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第六話「軍師、搦め手に対処する」

 統一暦一二一六年九月二十一日。

 ゾルダート帝国中部エーデルシュタイン、帝国軍駐屯地内。ヨーゼフ・ペテルセン元帥


 早朝、倉庫二棟で火災が発生した。

 警戒を強めていたから早期に発見でき、大規模な火災になることなく鎮火できたが、とんでもないことが分かった。


 それはこの火災がラウシェンバッハの手の者によって引き起こされたということだ。

 なぜ分かったかと言えば、火災現場の近くに、私に宛てたラウシェンバッハの書簡がわざとらしく置いてあり、それを発見した兵士が私のところに持ってきたためだ。


「何が書かれているのでしょうか?」


 師団長のエヴァルト・ネアリンガー将軍が不安げな表情で聞いてきた。

 これまでラウシェンバッハにいいようにやられているため、自信を失っているようだ。


 彼に答えることなく、封書を開け、読んでいく。

 読み進むうちに苦笑が漏れる。


(これは……さすがは千里眼(アルヴィスンハイト)殿だな。こちらの状況はお見通しらしい……)


 書かれていたのは、開拓村の住民を処刑するなら、こちらも徹底的に破壊工作を行う。その際には手段を択ばないということだった。

 ネアリンガーに書簡を渡すと、不安げな表情が更に強くなる。


「今朝の火事も彼らの仕業ですか……今回はぼや程度で済ませたが、次は要人の暗殺や重要施設の破壊をやると……厄介なことになりましたな」


「将軍の言う通りだ。警備を強化しても真実の番人(ヴァールヴェヒター)の間者に匹敵する兵士が五千人もいるのだ。それにエーデルシュタインの住民が処刑の話を知れば、奴に協力するだろう。そうなったら手の打ちようがなくなるな」


 エーデルシュタインは二十年ほど前に帝国に帰属しているが、未だに反抗的な住民は多い。これは南部鉱山地帯での非正規部隊が暴れ回っていたせいだ。


 非正規部隊は一度マクシミリアン陛下によって鎮圧され、大人しくなったが、ラウシェンバッハが情報操作を行うようになってから再び活動も活発になった。その結果、住民たちが皇国復活に希望を持ったことから反帝国感情が強くなっている。


「街道の破壊のことまで書いてあります。シャイベ橋を壊されたら、陛下の軍への補給はもちろん、鉱山からの金属の輸送にも支障が出ます。非常にまずい状況です」


 ネアリンガーは苦々しい表情だ。


 シャイベ橋は長さ五十メートル、幅五メートルほどの石造りの頑丈な二連アーチ橋だ。

 元々この橋は南部鉱山地帯から運び出される金属を輸送するため、リヒトロット皇国が架けたものだが、現在鉱山は帝国政府が保有し、採掘を続けている。


 橋を壊されるとまずい状況になるが、ネアリンガーが懸念しているのは軍の装備用の素材が運び出せないことだ。


 しかし、もっと大きな懸念がある。

 それは我が国の経済に大きな影を落とすことだ。


 南部鉱山の金属は主に軍で使用され、一部しか輸出していない。

 輸出しているのは鉱山の所有権を持つ我が国ではなく、採掘権を持つモーリス商会だ。彼らは採掘される希少金属を南部街道とグリューン河を使って商都ヴィントムントに送っている。


 重要なことは、そのモーリス商会は我が国の債権の大半を保有しているということであり、債券を購入する条件が南部鉱山の採掘権だということなのだ。


 その採掘権が行使できない状況では、モーリス商会が我が国に投資するメリットはなく、更なる投資は行わないだろうし、元々儲けの少ない帝国内での輸送事業からも手を引くだろう。

 そうなると、我が国の経済は間違いなく破綻する。


「シャイベ橋を守ることは可能かな?」


 私の問いにネアリンガーは即座に首を横に振る。


「無理でしょう」


 予想通りの答えが返ってきた。


「街道ですら圧倒されているのに、更に動きが制限される橋では厳しいということか……そうなると、この策も使えぬということだな」


 私は住民を処刑すると脅す策を破棄することに決めた。


(打つ手がなくなったな。第一軍団を戻すしかないか……だが、それもあまりよい策とは言えんな……)


 ここにラウシェンバッハがいるということはグライフトゥルム王国軍を引きずり出して殲滅する策も看破されているということだ。

 マウラー元帥を呼び戻すしかないが、そうなると帝国西部が王国軍に蹂躙されてしまう。


(ゴットフリート殿下に期待するしかないな)


