第一話「軍師、ゲリラ戦を指揮する」
統一暦一二一六年九月十一日。
ゾルダート帝国中部エーデルシュタイン西南、森林地帯。マティアス・フォン・ラウシェンバッハ伯爵
ゾルダート帝国軍が動き始めて十日ほど経った。
帝国正規軍団のうち、ホラント・エルレバッハ元帥率いる第二軍団とカール・ハインツ・ガリアード元帥率いる第三軍団がシュッツェハーゲン王国のグラオザント城に向かった。
このグラオザント侵攻軍は皇帝マクシミリアンが自ら率いている。
グラオザント城にはグライフトゥルム王国軍、グランツフート共和国軍、シュッツェハーゲン王国軍の三ヶ国同盟軍八万五千が防御陣地を構築して待ち受けている。
距離が離れているため、どの程度の勝算があるのかは不明だが、ラザファム、イリス、ハルトムートの三人なら勝利を得られなくとも、大きな損害を受ける前に適切な判断をしてくれると信じている。
エーデルシュタインには南部総督府軍五千に加え、第一軍団の第三師団一万が補給路の確保のためにゲリラ狩りを始めていた。
全軍の指揮は総参謀長であるヨーゼフ・ペテルセン元帥で、第三師団長エヴァルト・ネアリンガー将軍が実戦部隊の指揮を執っているという情報が入っている。
意外だったのはペテルセン元帥が皇帝に同行しなかったことだ。
物資が制限される行軍では酒が飲めなくなるので遠征を断ったと笑い話が噂として流れてきたが、二個軍団を投入する作戦に総参謀長が同行しないことに違和感があったのだ。
しかし、その違和感のお陰でいろいろな情報が繋がった。
まず、エーデルシュタインを始め、旧リヒトロット皇国領ではグライフトゥルム王国軍が帝国軍の隙を突いて旧皇都リヒトロット市付近まで侵攻するという噂が流れていた。
この他にもヘルマンがゴットフリート皇子と会い、気に入られたという情報も流されている。その結果、草原の民が王国軍に協力するのではないかという話になっていた。
更にヴィントムントの商人組合所属の商人たちが旧皇国領に進出してくるという話も出ていた。これはモーリス商会が入手したもので、帝国の商人たちはモーリス商会に問い合わせているらしい。
これらの話が広まった結果、旧皇国領の民衆が帝国の役人に対して反抗的になり、すぐにでも暴動が起きるのではないかと情報部で分析していたほどで、それを防ぐために手を打つべきと進言してきたほどだ。
これらの情報とペテルセンが残ったことを合わせて考えると、我々を炙り出すための情報操作の指揮を執るために残ったと考えるべきだろう。
もっとも噂が流れた時点で対処している。
叡智の守護者の情報分析室に依頼し、別の噂を流したのだ。
具体的には、“千里眼のマティアスが帝国の隙を突くだけの当たり前の作戦を実行するはずがない”というものだ。
自分の虚名を使うことに少し抵抗はあったが、私のような策士が素直に攻め込むのはおかしいというと、軍事に明るくない一般人でも信じてしまうらしい。
その結果、帝国の諜報員が流した瞬間、打ち消す話が出るため、暴動の機運は冷めつつあった。
この情報が入ってきたことで、私の指揮下にあるラウシェンバッハ師団を動かすことにした。これまでは下手に動くと暴動を誘発することを懸念したが、それが払拭されたためだ。
「すべての連隊から準備完了との連絡が入りました」
ラウシェンバッハ師団の師団長ヘルマン・フォン・クローゼル中将が報告する。
「よろしい。では、もう一度状況と作戦について確認する。帝国軍第三師団は南部街道沿いに十五個大隊が展開している。各大隊間の距離はおよそ十キロ。五百輌の荷馬車を有する輜重隊が昨日エーデルシュタインを出発。本日、我々の待ち受けるポイントを通過する。護衛は総督府軍の一個大隊。襲撃ポイント付近には第二連隊の二個大隊がいる。ここまでは問題ないかな」
「問題ありません」
ヘルマンが答え、参謀長クルト・ヴォルフが大きく頷く。
襲撃ポイントはエーデルシュタインから南に約四十キロメートル、シュヴァーン河に掛かるシャイベ橋を越えた南側の森林地帯だ。
「襲撃は第三連隊が輜重隊、第一連隊が北側の大隊、第二連隊が南側の大隊を担当する。攻撃時間は三十分。殲滅できなくとも時間になれば必ず撤退すること。これは徹底させてほしい」
「その点も問題ありません」
「よろしい。第四連隊だが、エーデルシュタインに撤退する部隊を排除、偵察大隊が南に向かう伝令を排除する。第四連隊には整然と撤退する部隊は素通りさせるよう指示。偵察大隊は確実に伝令を排除すること。但し、部隊として移動している場合は攻撃を控えること」
「了解です。その点はもう一度徹底しておきます」
その言葉に私は大きく頷き、命令を出した。
