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第三話「王国騎士団長、出陣する」

 統一暦一二一五年四月十七日。

 グライフトゥルム王国中部王都シュヴェーレンブルク、王宮内。マンフレート・フォン・ホイジンガー伯爵


 十日前、情報部の部長ギュンター・フォン・クラウゼン男爵から報告を受けた。


『先ほど叡智の守護者(シャッテンヴァッヘ)の情報分析室より情報が入りました。去る四月一日、神狼騎士団を主力とする北方教会領軍約三万五千が、領都クライスボルンを出発したそうです。目的地はヴェストエッケ。ヴェストエッケ守備兵団のニーデルマイヤー伯爵にも連絡済みです』


 クラウゼンは表情を変えることなく報告するが、その重大な情報に私は平静ではいられなかった。


『それは真か!』


『情報に疑うべき点はありません。ラウシェンバッハ子爵の警告通りであったということです』


 クラウゼンは私よりマティアスとの付き合いが長く、彼の判断に全幅の信頼を置いている。そのことに一瞬気分を害したが、すぐにそれどころではないと思い直した。


 その後、王宮に赴き、国王陛下や宰相らに報告した。

 陛下は三万五千と聞き、目を見開き、わなわなと震えている。宰相はどうしていいのか分からず、ブツブツと呟いていた。


『敵はいつ頃ヴェストエッケに到着するのだろうか?』


 冷静に聞いてきたのは宮廷書記官長のマルクトホーフェン侯爵だった。


『行軍に問題がなければ、遅くとも今月末には到着するでしょう』


『すぐに王都から出陣しても間に合わぬということだな』


 言っていることは正しく、頷くしかない。


『陛下に申し上げます。直ちに援軍として王国騎士団を派遣すべきです』


 マルクトホーフェンが王国騎士団の派兵を進言した。そのことに驚いていると、陛下が理由を聞く。


『間に合わぬという話だが、何のためだ?』


 その問いにマルクトホーフェンは冷静に答えていく。


『ヴェストエッケは陥落するかもしれませんが、そのまま放置すれば、王都に迫ってくる可能性があります。西方街道で食い止める必要があるでしょう』


『ここに迫ってくるということか……しかし、敵は三万五千の大軍だ。王国騎士団だけでは足りぬのではないか?』


『陛下のご懸念の通りですが、王都に近い貴族領から軍を招集して送り込めば、ある程度の数にはできるはずです。連携は難しいかもしれませんが、ケッセルシュラガー侯爵領軍の一万を加えれば、数的には充分に対抗できます』


 作戦的には泥縄だが、侯爵の言っていることにも一理あり、特に発言しなかった。


『うむ……』


『敵は後顧の憂いをなくすため、ケッセルシュラガーに攻め込むでしょう。ケッセルシュラガー侯爵もみすみす敗れはしないでしょうが、多勢に無勢です。ここで手を拱いていれば、ケッセルシュラガー軍を失うことになるのです。そうなれば、反撃の手段を奪われ、王国西部域は法国のものとなってしまうでしょう』


『ならば、仕方あるまい。ホイジンガーよ、第一騎士団を除く王国騎士団を率い、ヴェストエッケに急行せよ』


『御意』


 それで立ち去ろうとしたが、マルクトホーフェンが更に発言した。


『これほどの国難、陛下が親征なさるべきです』


『よ、余に戦場に出よと申すのか!』


『王国騎士団と貴族領軍をまとめることができるのは、大元帥たる陛下しかおられません』


 マルクトホーフェンは冷たい目で陛下を見ていた。


『だ、だが……』


『陛下は王としての義務を放棄なされるおつもりですか? ならば、ご退位いただき、兵を率いられる方に王位を譲られるべきでしょう』


『い、いや、しかし……』


 陛下は侯爵の冷たい視線を受け狼狽える。


『陛下には最も安全な後方で督戦していただきましょう。騎士団長、それならば危険は少ないのではないか?』


 西方街道はヴォルケ山地とヴァイスホルン山脈に挟まれた深い森林地帯を通る街道で、迂回路は存在しない。


『確かに西方街道で戦うなら後方に回り込まれる危険はほとんどありません。それに宮廷書記官長のおっしゃる通り、陛下が率いてくださるなら、兵たちの士気が上がることは間違いないでしょう』


 法国軍に対抗するには数で圧倒するか、ラウシェンバッハ騎士団のような強力な部隊を派遣するしかない。しかし、数を揃えるには時間がなく、ラウシェンバッハ騎士団は千キロ以上離れた共和国にいる。