 私はそう割り切ると、第一軍団に向けて伝令を送った。


■■■


 統一暦一二一六年九月二十一日。

 ゾルダート帝国中部エーデルシュタイン西南、森林地帯。マティアス・フォン・ラウシェンバッハ伯爵


 夜になって最新の情報が入ってきた。


「どうやら処刑は行われなかったようです。兄上の脅しが効いたようですね」


 ヘルマンがにこやかに報告してきた。


「ペテルセン元帥がいてくれたお陰だね。他の将なら南部街道に補給路としての価値しか見ないだろうけど、彼なら帝国経済まで気にするだろうから。とにかく上手くいってよかったよ」


 正直なところ分の悪い賭けだと思っていた。

 その理由はシャイベ橋を破壊すると脅しても、現状でも皇帝の軍に物資は送れないのだから、処刑を繰り返して私から譲歩を引き出した方がいいと、開き直られる可能性があったからだ。


 それにシャイベ橋を破壊した場合、グラオザントにいる皇帝軍が窮鼠となる可能性があった。


 物資がなくなる前に三ヶ国同盟軍を撃破し、その物資を奪えばいいと考えられたら、損害を顧みない大攻勢を掛け、同盟軍に大きな損害が出ることになっただろう。


「この後ですが、ペテルセンは何をしてくるとお考えですか?」


「そうだね……第一軍団を呼び戻すか、第四軍団を呼ぶだろうね。だけど、それには時間が掛かる……」


 第一軍団がこの辺りから西に向かったのは九月四日頃、そろそろ西部総督府のあるフックスベルガー市に到着するはずだ。


 既に四百キロメートル以上移動しているから、伝令が到着する時間を含めれば、戻ってくるのに一ヶ月ほど掛かる。


「だから、我々の補給路を潰しに来るんじゃないかな」


 ペテルセン元帥は我々がシュヴァーン河を使っている補給を行っていると気づき、帝国軍の斥候隊を派遣している。


「しかし、エーデルシュタインには水軍がありません。それに森の中に入ってくるとも思えませんが?」


「一個連隊と投石器十基ほどがあれば、結構脅威だよ。上陸地点の近くは川幅も狭いからね」


 シュヴァーン河は下流域なら川幅が五百メートル以上あるが、リッタートゥルム城より上流では三百メートルほどになる。更に上流にいくと百メートルほどになっており、投石器を置かれると脅威になる。


 但し、シュヴァーン河沿いは道が整備されておらず、重量のある投石器を運ぶには時間が掛かる。


「ただ、それも時間が掛かるから、シャイベ橋の両側に防御拠点を作るかもしれないね。街道沿いの木を伐採して簡易の柵を設置すれば、第三師団の歩兵部隊なら我が師団に充分対抗できるだろうから」


「なるほど。それまではここで待機でしょうか?」


「それが妥当なところなんだけど、それだと芸がないからね。もう少し嫌がらせをしてやろうかと思っているよ」


 現状では帝国側にできることは少ない。

 だからペテルセン元帥はともかく、第三師団の将兵に焦りがあるはずだ。

 それを助長するような嫌がらせは有効だろう。


 翌日、司令部をエーデルシュタインから二十キロメートルほど西の場所に移動させた。

 森の中の移動だが、私用の輿が役に立ち、五時間ほどで移動を完了している。


 移動後、近郊を巡回する南部総督府軍に奇襲を仕掛けるよう命じた。

 奇襲部隊は一個小隊三十名で、森の中から奇襲を仕掛け、即座に撤退するという戦術を繰り返した。

 総督府軍は二十名程度の小隊で行動しており、大きな損害を出して撤退した。


 翌日、総督府軍も警戒し、百名程度の中隊で行動するようになる。

 その中隊に対しても嫌がらせの攻撃を加え、森の中まで追わせて待ち伏せしている部隊が攻撃した。全滅とはいかなかったが、大きな損害を出している。


 その結果、三日目には巡邏隊を出さなくなった。


「これで帝国軍の将兵たちの苛立ちは更に募るだろうね。打つ手もなく、守りを固めているだけなんだから」


「確かに自分がやられたら嫌ですね。それでは我々もそろそろ引き上げるということでしょうか?」


 ヘルマンが言う通り、そろそろ撤収を考えている。

 理由はグラオザント方面の皇帝軍に危機感を植え付けることに成功したことと、ヴェヒターミュンデ方面で戦闘が起きる可能性があるためだ。


 九月二十五日、後方撹乱作戦、U作戦の終了を宣言した。

 私は補給物資を運んできた船で帰還するが、師団自体は撤収用の船が来るまでここに残ることになる。


 無駄にここにいるより街道を封鎖し続けた方がいいため、あと二十日ほどは皇帝に情報と物資が届かなくなるはずだ。

 これで皇帝が焦ってくれればいいと思っているが、あまり大きな期待はしていない。


下に前作のリンクがあります。こちらもご興味があれば、よろしくお願いします。

また、地図や世界設定などを集めた設定集もありますので、興味のある方はご確認ください。


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