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第十二話「グラオザント会戦・前哨戦:その六」

 統一暦一二一六年九月二十六日。

 シュッツェハーゲン王国西部グラオザント城東、グライフトゥルム王国軍野営地。ハルトムート・フォン・イスターツ男爵


 ゾルダート帝国軍との戦いの二日目の朝。

 高原特有の爽やかな朝の空気を感じながら、朝飯を食っている。


 イリスの予想通り、帝国軍の夜襲はなく、警戒に当たっていた我が師団の獣人族兵士たちは疲れや眠気を見せることなく、元気に飯を食っている。


 そんな中、グランツフート共和国軍のフランク・ホーネッカー将軍がやってきた。


「今日の戦いは厳しくなりそうだと聞いている。昨日同様、ハルト殿の隊の支援をお願いしたい」


 相変わらず真面目なことだと思うが、こちらも同じことを考えていたので笑顔で頷く。


「こちらこそよろしく頼みます。ラズとイリスの話じゃ、シュッツェハーゲン軍の騎兵部隊が暴走するかもしれないと言ってましたからね。どんな戦いになるのか分かったものじゃないですから」


 昨日の軍議の後、ラザファムとイリス、参謀長のディアナ・フックスの四人で話し合っている。

 その中でイリスが騎兵部隊の指揮官エンゲベルト・メトフェッセル侯爵が動くのではないかと言ってきたのだ。


『あの人は今日の戦いで帝国軍を甘く見ているわ。私たちと真正面からぶつからなかったから。だから、明日の戦いでは私たちが戦っているところに乱入してくる可能性があると思うの』


 その意見にラザファムも頷く。


『私も同じ意見だ。大きな実績を上げるチャンスだと思っているようだから、アイゼンシュタイン殿の命令も無視するだろうな』


 メトフェッセルのことはタンクレート・アイゼンシュタイン侯爵から話を聞いている。

 奴はシュッツェハーゲン王国では大きな派閥を持つ有力貴族の一人らしい。うちの王国にいたマルクトホーフェンに似た感じらしく、今回の戦いに強引に参加してきたらしい。


『今回の戦いでは我が軍の騎兵は明らかに不要なのです。ですので、当初は五万の歩兵を用意するつもりでしたが、彼が二万の歩兵より一万の騎兵の方が野戦では役に立つと強硬に主張した結果、このような編成になってしまったのです。陛下も即位したばかりで有力貴族たちの主張を呑まざるを得ませんでした。同盟軍の方々には申し訳ないと思っています……』


 そんな奴だから派手な活躍をするために、人の手柄を奪うくらいのことは平気でやってくると思っている。


 手柄を奪われるだけならまだいいが、それによってうちの兵が死ぬような事態を許すことはできない。


「とりあえず、右翼側はフランク殿の部隊と俺の師団で何とかなるでしょう……」


 そこで小声で付け加える。


「あいつが暴走することは俺たちの中では織り込み済みです。シュッツェハーゲン軍の兵には悪いですが、奴の部隊が暴走したら、それを囮にして最小限の被害で抑えるように動くことになるでしょう。このことはケンプフェルト閣下にも伝えておいてください」


 俺の言葉にフランク殿は目を丸くするが、軍議で嫌な思いをしているので納得したような表情で頷いた。


「承知した。貴殿らがそう考えるのであれば、私に否はない。何よりこの戦いに勝利しなければ、皇帝の野望を打ち砕くことはできぬだから」


 フランク殿はそう言って去っていった。


 午前九時頃、帝国軍がゆっくりと前進してきた。

 昨日とは陣形を変え、すべての歩兵部隊を前面に押し出し、その両側に騎兵部隊を置いている。


 シュッツェハーゲン軍の防衛陣地と共和国軍のロイ・キーファー将軍の防御陣に攻撃するようで、ケンプフェルト閣下の防御陣の前には展開していない。


(明らかに俺たちを誘っているな。機動力のある兵を先に潰しておいて、じっくり陣地を攻略するつもりなんだろうな……)


