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第三十三話「皇帝、作戦を決定する」

 統一暦一二一六年八月三十一日。

 ゾルダート帝国中部エーデルシュタイン、帝国軍駐屯地内。皇帝マクシミリアン


 昨日、草原からエーデルシュタインに戻ってきた。

 既にここには第一から第三の三個軍団九万の兵が集まっている。


 そして本日、軍団長たちを集め、方針を伝えることにした。

 集まったのは総参謀長のヨーゼフ・ペテルセン元帥、第一軍団長ローデリヒ・マウラー元帥、第二軍団長ホラント・エルレバッハ元帥、第三軍団長カール・ハインツ・ガリアード元帥だ。


 三人の軍団長は帝国史上最大の作戦にやる気を見せている。


「各軍団の出撃準備は既に終わっていると聞いている。それに間違いはないな」


「ございません」


 ペテルセンがそう答えると、三人の軍団長が頷く。

 さすがにペテルセンも今日は酒を持っていない。


「では、余が考えた我が軍の方針を伝える。卿らの忌憚のない意見を聞かせてもらいたい」


 その言葉に三人の軍団長は静かに頷いた。


「今回の戦いの主目的はシュッツェハーゲン王国軍とグライフトゥルム王国軍に大打撃を与えることだ。シュッツェハーゲン王国軍に対しては正攻法で挑む。具体的には第二、第三軍団を投入し、六万の兵力をもってシュッツェハーゲン王国、グライフトゥルム王国、グランツフート共和国の三ヶ国同盟軍を撃破する……」


 余の言葉にエルレバッハとガリアードが小さく頷く。


「現在入っている情報ではシュッツェハーゲン王国軍は一万、グランツフート共和国軍は三万、グライフトゥルム王国軍は一万五千の計五万五千。但し、シュッツェハーゲン王国軍は三万程度の増援があるだろうから、計八万五千と考えている……」


 八万五千の敵ということでエルレバッハは静かに何かを考え、ガリアードは興奮気味に頷いている。両軍合わせて十五万近い兵が激突する戦いは、統一暦が使われるようになってから一度も起きたことがなく、感慨深いのだろう。


「敵は我が軍より数は多いが、シュッツェハーゲン王国軍は野戦の経験が少なく、他の二ヶ国軍とまともに連携することはできないだろう。よって警戒すべきは共和国軍とグライフトゥルム王国軍だ。しかし、我が国の宿敵ラウシェンバッハはシュヴァーン河で指揮を執ると聞いている。それに地形的に伏兵などの奇襲が行えない。だからその二ヶ国の軍も大きな脅威になるとは考えていない」


 そこでマウラーが意見を言いたそうにしているため、話を一旦止めた。


「マウラー、何か言いたいことがあるのか?」


「ございます。まず、兵力を集中すべきではないかと愚考いたします。小職ならば、シュッツェハーゲン王国方面に三個軍団を投入し、三ヶ国同盟軍を完膚なきまでに叩き、その勢いをもってシュッツェハーゲン王国に侵攻しつつ、グラオザント城、マッセルシュタイン城を占領し、恒久的な軍事拠点といたします」


「それは余も考えた。だが、二つの理由で取りやめたのだ」


「その理由とは?」


「一つには補給線の長さだ。南部街道は総延長四百五十キロ。物資集積所は四十キロごとに作られ、既に二万トンを超える穀物が保管されているが、九万の兵と四万頭以上の馬に必要な食糧や飼葉を追加で送る場合、一千輌の荷馬車でも五日分にしかならぬ。つまり、我が軍の荷馬車を総動員したとしても、シュッツェハーゲン王国内での行動可能期間は二ヶ月程度しかないということだ。ケンプフェルトやエッフェンベルクと言った優秀な将がそのことに気づいていないはずがなく、持久戦に持ち込まれたら、我が軍は物資不足で撤退せざるを得なくなる」


 この程度のことはマウラーも理解しているだろうが、全員の認識を合わせるために聞いてきたのだろう。


「確かにその懸念はございますな。では、もう一つの理由もお聞かせいただきたい」


「ラウシェンバッハがおらぬことだ」


「ラウシェンバッハ伯爵がいない……なるほど。彼の者が手薄になった我が国に攻め込み、旧皇国民を扇動して大規模な混乱を起こさせることを懸念されていると。ですが、第四軍団に加え、ゴットフリート殿下が五千程度の兵を動員すれば、千里眼(アルヴィスンハイト)殿がいたとしても我が国が敗れると思えませぬが」