 それなら兵の士気を上げる方策に乗るべきだと考えたのだ。


『どうしても余が行かねばならぬか?』


『陛下の代わりにフリードリッヒ王太子殿下にご出馬いただくことも可能です。陛下、いかがされますか?』


 王太子殿下は戦場に行かされると聞いて震えていた。その姿を見た陛下は諦められたらしく、肩を落としている。


『仕方あるまい。余が出陣する』


『陛下に代わり、私が行きましょう』


 グレゴリウス殿下が声を上げられた。

 しかし、マルクトホーフェンが即座に反対する。


『士気を上げるためには国王陛下もしくは王太子殿下のご出陣が必要です。殿下には王都を守っていただき、万が一帝国が動いた場合に備えるべきでしょう』


 グレゴリウス殿下はその言葉に不満げな表情を見せたが、帝国に備えるという言葉にそれ以上反論しなかった。


 ここまでくると私にもマルクトホーフェンの意図が見えてきた。

 奴はグレゴリウス殿下を即位させるため、国王陛下と王太子殿下を合法的に排除しようと考えている。


 戦場に出れば、何が起きるか分からないし、王太子殿下は怯えた表情を見せているだけで、役立たずという印象を強くした。


 一方、グレゴリウス殿下は次期国王に相応しい気概を見せた。

 このまま、法国軍を排除できれば、王太子殿下の廃嫡という話が出てもおかしくはない。


 マルクトホーフェンの思惑はともかく、陛下が親征されることになったが、出陣準備がなかなか整わなかった。


 物資の手配を、軍政を担う軍務卿のグリースバッハ伯爵に任せたが、あまりに無能で計画すらまともに立てられない。


 仕方なく、参謀本部の兵站部で物資の手配から行い、本日ようやく本隊が出陣できるようになった。兵站部は本来なら用意された物資を管理する部署だが、余分な仕事までさせられた形だ。


 一応、王国騎士団のうち、第三と第四騎士団計一万は五日前に先行して出発させており、致命的な遅れにはなっていない。


 これが可能だったのはマティアスが予め計画書を作っており、それに従うことができたためだ。今更ながらに彼が総参謀長であればと思った。


 出陣は遅れたが、その分貴族領から兵士が招集でき、近衛兵である第一騎士団二千、私の指揮する第二騎士団五千に加え、貴族領軍五千の計一万二千の戦力となっている。


 先行する第三、第四騎士団一万とケッセルシュラガー侯爵軍一万を合わせれば三万二千になり、何とか戦えるだけの戦力にすることができた。また、後続の貴族領軍も王都に集まってくるから、運が良ければ敵より多くの兵を集めることができるかもしれない。


「今からでも間に合います。王都まで引き込む方がよいのではありませんか?」


 総参謀長のヴィンフリート・フォン・グライナー男爵がそう言ってきた。彼は最初から王国騎士団の派遣に反対だった。


「それでは王国の西を放棄することになる。それに西方街道なら地の利は我々にあるのだ」


「しかし、相手は野戦に強い神狼騎士団です。同数で戦えば、敗北は必至です。ラウシェンバッハ騎士団とエッフェンベルク騎士団が帰還してから、一気に巻き返すべきでしょう」


 その言葉にカチンとくる。

 私では敗れるが、マティアスなら勝てると言っているからだ。


「既に決まったことだ。卿は王都を守ってくれ」


 本来なら戦術眼のあるグライナーを連れていくべきだが、消極的な策しか提示してこないと考え、王都に残すことにしたのだ。


「承りました」


 グライナーもとりつく島がないと思ったのか、素直に頷き、私の前から立ち去った。

 彼の後姿を見ながら、一理あると思っていた。


(王国騎士団が全盛期の時でも野戦で勝利したのは、ラザファムが指揮した連隊が帝国軍を翻弄した時だけだ。他は城に篭っての防衛戦で勝利したに過ぎない。そしてそのいずれもがマティアスの考えた策に従っている。彼がいない状況で勝てると考える方がおかしいのだろうな……)


 私は不安を抱きながら西に向かった。


下に前作のリンクがあります。こちらもご興味があれば、よろしくお願いします。

また、地図や世界設定などを集めた設定集もありますので、興味のある方はご確認ください。


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― 新着の感想 ―
自分の権力のため敵国2つを引き込んで、(多分)君主を消そうとしてるのヤバい貴族ですね。でもなんか百年戦争あたりの史実に存在してそう
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