「では、U作戦を実行する」
U作戦とは不意打ちを意味する“Uberfall=ウーベルファール”の頭文字を取った安直な作戦名だ。
私の命令に司令部の者たちが敬礼で応え、すぐに通信兵に指示を出し始めた。
■■■
統一暦一二一六年九月十一日。
ゾルダート帝国中部エーデルシュタイン西南、森林地帯。エレン・ヴォルフ少将
U作戦が発動された。
「第二大隊は後方から襲撃せよ。第三大隊は敵が混乱したら前方から突撃。第一大隊は俺の命令と共に中央に斬り込む。倒すより倒されないこと、混乱させることを考えて攻撃しろ」
俺の命令が通信兵を通じて各大隊に伝えられる。
「ようやく戦えるな」
第一大隊長のルーカスが槍を軽く上げてニヤリと笑う。
こいつの言う通り、この作戦のための訓練が始まってから二ヶ月、ここに移動してから一ヶ月近く経っている。
もちろんマティアス様のご命令なので不満はなかったが、それでも敵が目の前を通っているのに何もせずに見ているだけだったこの数日は少しイライラしていた。
「そうだな。だが、マティアス様のご命令通り、襲撃は三十分で必ず切り上げる! 部下たちにも徹底させておけよ」
「分かっているよ」
そう言ってルーカスは部下たちのところに向かった。
俺たち第一連隊は一番北側、つまりエーデルシュタインに近い側の敵を襲撃する。
俺たちが最初に攻撃を行い、それが合図となって各連隊が動くことになっていた。これはできるだけ敵を逃がさないためだ。
三十分という制限と矛盾するように感じるが、上手くいった時のことを考えたことらしい。
襲撃の判断は連隊長である俺が行う。
俺たちがいるのは南部街道の東側の丘の上だ。街道までは二百メートルほどしかない。
丘といっても大木が鬱蒼と生えている深い森であるため、俺たちの姿は全く見えないだろう。
敵の大隊が周囲を警戒しながらゆっくりと南に動いている。こいつらは担当地域を南北に行ったり来たりしながら、襲撃部隊を牽制しているのだ。
俺は静かに腕を上げ、そして振り下ろした。
通信兵が他の大隊に命令を伝えている中、第一大隊の兵士たちが静かに丘を下っていく。
(新しいマントは使える。少し離れると俺でも見失いそうだ……)
マティアス様がお考えになった迷彩柄だが、何もないところで見ると割と派手だ。
最初はマティアス様でも間違えることがあるのだと思ったが、ここに来てそれが間違いであったと気づいた。
下生えの草に身を隠しながら動くと、目がいい俺たち獣人族でも草が揺らめいたようにしか見えなかったのだ。
視覚も嗅覚も俺たちに劣る普人族なら見逃す可能性は高い。
そんなことを考えていると、先頭にいるルーカスは敵に五十メートルほどに迫っていた。
北側で鬨の声が上がった。
敵はその声に驚き、一瞬立ち止まる。
指揮官が敵襲だと気づき、すぐに命令を出す。
「敵襲! 盾兵は敵を止めろ! 弓兵! 射撃開始!……」
しかし、その命令は遅かった。
ルーカスが既に突撃を命じていたのだ。
「突撃! 敵を蹴散らせ!」
その命令でそれまでゆっくりと下っていた兵たちが一斉に走り出す。
俺も連隊司令部と共に丘を駆け下っていく。
「いつもの残党じゃないぞ! 獣人族だ! 固まって戦え!」
さすがに帝国軍の大隊長は優秀で、いつもの敵じゃないと気づくと、すぐに的確な命令を出している。
命令自体は正しいが、ほとんど役に立たなかった。
「隊長を狙え!」
ルーカスの命令を受けた兵士たちが大隊長の部隊に殺到する。
大隊長の周りには十人ほどの護衛がいたが、兵の実力が違いすぎ、ほとんど抵抗することなく全滅した。
「大隊長が討ち取られた!」
帝国兵の悔しげな声が響くが、その直後、中隊長らしき男が命令を出す。
「北へ転進せよ!」
圧倒的に不利であることを悟り、冷静に撤退を命じたのだ。
(法国軍とは違うな……だが、この状況で突破はできない。混乱に輪をかけただけだな……)
見通しが利かない街道にいるため、全体が見えず、後方でも激しい戦いになっていることに気づいていないようだ。
混乱する敵兵を次々と討ち取っていく。
戦闘開始からまだ十分も経っていないのに、敵は既に半数を切っていた。
二十分後、立っている敵兵はいなくなった。
「引き上げるぞ! 負傷者に力を貸してやれ! 戦死者の遺体も忘れるな!」
こうして俺たちは悠々と引き上げていった。
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また、地図や世界設定などを集めた設定集もありますので、興味のある方はご確認ください。
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