 そんなことを考えている間にも敵はゆっくりと迫ってきた。


■■■


 統一暦一二一六年九月二十六日。

 シュッツェハーゲン王国西部グラオザント城東、シュッツェハーゲン軍防衛陣地。ラザファム・フォン・エッフェンベルク侯爵


 私は指揮用の櫓から戦場となる荒野を見下ろしている。そこには帝国軍の整然とした隊列が並んでいた。


 私がいる防衛陣地の前には帝国軍第三軍団の歩兵一万五千が三つの方陣を組んで迫っている。

 その右手奥側に同じく第三軍団の騎兵部隊一万五千が連隊ごとに隊列を組んでいた。


 左手の方を見ると、グランツフート共和国軍の防御陣の前にも同じように三つの方陣があり、同じように左手奥に騎兵部隊が整列している。


「正面からぶつかるつもりのようですな」


 共和国軍の参謀長ダリウス・ヒルデブラント将軍が誰に言うでもなく意見を口にするが、タンクレート・アイゼンシュタイン侯爵が生真面目にそれに答える。


「そのようです。我が方はともかく、キーファー殿の防御陣は厳しくありませんか?」


 彼の言う通り、馬防柵だけの防御陣にいるのはロイ・キーファー将軍が率いている一万の歩兵だけで、数的に劣勢であることは確かだ。


「厳しいでしょうが、イリス殿とハルトムート殿の師団がいますし、守りに徹すれば問題はないでしょう」


 二人がそんな話をしている間に帝国兵の動きが早まった。


「迎撃用意! 敵兵が百メートル以内に近づいたら矢を放て!」


 アイゼンシュタイン殿が命令を出す。

 昨日はもう少し距離がある状態から矢を放ち始めたが、帝国兵の盾に阻まれたため、接近するまで待つことにしたのだ。


「ラザファム師団もシュッツェハーゲン軍の攻撃に合わせて射撃を開始せよ。敵も撃ち返してくることを忘れるな」


 我が師団三千名はシュッツェハーゲン軍の弓兵の後ろに配置されている。我が軍の弓の方が強く、射程が長いためだが、この陣地の主役はシュッツェハーゲン軍だということを示す意味もあった。


 敵兵が百メートルラインを越えた。その直後、一斉に矢が放たれる。

 昨日と同様、敵の歩兵の盾に阻まれ、脱落する敵兵はほとんどいない。


 それでも愚直に矢を放ち続ける。

 深さ二メートルの空堀と高さ五メートルの土塁では、敵の前進を完全に止めることは不可能だから、少しでも敵兵を減らす必要があるためだ。


 敵兵が土塁まで五十メートルに迫る。その間に敵もこちらに矢を撃ち込んでくる。

 昨日と異なり、こちらも最初から盾で守っているため、ほとんど被害は出ていない。


 しかし、敵兵の前進は速度こそ緩んだものの止まることはなく、空堀に達するのは時間の問題だった。


 左手を見ると、キーファー殿の陣でも射撃戦が激しさを増し、馬防柵に取り付く兵士が現れ始める。しかし、彼の部隊は冷静で、長槍隊が馬防柵の隙間から敵兵を排除しており、兵力差ほど厳しい感じには見えなかった。


「第二軍団の騎兵が動きだしました」


 参謀長のディアナ・フックス大佐が静かに報告する。

 その報告に対し、すぐさまイリスの師団に命令を出す。


「イリス師団に連絡。敵騎兵に動きあり。グラオザント城の東に移動せよ」


 イリス師団はキーファー殿の部隊の後ろに待機していた。それを第二軍団の歩兵部隊の右翼側に移動させる。


 彼女の師団は狼人族や犬人族、猫人族といった比較的小柄で敏捷性の高い氏族で構成されている。そのため、正面からぶつけるより撹乱に使う方が有効だ。


 右翼側でも動きがあった。


「第三軍団の騎兵も動きだしたようですね。こちらはホーネッカー将軍に任せてはいかがかでしょうか」


 アイゼンシュタイン殿に提案する。


「敵の数が多いですが、ハルトムート殿の師団を動かさなくとも大丈夫でしょうか」


「ホーネッカー将軍の部隊が厳しいようならケンプフェルト閣下に出ていただければ問題ないでしょう。ハルトの師団は中央突破をさせる部隊として今は動かさない方が戦術の幅が広がります」


 第二軍団と第三軍団の間にハルト師団をねじ込み、その後ろにいる皇帝を狙うと説明する。

 しかし、本当の目的はシュッツェハーゲン軍の騎兵部隊が思わぬ動きをした時に対処するための予備戦力だ。


「キーファー隊が押し込まれています。イリス様の師団を支援に向かわせた方がよいのではありませんか?」


 ディアナが進言してきた。

 その言葉にアイゼンシュタイン殿が頷く。


「私もそう思う。ラザファム卿、イリス師団を支援に向かわせていただけないか」


 確かに厳しそうだが、私の目にはまだ余裕があるように見えた。

 それでも総司令官からの指示であり、素直に従う。いずれイリスの隊を送り込むことになるので、早いか遅いかの違いしかないと割り切ったためだ。


「了解しました。通信兵、イリスにキーファー将軍の支援に向かうよう命じてくれ。方法は任せる」


 連絡が入るとイリスはすぐにグラオザント城の東側、キーファー隊の左翼側に兵を進めた。


下に前作のリンクがあります。こちらもご興味があれば、よろしくお願いします。

また、地図や世界設定などを集めた設定集もありますので、興味のある方はご確認ください。


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