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第九話「グラオザント会戦・前哨戦:その三」

 統一暦一二一六年九月二十五日。

 シュッツェハーゲン王国西部グラオザント城東、グライフトゥルム王国軍野営地。イリス・フォン・ラウシェンバッハ伯爵夫人


 ゾルダート帝国軍がシュッツェハーゲン軍の防衛陣地を攻撃している。


(本格的に攻めるつもりではないようね。こちらの力を測るという感じかしら?)


 そう考えた理由は全軍の六分の一に当たる一万の兵しか前線に出ておらず、弱点となりそうなシュッツェハーゲン軍に軽く当たっている感じがしたためだ。


 その攻撃でもこのままではシュッツェハーゲン軍の防衛陣地が脅かされる状況であり、何らかの対処が必要だと感じている。

 同じことを兄様も思ったのか、通信兵が命令を伝えてきた。


「ラザファム様から通信が入りました。イリス師団は敵歩兵部隊右翼に向かえとのことです。但し、牽制に留め、積極的に戦端を開く必要はないとのことでした」


「了解したと兄様に伝えて」


 通信兵にそう言うと、副官であるエルザ・ジルヴァカッツェ中佐に命令を伝える。


「全軍に命令よ。シュッツェハーゲン軍の防衛陣地の左前方に移動。但し、命令があるまで攻撃はしないこと」


「了解しました! 全軍防衛陣地の左前方に移動。命令があるまで攻撃不可と各連隊に伝えます!」


 エルザは明るい声で復唱し、通信兵に命令を伝えていく。


「ラルフ! 第一連隊が先頭よ! サンドラ、私も前線に出るわ。護衛をよろしく頼むわね」


 第一連隊長であるラルフ・ヤークトフント大佐と護衛隊長である(シュヴァルツェ)(ベスティエン)猟兵団(イエーガートルッペ)のサンドラ・ティーガーに命じると、馬を前に進める。


 遊撃軍は歩兵だけで構成されているが、師団長である私は騎乗だ。

 視線が高くなり指揮がしやすいためだが、マティの妻である私の姿を兵たちに見せることで、士気が上がる効果も期待している。


 防御陣地の前面までは三百メートルほどですぐに到着する。


 右側に視線を向けると、フランク・ホーネッカー将軍率いるグランツフート共和国軍の騎兵部隊が敵第二軍団の騎兵部隊と激突しようとしていた。


「このまま真っ直ぐ前進します! 前進せよ(フォルヴァルツ)!」


 私の命令に兵たちも「「前進せよ《フォルヴァルツ》!」」と叫ぶ。

 但し、突撃兵旅団(シュトースブリガーデ)の時のような熱狂はない。


(いい傾向ね。これなら暴走する心配もなさそう……)


 演習では暴走するようなことはなくなったが、遊撃軍の兵は義勇兵であり、その多くが実戦の経験がなく、不安があったのだ。


 私も第一連隊と共に前進する。

 右手には第二軍団の歩兵部隊がいるが、それを無視するような形で歩兵部隊の後方に立っている皇帝の旗を目指しているように見せている。


 その間も“前進せよ(フォルヴァルツ)”という声が響いており、皇帝の本隊と共に待機していた第三軍団の騎兵部隊が動き始めた。


 シュッツェハーゲン軍の防御陣地の更に右から“前進せよ(フォルヴァルツ)”という声が聞こえてくる。


(ハルトの師団も同じように前に出たのね。さて、敵はどう出てくるかしら)


 敵歩兵部隊は前進を止め、防御に徹するかのように盾を構えている。そこにシュッツェハーゲン軍の矢が降り注いでいるが、あまり効果があるようには見えない。


全軍停止せよ(アッレ・アンハルテン)!」


 防衛陣地の前面を越え二百メートルほど進んだところで命令を出した。

 私の命令を受け、周囲の兵たちも“前進せよ(フォルヴァルツ)”と叫ぶのをやめ、“全軍停止(アッレ・アンハルテン)”と叫び、足を止める。

 全軍が停止すると、叫び声も止んだ。


(ここまでは全く問題ないわね。だけど、これからが本番よ……)


 それに満足し、新たな命令を出す。


「前方より第三軍団第二師団の騎兵連隊が接近しています。第三連隊と第四連隊は迎え撃ちなさい!」


 通信兵がその命令を伝えると、第三、第四連隊計二千名が前方に展開していく。

 この辺り動きは演習で何度も繰り返しているので、あっという間に防壁ができる。


「第二連隊は敵歩兵部隊を警戒! 第五、第六連隊は左翼に展開し、敵騎兵部隊が回り込んできたら共和国軍の方に追い込みなさい!」


 これで簡易の方陣ができた。


 すぐに敵騎兵が突撃してくる。その数は我が師団の倍近い一万ほど。


「正面からぶつかるな! 馬を狙え!」


「敵の勢いはそれほど強くないぞ! よく見て攻撃しろ!」


 隊長たちが叫ぶ命令が聞こえてくる。


(やはり小手調べのようね……)


