第三話「アレクサンダー、帝国領に侵攻する」
統一暦一二一六年九月十一日。
グライフトゥルム王国東部ヴェヒターミュンデ城、城主館内。アレクサンダー・ハルフォーフ近衛連隊長
俺は今、王国東部の要衝ヴェヒターミュンデ城にいる。
国王陛下を守る近衛連隊の隊長がここにいるのは陛下に命じられたためだ。
『マティアス卿の策に不安はないが、アレクの連隊が前線にいた方が万が一に備えられるのではないか?』
確かに俺が率いる近衛連隊は元黒獣猟兵団の兵士が多く、ラウシェンバッハ師団に匹敵する精鋭だ。
まだ定数を満たしていないが、帝国軍の一個連隊二千五百の兵と戦っても充分に渡り合えると確信している。
それでも近衛兵が守るべき対象である国王から離れるのはまずいと思った。
『確かにそうですが、ジーク様を、陛下をお守りするのが我らの役目。ここを離れるわけにはいかないと思うのですが』
『当分の間、王都から出る予定はない。それならば、陰供だけで充分だろう。それにゴットフリート皇子が帝国に協力すれば、強力な遊牧民戦士が我が軍に襲い掛かることになる。被害を抑えるためにはアレクの隊がいた方が絶対にいい』
確かに王都にいる限り、俺たち近衛連隊に出番はほとんどない。
俺自身、前線に出たかったこともあり、ジーク様の言葉に従うことにした。
八月の終わり頃にヴェヒターミュンデ城に到着し、その後は訓練に勤しんでいたが、昨日、一人の急使がヴェヒターミュンデ城に到着した。
その急使はマティアス卿が送ってきた者で最新の情報と今後の戦略を伝えてきた。
『シュッツェハーゲン王国に向かっていた帝国軍第一軍団ですが、西に転進しました。また、同軍団の第三師団が南部街道の警戒に当たるべく別行動を採っております。ラウシェンバッハ大将閣下よりフェアラート攻略と帝国西部への進軍をお願いしたいとのことです。但し、フェアラート攻略後はいつでも撤退が可能なようにゆっくりと進軍していただきたいとも申しておられました』
その言葉に東部方面軍司令官ルートヴィヒ・フォン・ヴェヒターミュンデ大将が大きく頷く。
『承知した! マティアス卿の作戦通り、帝国軍に危機感を持たせるよう進軍する』
ここまでは作戦通りだ。
帝国軍の主力がシュッツェハーゲン王国に向けて出発してから十日。その直後にその情報は入っていたが、あまり早く動くと例の魔導具の存在がバレるので、タイミングとしてはちょうどいい。
そして本日、グライフトゥルム王国軍約二万二千はシュヴァーン河を渡り、帝国領に進攻する。
内訳だが、主力である中央軍は第一師団約五千、第二師団約三千、第三師団約三千、近衛連隊約八百の約一万二千。そこに本隊である東部方面軍第一師団約五千、それに北部方面軍約五千が加わる。
城に残るのはラウシェンバッハ伯爵領の義勇兵三千だ。
彼らは優秀な戦士だが、指揮官が少ないため、野戦での戦いは危険だとマティアス卿は判断し、城と渡河用の浮橋を守る任務に就くことになっている。
夜明けと共に渡河作戦を決行する。
浮橋は予め準備されており、一時間ほどで完成する。そして、中央軍から順に渡っていく。
フェアラート守備隊の斥候隊が監視していたが、水軍が支援しており、妨害することなく撤退した。
本隊が渡河し終えたところで、ルートヴィヒ卿が命令を出す。
「渡河を終えた部隊は待機! ディートリヒ! 斥候隊を出してくれ!」
更に中央軍第二師団、通称エッフェンベルク師団の師団長ディートリヒ・フォン・ラムザウアー中将に偵察を命じた。
エッフェンベルク師団には獣人族の斥候隊があり、その能力はラウシェンバッハ師団の偵察隊に匹敵する。
「承知しました!」
ディートは生真面目な表情で了解する。
全軍が渡河を終え、隊列を整えた頃、斥候隊が戻ってきた。
「フェアラートの守備隊は東に向かって撤退中。町の城門はすべて開け放たれ、白旗が立っておりました」
「抵抗する気がないということか……ヴィンフリート、卿の意見は?」
