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第四話「軍師、帝国軍を翻弄する」

 統一暦一二一六年九月十六日。

 ゾルダート帝国中部エーデルシュタイン南、森林地帯。オイゲン・レーマン騎士長


 俺が指揮する第一軍団第三師団第四連隊はエーデルシュタインから四十キロメートルほど南の南部街道上にあった。


 総参謀長ヨーゼフ・ペテルセン元帥が考えた作戦で、森に潜むグライフトゥルム王国軍を誘き出すためだ。


 当初、この作戦に師団長のエヴァルト・ネアリンガー将軍が難色を示した。


『南部街道は狭い。一個連隊という数を生かせぬのではありませんか?』


 それに対し、元帥は同意するように頷く。


『もちろんそのことは分かっている。だから歩兵中心の第四連隊を派遣するのだ。狭いといっても街道の幅は五メートル以上ある。密集隊形なら隊列は長くても七百メートルほどだ。見通しが利かぬ森の中とはいえ、通信の魔導具を使えば即座に状況は把握できる。それに守りを固めれば、脱出は可能だろう』


 真理の探究者(ヴァールズーハー)から購入した通信の魔導具が各大隊に配備されている。


 もっとも俺自身はあまり役に立つとは思っていない。条件がよくても僅か一キロメートルほどしか使えないのだ。その程度なら伝令を走らせても大して変わらない。


『しかし、元帥がおっしゃる通り、敵がラウシェンバッハ師団であるなら、敵の最も得意とする戦場で戦うことになります。それならば一個連隊ではなく二個連隊とし、私が指揮した方がよいのではありませんか?』


 その言葉に頭に血が上った。

 ネアリンガーは俺より六歳も若く、つい最近まで同格の騎士長だった。そのため、能力が低いと揶揄されたと思ったのだ。


『将軍は小職では対応できぬとお考えか!』


『我が師団には森の中での戦いを経験したことがないものが多い。不測の事態に備えるために可能な限り多くの戦力を投入し、万全を期すべきだろう』


 言いたいことは理解できたが、反射的に反論してしまった。


『狭い街道では兵の多さが仇になることもある。敵も狭い戦場に全部隊を投入できぬ。それに守りは我が連隊の得意とするところだ』


 歩兵連隊ということで守りは得意だ。もっとも俺自身は攻撃を得意とし、防衛戦はあまり好きではない。

 俺の言葉にペテルセン元帥が頷く。


『騎士長のいうことにも一理ある。というより、今回の作戦は敵の出方を見るためのもの。ある程度戦ったら無理をせずに撤退し、敵の行動を見定める。それならば、一個連隊で充分だろう』


 その言葉でネアリンガーは渋々折れた。

 奴は一瞬不安そうな表情を一瞬浮かべた後、俺に釘を刺してきた。


『レーマン騎士長、元帥のおっしゃる通り、敵を倒す必要はない。どこまで追ってくるのかを確認することを忘れないでくれ』


『承知』


 そう短く言ってから俺はその場を後にした。



 街道を警戒しながら進むが、シュヴァーン河に架かるシャイベ橋を越え、前回輜重隊が襲われた場所に着いても敵兵らしき姿は見えない。


(奇襲作戦が成功したから満足して撤退したのか? それでは俺が手柄を立てられぬ。早く出てこい……)


 そんなことを考えていたら、部下の一人が警告の声を上げた。


「敵です! 右斜面!」


 その言葉に右を見るが、敵の姿が見えない。


「敵はどこだ!」


「木の間です! 五十メートルほど先です!」


 目を凝らしてみていると、いきなり敵兵が現れた。

 彼らは木の葉を模した模様のマントを身に纏い、森に潜んでいたのだ。


 その姿に一瞬頭が真っ白になった。

 しかし、すぐに迎撃を命じなければと我に返る。


「敵は近い! 小隊ごとに固まって迎え撃て!」


 これはペテルセン元帥から厳命されていたことだ。


『敵兵の身体能力は高い。騎兵を迎え撃つつもりでできるだけ固まって戦うのだ』


 その話を聞いた時には大袈裟だと思ったが、敵兵の突進力を見て、元帥の意図が理解できた。


「一対一で戦うな! 通信兵! 第一大隊戦闘開始! 各大隊も警戒せよと伝えよ!」


 矢継ぎ早に命令を出すが、敵兵はあっという間に街道に達し、斬り込んでくる。

 その兵士のほとんどが二メートル近い巨漢で、大型の剣を振り回していた。


「あわぁぁぁ!」


「グハッ!」


「腕が! 俺の腕が……」


 我が連隊の兵士は盾ごと斬り倒され、悲鳴や断末魔が響き、一瞬にして阿鼻叫喚の様相を呈している。


「落ち着いて迎え撃て! 敵の数は多くない!」


 これは適当に言った言葉だ。

 実際には森の中から途切れることなく、大柄の獣人族が飛び出し、密集隊形の中に斬り込んでいたためだ。


「騎士長! 危ない!」


 誰かの叫びが聞こえたが、その直後、俺は強い衝撃を受けて地面に倒れていた。


(何が起きた……)