 敵は我が師団の右を掠めるように攻撃しようとしている。


「第五、第六連隊に連絡。敵の半数程度が通り抜けたら突撃しなさい」


 通信兵がその命令を伝える間に、第二連隊にも命令を出す。


「敵歩兵部隊に接近しなさい! 敵の注意をこちらに向けるのです!」


 我々が足を止めたことで、第二軍団の歩兵部隊はシュッツェハーゲン軍の矢を受けるために、正面を向いていたのだ。


「敵騎兵が転進していきます!」


 エルザが元気よく報告してきた。

 視線を左に向けると、彼女の言う通り、第三軍団の騎兵は軽くひと当てしただけで、弧を描いて後方に向かっている。


 そのため、突撃しようとしていた第五、第六連隊が中途半端に前に出ることになった。

 そこに後続の騎兵が掠めるように攻撃を加え、第五、第六連隊に損害が出始める。


「第五、第六連隊に元の位置に戻るよう伝えなさい」


 興奮状態にないため、すぐに命令は実行され、元の方陣に戻った。


「さすがは皇帝が直々に率いている軍だけあるわね。あのまま突っ込んできてくれたら、騎兵部隊を痛めつけてやれたのだけど、あの激しい動きの中でも見事に対応されてしまったわ」


 エルザにそう言ったものの、悔しさはあまりない。

 緒戦で大きなダメージを与えられるはずがないと思っていたためだ。


(向こうも小手調べだけど、こちらも同じよ。そろそろ引き上げるタイミングね……)


 第三軍団の騎兵はすべて後方に下がった。

 しかし、この場所は防衛陣地から二百メートルほど離れている。つまり、敵に向かって突出している状態だ。


 右翼側でも共和国軍の騎兵部隊とハルト師団が前に出ているが、こちらには第三軍団の騎兵だけでなく、第二軍団第一師団一万もおり、いつ包囲されてもおかしくない状況なのだ。


「敵を威嚇しながら防衛陣地まで下がります。ラルフ、第一連隊が殿(しんがり)となって敵を引き込むように見せなさい」


「了解しました! 第一連隊、密集隊形を取れ! 第一大隊……」


 第一連隊が隊形を変えている間に、第三から第六連隊がゆっくりと下がり始めた。

 第三軍団の騎兵が追撃してくるかのように前に出てきたが、第一連隊が密集隊形に変えたことから、速度を落として様子を見ている。


「第二連隊も下がりなさい! 但し、敵歩兵部隊に背は向けないように」


 その命令も伝わり、第二連隊はゆっくりと下がっている。

 敵歩兵部隊に目をやると、そこには倒れた敵兵の姿があり、牽制した効果があったことが分かった。


(ホーネッカー将軍のところがどの程度損害を出しているかが気になるところだけど、前哨戦は痛み分けといったところかしら……)


 ハルトの師団も前に出ているが、彼のことだから命令通りに牽制に留めていることは間違いなく、我が師団と同じ程度の損害しか出していないはずだ。


 共和国軍のフランク・ホーネッカー将軍も有能な指揮官だし、騎兵たちも優秀だからあまり心配はしていない。


「敵は追ってこないようです。我々もゆっくり下がってはどうでしょうか」


 ラルフの進言を受け、命令を出す。


「そうね。第一連隊、ゆっくり後退しなさい。できれば敵を引き込もうとしているように挑発しながら。そうね、例の話も兵たちに叫ばせなさい。 “千里眼(アルヴィスンハイト)のマティアスがエーデルシュタインに攻め込んだが、皇帝はそれを隠している”と」


 最後の部分は元々考えていたことだ。

 まだ情報は入っていないが、九月の上旬にはマティが率いるラウシェンバッハ師団がエーデルシュタインの近くで後方撹乱作戦を始めているはずだ。


 帝国軍の上層部はその情報を得ているだろうが、緘口令を敷いているだろう。だから、兵たちには伝わっていないはずだ。

 しかし、補給線を遮断されたと知れば、帝国兵は必ず動揺する。それを狙うのだ。


 前線の兵で敵を挑発し、更にマティの話をさせた。

 それが聞こえたのか、騎兵部隊は動きを止める。

 そのまま、シュッツェハーゲン軍の防衛陣地の後ろに戻ることに成功した。


「みんな、よくやってくれたわ」


 私の言葉に兵たちが笑顔で歓声を上げる。


「今日は敵も様子見だったわ。明日からはこんな温い戦いにはならないから、敵を甘く見ないようにね。でも、今日は見事だったわ」


 一応釘は刺したが、急造の遊撃軍が帝国軍と戦えたことに私は満足していた。


下に前作のリンクがあります。こちらもご興味があれば、よろしくお願いします。

また、地図や世界設定などを集めた設定集もありますので、興味のある方はご確認ください。


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