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新グライフトゥルム戦記~運命の王子と王国の守護者たち~  作者: 愛山 雄町
第八章:「激闘編」

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第七話「グラオザンド会戦・前哨戦:その一」

 統一暦一二一六年九月二十五日。

 シュッツェハーゲン王国西部グラオザント城北、ゾルダート帝国軍野営地。皇帝マクシミリアン


 余は六万の兵を率い、ツィーゲホルン山脈を越えた。

 南部街道は道こそ整備されていたが、フォーゲフォイヤー砂漠から吹き付ける熱砂やツィーゲホルン山脈から吹き降ろしてくる突風に悩まされ、行軍は思った以上に過酷だった。


 しかし、脱落者を出すことなく、未踏の地を踏破したのだ。この事実に、兵たちの士気はこれまでにないほど高まっている。


 我々の南側にはグライフトゥルム王国、グランツフート共和国、シュッツェハーゲン王国の三ヶ国同盟軍が布陣している。その距離は五キロメートルほど。


 我が軍は第二軍団を右翼、第三軍団を左翼とし、後方に輸送部隊を配置した。


 開戦に先立ち、第二軍団長のホラント・エルレバッハ元帥と第三軍団長カール・ハインツ・ガリアード元帥、軍団の参謀長たちと軍議を開いた。


 斥候隊によって作られた地図が折りたたみテーブルの上に広げられている。

 その地図には同盟軍の配置が示され、西からグラオザント城、共和国軍陣地、シュッツェハーゲン王国軍陣地、共和国軍陣地が並んでいた。


 シュッツェハーゲン王国軍の陣地は五メートルほどの高さの土塁と空堀がある本格的なもので、シュッツェハーゲン軍自慢の弓兵が多く配置されている。


 その両翼にある共和国軍陣地は馬防柵だけの簡易なものだが、シュッツェハーゲン軍を援護できるよう、百メートルほどしか離れていない。

 最右翼の防御陣にはケンプフェルトの旗が靡き、最も厳しいであろう場所に自らを置いていた。


 防御陣の後方には共和国軍とシュッツェハーゲン軍の騎兵が待機している。こちらが騎兵を繰り出せば、それに対応して出てくるのだろう。


 そして最も重要なグライフトゥルム王国軍はシュッツェハーゲン軍の防御陣の真後ろに配置されているが、土塁が邪魔でどのような状況なのかはっきりとしない。


「なかなか考えられた防御陣地ですな。これだけの陣地をシュッツェハーゲンの者では作れますまい。共和国の宿将ケンプフェルトが考えたものでしょうな」


 エルレバッハが感嘆の声を上げる。


「確かにシュッツェハーゲン軍では無理だろうが、ケンプフェルトだけではあるまい。ラウシェンバッハの妻イリスも軍師として有能だと聞くし、エッフェンベルクもイスターツも戦術家として侮れぬ。ケンプフェルトとその三人が考えたものであろうな」


「シュッツェハーゲン軍の兵に落ち着きがないとのことですが、やはりそこが弱点ということでしょうか」


 ガリアードの問いに小さく頷く。


「この配置がそれを物語っている」


 余がそう言うと、二人の元帥は即座に理解した。


「確かにシュッツェハーゲン軍が崩壊しないよう、共和国軍とグライフトゥルム軍が支える形になっておりますな」


 エルレバッハが余の考えを説明する。


「その通りだ。シュッツェハーゲン軍の防御陣地にはアイゼンシュタインがいるようだが、騎兵部隊にメトフェッセルの旗を確認している。アイゼンシュタインも苦労するだろうな」


 新国王レオナルト三世の右腕と言われるタンクレート・アイゼンシュタイン侯爵は我が国との国境ゲファール河での攻防戦で名を馳せた有能な将だ。


 一方のエンゲベルト・メトフェッセル侯爵は軍歴こそ長いものの、レオナルトやアイゼンシュタインの足を引っ張るだけの存在だ。


 レオナルトが即位したから排除されたと思っていたが、政治力を使ってこの決戦にしゃしゃり出てきたのだろう。


「後方に不安があるが、ここはじっくり攻める。卿らもそのつもりで指揮を執ってくれ」


 余の言葉に二人の元帥が神妙な表情で頷いた。


 三日ほど前、気になる情報が入ってきた。それはエーデルシュタインからそれほど離れていない森の中で輜重隊と第一軍団第三師団の大隊が襲撃を受け全滅したというものだ。


 詳細は不明だが、輜重隊はともかく大隊を全滅させるだけの部隊が後方にいることは我が軍にとって大いなる脅威だ。


 更にその後に追加の情報が入ってこないことを考えると、その脅威は未だあり続いている。これに対し、兵たちには知られないように緘口令を敷いていた。


「まずは小手調べだ。シュッツェハーゲン軍の防御陣地に攻撃を仕掛ける。第二軍団第二師団と第三師団が攻撃、第三軍団は敵の騎兵部隊とグライフトゥルム王国軍を警戒せよ。第二軍団第一師団は予備兵力とし、余の命令があるまで後方に待機だ」