 地面を見つめていると、真っ赤な血が流れてくるのが見えた。


(誰の血だ……俺の?……)


 そこで俺の意識は途切れた。


■■■


 統一暦一二一六年九月十六日。

 ゾルダート帝国中部エーデルシュタイン西南、森林地帯。マティアス・フォン・ラウシェンバッハ伯爵


「第二連隊から報告です。敵連隊長を討ち取ったとのことです」


 通信兵が笑みを浮かべて報告してきた。


「ヘクトールによくやったと伝えてほしい」


 第二連隊長のヘクトール・シーレ大佐を褒める。


「了解しました」


 師団長のヘルマン・フォン・クローゼル中将に視線を向ける。


「森の中ではラウシェンバッハ師団は無敵だね」


「全員が(ゴルド)級の魔獣狩人(イエーガー)以上の実力ですから。それよりもそろそろ引き上げてもよいと思いますが?」


 魔獣狩人(イエーガー)は主に森の中で魔獣(ウンティーア)を狩る。その中でも(ゴルド)級は一流の狩人を表す階級だ。この上には白金(プラティン)級と魔銀(ミスリル)級があるが、どちらも名誉ランクで(ゴルド)が実質的な最上位と言える。


「そうだね。目的は達したし、引き上げさせよう」


 今回の作戦の目的は一個連隊であっても街道を安全に通行できないということを敵に理解させることだ。


 輜重隊はもちろん伝令すら南に送れない。この状況が皇帝に伝われば、焦りを生じさせることができる。


「もう少し痛めつけてもよいのではありませんか?」


 旧皇国軍のヴェルナー・レーヴェンガルトが言ってきた。

 帝国軍にさんざんやられていたから、この機に損害を与えたいと思っているのだろう。


「今回の目的は皇帝の作戦を潰すことですよ。それにこの後も帝国軍を翻弄しますし」


 六万という大軍が軍事拠点から四百五十キロメートルも離れた場所で、大規模な作戦を行っている。そんな軍が補給や情報伝達に不安を感じれば、士気の低下は免れない。


 緘口令を敷いたとしても情報は漏れるし、グラオザント城でグライフトゥルム王国軍と接触すれば、この事実を大々的に伝えるから兵たちは必ず動揺する。


 それに南部街道が完全に使えない状況だとペテルセン元帥が知れば、必ず別の策を実行してくる。


 それは森の中に軍を進め、我々を追い詰める策だ。

 このやり方は皇子時代のマクシミリアンが実行し、皇国軍の非正規部隊を殲滅した方法で、帝国軍では対ゲリラ戦術として浸透している。


 しかし、森の中での行動に慣れている我が軍に比べ、帝国軍はそこまで機敏に動けない。

 数十人単位の旧皇国軍のゲリラ相手なら数で圧倒できるが、ほぼ同規模である五千人のラウシェンバッハ師団を相手にすれば、帝国軍の損害は馬鹿にならないはずだ。


「そうですよ、ヴェルナー卿。貴軍の協力によって地形情報で優位に立っているだけでなく、通信の魔導具を使いますから敵を翻弄することは容易です。なにも問題ありません」


 こちらには詳細な地図があり、伏兵に適した場所や迅速に動けるルートなどが分かっている。更に偵察大隊と通信の魔導具によって敵の動きをリアルタイムで把握できる。


 ベトナム戦争の時のアメリカ軍のようにゲリラごと森を焼き払うという戦術は、禁忌によって封じられているから、一個軍団を投入するような大胆な人海戦術でも行われない限り、我々に敗北はないのだ。


 翌日から帝国軍は大隊単位で森の中を捜索し始めた。しかし、街道より足場が悪く、見通しの利かない場所でラウシェンバッハ師団の精鋭に敵うはずもない。大きな損害を出しただけで作戦は僅か一日で中止された。


 更に街道に騎兵を出し、挑発してきたが、それも前後を封鎖した上で奇襲を仕掛け、殲滅している。


 ヘルマンやヴェルナーを始め、我が軍に楽観的な空気が流れ始めた。

 しかし、私はこれからが勝負だと思っている。


「ペテルセン元帥がこのまま手を打たないはずはない。そろそろ搦め手で来るはずだ」


 その懸念はすぐに現実のものになった。


下に前作のリンクがあります。こちらもご興味があれば、よろしくお願いします。

また、地図や世界設定などを集めた設定集もありますので、興味のある方はご確認ください。


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