ルートヴィヒ卿が中央軍第一師団長ヴィンフリート・フォン・グライナー中将に意見を求めた。ヴィンフリート卿は元総参謀長であり、その智謀はマティアス卿が太鼓判を押している。
「閣下のお考え通りでしょう。一個師団が町を占領し、破壊工作のための部隊が残っていないか確認の上、ゆっくりと東に進軍してはいかがでしょうか」
「そうだな。では、グスタフ、ヴェヒターミュンデ師団を率いてフェアラートを占領せよ」
息子である東部方面軍第一師団長グスタフ・フォン・ヴェヒターミュンデ中将に命じる。
「了解!」
グスタフ卿はやる気を見せているが、恐らく何も起きないだろう。
ヴェヒターミュンデ師団がフェアラートに向けて進軍し始めると、再びエッフェンベルク師団に命令が出された。
「ディートリヒ、済まないが、お前のところの斥候隊を広く展開し、敵の奇襲を防いでくれないか」
「了解です。哨戒範囲は本隊から半径二十キロ、東側のみ四十キロとします」
「それで頼む」
ここまではマティアス卿の作戦通りで、特に問題はない。
我々もフェアラートに向けて進軍を開始する。
町に近づくと、城門に白旗が見えた。
「ここまでは予定通りですね、隊長」
第一大隊長のロルフ・ジルヴァヴォルフ少佐が話しかけてきた。
「そうだな。だが、油断はするなよ。ゴットフリート皇子の遊牧民戦士がいつ襲撃してくるか分からないのだからな」
そう言ったものの、遊牧民たちが襲ってくるのは十日以上先だろう。
国境からできるだけ引き込んでから戦いを挑んでくるはずだからだ。
「了解です」
ロルフも分かっているようで笑顔で頷く。
予想通り、フェアラートの町に帝国軍の姿はなかった。
翌日、補給物資をフェアラートに運び込み、九月十三日から進軍を開始した。
エッフェンベルク師団の斥候隊が周囲をくまなく探るが、今のところ帝国軍の姿はない。
「タウバッハまで引き込むつもりでしょうか?」
ロルフが聞いてきた。
「マティアス卿の予想通りならそうなるな」
タウバッハはフェアラートから約百キロメートル東にある城塞都市だ。事前の調べでは西部総督府軍三千と第四軍団の一個連隊二千五百がいるが、更に一個連隊が増強されており、計八千の守備兵がいる。
我々の方が三倍近い数だが、攻城兵器がない。
近衛連隊やエッフェンベルク師団の獣人族なら城壁を登ることは難しくないが、損害が馬鹿にならないので包囲だけに留める予定だ。
「敵の斥候隊を潰す仕事が待っている。気を抜くなよ」
今回の作戦では帝国軍の将が作戦通りに王国軍を引き込んだと思わせることが重要だ。
そのため、人数を多く見せるように旗を増やし、無駄に馬を使っている。騎兵の数が多ければ、それだけ本気だと思うからだ。
更に俺たち近衛連隊とエッフェンベルク師団の獣人族部隊が敵の斥候隊を潰す。但し、殲滅せずに数名は逃がすことになっている。精鋭の獣人族部隊がいれば、ラウシェンバッハ師団がここにいるように見えるためだ。
そのため、近衛連隊も通常の白い装備ではなく、ラウシェンバッハ師団と同じ黒い装備に換えている。もっとも俺は元々黒い鎧とマントだから変わりはないが。
「ヴェヒターミュンデ大将閣下よりハルフォーフ少将に命令です。近衛連隊はエッフェンベルク師団の斥候隊と共に先行し、敵偵察隊を攻撃せよ。以上です」
伝令の言葉に大きく頷く。
「承知した!」
そう答えると、部下たちに声を掛ける。
「派手に戦うぞ! 進軍開始!」
俺の命令に部下たちが「「「オオ!」」」と答える。
その後、何度か敵の偵察隊と遭遇し、それらを排除しながら東に進んだ。
下に前作のリンクがあります。こちらもご興味があれば、よろしくお願いします。
また、地図や世界設定などを集めた設定集もありますので、興味のある方はご確認ください。
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