「「はっ!」」


 二人の元帥が気合いの入った声で応えた。



 午前八時過ぎ、第二軍団の二個師団二万の兵がゆっくりと前進していく。

 余は予備兵力である第一師団と共に後ろからそれに追従する。


 一時間ほどで敵から五百メートルほどまで接近した。


「敵に目立った動きはないな……いや、シュッツェハーゲン軍の兵は逸っているのか、怯えているのかは分からぬが、落ち着きがないな」


 防御陣地の土塁の上にいる兵たちがウロウロと歩いている。


「指揮官が怒鳴っているようですな。それに引き換え、共和国軍は侮れません。全く動揺していないだけでなく、殺気のようなものを強く感じます」


 歴戦のエルレバッハが指摘する。

 確かに両翼の共和国軍はまだ槍を構えることなく、悠然と立っているように見える。


「攻撃を開始せよ」


 余の命令が通信兵によって前線に伝わる。

 グライフトゥルム王国軍の活躍の陰に叡智の守護者(ヴァイスヴァッヘ)の作る通信の魔導具があったことは分かっており、真理の探究者(ヴァールズーハー)から魔導具を購入したのだ。


 性能の割には高かったが、戦場が限定される状況なら有効な手段であると認めている。


 そんなことを考えていると、第二師団と第三師団の歩兵四個連隊一万が盾を構えて前進し始めた。

 騎兵一万はまだその場に留まったままだが、いつでも動けるように逸る馬を宥めている。


 我々もゆっくりと前進していくが、その間にシュッツェハーゲン軍から矢が一斉に放たれた。

 放たれた矢が帯に見えるほどで、弓兵の練度は侮れない。


「あの程度では損害は出ませんな」


 エルレバッハが冷静に指摘する。

 彼の言う通り、矢は歩兵が掲げる盾に突き刺さるだけで、脱落した兵士はほとんどいなかった。


 第二射、第三射と放たれるが、我が軍の前進は止まらない。


「反撃するようですな。なかなか良いタイミングです」


 エルレバッハが満足そうにそう言うと、歩兵部隊の後方から矢が放たれた。

 ちょうど敵の第四射と重なったようで、両軍の間で矢が交錯する。


 その直後、土塁にいる敵兵が数十人ほど倒れた。

 それでも我が軍から歓声が上がることはなく、第二射、第三射と矢が放たれていく。

 その度に敵兵が数十人単位で倒れていた。


「思ったより慣れておらぬようだな。アイゼンシュタインの兵なら防壁からの射撃戦は得意としているはずだが?」


 余の疑問にエルレバッハが即座に答える。


「恐らく土塁というものに慣れておらぬのでしょう。彼らは十五メートルほどの高い城壁から攻撃することに慣れております。しかし、あの土塁は五メートルほど。距離も百メートルほどしか離れておりませんから、矢の勢いがいつもと違うことに戸惑っているのでしょう」


「なるほど。ならば、このまま押していけば騎兵と獣人族兵は動かざるを得ないな」


 我が軍は順調に前進し、敵兵を確実に葬っている。

 更に土塁の上の兵だけでなく、その奥にも曲射で矢を撃ち込んでいた。標的は見えないが、矢が放たれている場所は予想できたためだ。


 一方、シュッツェハーゲン軍の攻撃は最初の頃より散発的で、近づいたにもかかわらず、こちらに損害はほとんど出ていない。


 シュッツェハーゲン軍の防御陣地は幅が五百メートルほどある。その中央付近に攻めかかっているため、両翼にある共和国軍からの矢は届かない。

 つまり、この状況を打破するには後方にいる騎兵と獣人兵を動かすしかないのだ。


「どうやら敵もしびれを切らしたようですな」


 エルレバッハが左に視線を向けてそう言ってきた。


 彼の視線の先を見ると、グランツフート共和国軍の騎兵部隊が防御陣地を迂回するように移動し始めていた。


「第二軍団に任せる。ガリアードはグライフトゥルム王国軍が動くまで待機だ」


「御意」


 エルレバッハはそう言って頭を下げると、第二師団と第三師団の騎兵連隊に命令を出す。


「まともに相手にする必要はない。敵を牽制し、歩兵連隊に近づけさせねばよい……」


 グランツフート共和国の中央機動軍は精鋭として名高い。

 特に騎兵はすべて職業軍人であり、機動力を使った一撃離脱の攻撃はやっかいだと聞いている。


 エルレバッハもそのことを理解しており、戦場に乱入させないように進軍を邪魔することを徹底させるつもりのようだ。


 ガリアードも自分の役割を理解し、第二軍団の歩兵連隊を援護できる場所に移動している。


 まだ戦いは始まったばかりだが、我が軍の将帥の能力に余は満足していた。


下に前作のリンクがあります。こちらもご興味があれば、よろしくお願いします。

また、地図や世界設定などを集めた設定集もありますので、興味のある方はご確認ください。


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