであれば、この場で討ち取らせてもらうが、構わないか?」


 好戦的な笑みに震えが止まらない。


「こ、降伏する! 命だけは助けてくれ!」


 そう言って両手を上げて膝を突いた。


「守備兵団長が降伏した! 王国軍は無駄な抵抗はやめて武器を捨てろ! 兵団長、君からも命じてくれたまえ!」


「わ、分かった……ヴェストエッケ守備兵団はレヒト法国軍に降伏した! 直ちに武器を捨て、降伏せよ!」


 私は言われるまま、そう叫んでいた。


■■■


 統一暦一二一五年四月二十一日。

 グライフトゥルム王国西部ヴェストエッケ城、城主館内。ニコラウス・マルシャルク白狼騎士団長


 ヴェストエッケ城は僅か二時間で陥落した。


(あっけないものだったな。まあ、五年以上かけて準備してきたのだから、成功して当たり前なのだが……)


 ヴェストエッケ守備兵団は無警戒だった。

 昨日はクロイツホーフ城の南五キロメートルのところで停止し、夜になってから休むことなく、ヴェストエッケ城に向かったのだが、兵団長のニーデルマイヤー伯爵は見事に引っかかってくれた。


「居住区にも兵士を送れ! 守備兵団が降伏した以上、無駄な抵抗はやめろと叫ばせるのだ」


 ヴェストエッケ城は南半分が防衛施設、北半分が住民たちの居住区となっている城塞都市だ。守備兵団や義勇兵団の家族が住み、人口は五万人を数える。


「武装解除した王国兵は城門から外に出せ! 抵抗すれば住民の命の保証はないと脅せ!」


 城の南には荒れ地が広がっているだけだ。更にその南は我が国の領土であり、城を迂回して王国内に入ることはできない。だから、武装解除した敵兵を城の南に置いておけば、ここを奪還される恐れはなくなる。


 城主館で部下に指示を出していく。

 窓から敵兵が地面に座り込んでいる姿が見えるが、その目にはやるせなさそうな光があった。


(無能な兵団長でなければ、もう少し戦えたのだから悔しいのだろうな……もっともそうなるように私が仕向けたのだ。戦いは始まる前から結果が決まっているものなのだよ……フフフ……)


 笑みがこぼれそうになるが、それを無理やり抑え込み、真剣な表情で命令を出しつつ、部下たちを労っていく。


「よくやってくれた! さすがは神狼騎士団の精鋭だ! だが、油断はするな!……」


 指示を出し終えたところで、兵団長ニーデルマイヤー伯爵に面会した。彼は寝間着姿のままでへたり込むように座っている。


「白狼騎士団長のニコラウス・マルシャルクだ。貴殿がニーデルマイヤー伯爵か?」


 伯爵は私の言葉にノロノロと顔を上げる。


「そ、そうだ……私はどうなるのだ?」


「捕虜として我が軍の管理下に入る。我々に協力するのであれば、伯爵に相応しい待遇を約束しよう」


「協力?」


 まだ頭が回っていないようで、呆けたような表情のまま聞き返してきた。


「そうだ。市民が我々に逆らわないように説得してほしい。民の命を守るのも王国貴族としての立派な務めだと思うが?」


 最後に付け加えたのはニーデルマイヤーが納得しやすくするためだ。情報では気位が高く、周囲の評価を気にするとあった。そのため、自分の命惜しさに協力したと周囲に思われないように言い訳を用意してやったのだ。


 ニーデルマイヤーは数秒間目をしばたかせた後、ようやく私の言葉の意味を理解した。

 そして、思惑通りに同意する。


「民を守るためであれば、敵国に協力したという悪口(あっこう)を浴びせられようともやらねばならん」


 その後、ニーデルマイヤーとその取り巻きを使い、市民たちの反抗を抑え込む。

 こうしておけば、彼らに憎悪が向き、我が軍に対する感情は少しでも和らぐことを見込んでいた。


 今回の戦闘で我が軍の損害は戦死者約二百名、負傷者約千五百名と、城を強襲した割には非常に軽微だ。王国軍の戦死者も約一千名と少ないが、これはニーデルマイヤーが早期に降伏した結果だ。


 守備兵団の降伏後、すぐに城主館を接収し、機密文書などを探すが、どうでもいい業務日誌のような物はすぐに見つかったものの、防衛計画書や詳細な地図、装備品の目録などは処分されたのか見つからなかった。


 このことをニーデルマイヤーに問い質した。


「機密文書はどこにある?」


「資料室にあるはずだ」


 彼は興味なさそうに答えたが、とぼけているようには見えない。


「資料室にはなかった。処分を命じていたのなら直ちに撤回しろ」


「私は何も命じておらぬ」


 憮然とした表情でそう言ってきた。


「守備兵団長が命じていないのに処分されることなどなかろう。協力するというのは偽りだったのか?」


 そう言って脅すが、要領を得ない答えしか返ってこない。


「知らぬ! 幕僚の誰かが勝手にやったのだ!」


 彼の幕僚たちを尋問するが、彼らも関与を否定する。

 しかし、その中の一人が何かを思い出したのか、情報を提供してきた。


「十日ほど前に情報部の連中が何やら調べたいと言って、資料室に入っていた気がしますな」


 更に詳しく調べると、王国軍の情報部が資料などを持ちだしていたことが分かった。

 また、長距離通信の魔導具があるということで、それについても調べた。しかし、大きな箱状の物は残されていたが中身はなく、素人の私でも使えないことが分かった。


 他にも近距離通信用の魔導具もあると聞き、調べてみたが、予備の魔導具は残されていたものの、ほとんどは行方不明になっていた。また、残っていた物も起動させるための魔石(マギエルツ)が抜き取られており、使えないことが判明する。


 降伏が伝えられた時に通信兵が抜き取り、どこかに消えたという話を聞かされる。


「ここの通信兵は叡智の守護者(ヴァイスヴァッヘ)(シャッテン)ですから、彼らが持ち出したのでしょうな。恐らく千里眼(アルヴィスンハイト)のマティアス殿が手を回していたのでしょう」


 その証言に愕然とした。


(こうなることを予想して既に手を打っていただと……だとすれば、ここが陥落する前提で策を用意している可能性が高い。どのような手を打っているのだ……)


 マティアス・フォン・ラウシェンバッハ子爵が療養を終えたという情報は入っていないが、グランツフート共和国への侵攻作戦が発動されたことを知って復帰したのだろう。


(面倒な奴が戻ってきたな。マルクトホーフェンが上手くやってくれればいいのだが……いずれにしてもここにきて計画を変えるわけにはいかん……)


 一抹の不安を感じながらも、計画を変更する必要はないと判断し、次の段階に移行するよう部下に命じた。


下に前作のリンクがあります。こちらもご興味があれば、よろしくお願いします。

また、地図や世界設定などを集めた設定集もありますので、興味のある方はご確認ください。


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