「常識的に考えれば、卿の言う通りだろう。だが、あの男は常識では測れぬ。シュッツェハーゲン方面の軍を戻さざるを得ない状況に追い込まれぬことを懸念している」


「その点は陛下のお考えに同意いたします。ご説明を遮ったこと、お詫びいたします」


 マウラーは頭を下げた。


「謝罪は不要だ。これでここに居る者たちの認識が統一できたのだからな」


 そう言った後、説明を再開する。


「シュヴァーン河方面には第一軍団を送り込む。但し、第一軍団は一旦南部街道を南に進み、その後、リヒトプレリエ大平原を通ってフックスベルガー市付近に移動する。その際、第一軍団の一個師団を森林地帯に展開させ、皇国軍の残党どもを封じ込める。これならば、ラウシェンバッハといえども気づくことは難しい。要は三個軍団をシュッツェハーゲン方面に投入すると見せかけて、グライフトゥルム王国軍を引き込む策だ」


「大平原を横断することになりますが、補給についてはどうお考えでしょうか?」


 エルレバッハが質問する。


「それについては草原の民と既に調整済みだ。第四軍団の輜重隊が草原に入ることを認めさせた」


「しかし、それではラウシェンバッハに気づかれるのではありますまいか」


「その点も問題はない。草原の民への褒美として食料を送るとモーリス商会の者に言ってある。恐らくその情報がラウシェンバッハに届くはずだ」


 モーリス商会はラウシェンバッハに情報を渡している可能性が高い。もちろん、我が国の機密情報は契約によって縛っているから流していないだろうが、その他の情報は流れていると見た方がいい。それを逆手に取るのだ。


「その点につきましては疑念が晴れました。ですが、あのラウシェンバッハが牽制ではなく、本格的に我が国に侵攻してくるでしょうか? 私が彼ならば、攻め込む素振りと旧皇国領の民を扇動するだけに留めますが」


 そこでペテルセンが発言する。


「それにつきましては小職から説明いたします。既に始めておりますが、リヒトロット市を含め旧皇国領である噂を流しております。それは我が国がシュッツェハーゲンに攻め込んだら、その隙を突いてグライフトゥルム王国軍が旧皇国領を解放するために進軍してくるというものです。更にそれに合わせて皇国軍の残党が一斉に蜂起するという話も広めております」


「旧皇国領の民と残党が蜂起するが、それで王国軍が動くことに繋がらないのだが」


 ガリアードが疑問を口にした。

 彼は戦術家としては優秀だが、謀略を得意としていないためだ。


「ジークフリート王はリヒトロット皇室の最後の生き残りエルミラ皇女と婚約しました。当然旧皇国領の民は期待しているでしょう。婚約者の祖国を解放するために軍を進めると。そして、もし王国軍が動かず、旧皇国領の民の命が失われたら、グライフトゥルム王国の信用はガタ落ちです。それを防ぐためには動かざるを得ません。それにラウシェンバッハは味方に甘い。皇国軍の残党どもが磨り潰されると気づけば、軍を進めることを決断するでしょう」


「あの冷徹なラウシェンバッハが他国の兵のために自国の軍を危険に晒すのだろうか? にわかには信じがたいのだが」


 ガリアードの言葉にマウラーも頷いている。


「万が一動かなくとも、それで構いません。残党どもが噂に踊らされれば、不穏分子を一掃できますから」


 エルレバッハがそれに反論する。


「そうなると民に対する情報操作が肝だが、ラウシェンバッハは情報操作の達人。民たちが蜂起するか疑問を持たざるを得ない」


「その点は余も同じ懸念を持っている。ラウシェンバッハが決戦の場になるであろうグラオザントに行かなかったのは、このような事態に対応するためであろうからな」


「なるほど」


 余の言葉にエルレバッハが頷く。


「だが、ラウシェンバッハは一人しかおらぬ。既にいくつかの手を打っているから、こちらが先手を取り続ければ、対応しきれぬはずだ」


 西部総督府のあるフックスベルガーではシュヴァーン河の渡河作戦に使う浮橋用の小型船を作り始めている。更にシュッツェハーゲン方面で勝利した後、軍を返して一気に大軍でヴェヒターミュンデ城を攻略するという噂も流している。


 ラウシェンバッハとしては渡河作戦が行われないように妨害しようするだろうが、それに手を取られれば、旧皇国領の民に対する謀略に対応できないはずだ。


 更に細かな話をし、全員が納得した。


「では、同盟軍殲滅作戦を発動する!」


「「「はっ!」」」


 三人の軍団長が一斉に背筋を伸ばして余の言葉に答えた。


下に前作のリンクがあります。こちらもご興味があれば、よろしくお願いします。

また、地図や世界設定などを集めた設定集もありますので、興味のある方はご確認ください。


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